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米国のウィズ・コロナ生活を乗り切るがんサバイバー・ルール

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
昨年はコロナで中止された州のお祭りステートフェアも復活。Kevin Brown

コロナ第4波でも通常経済

 コロナ禍で生活様式を変えよ!と言われて、1年半余りが過ぎた。米国では高齢者やハイリスクの人を対象にファイザー製コロナワクチンの追加接種が開始されたが、私の住むテキサス州では通常の2回接種率でさえやっと60%に達した程度。多数のワクチン未接種者とデルタ株のダブルパンチで、今も毎日約1万5000人の新規感染と350人前後の死者を出し、医療崩壊が続いている。

 それでも今年3月から経済は再開しているので、街の風景はコロナ前とそれほど大きくは変わらない。学校も始まったし、テラスのあるカフェやバーはマスクなしの人で鈴なりだし、住宅街で犬の散歩をする人もマスクはしていない。テキサスは政府の制限を嫌い、個人の自由を追求する風土なので、公立学校を含む公的機関でのマスク着用義務やワクチン接種義務、ワクチンパスポートなどの導入は禁止している。空港や医療機関、地域によって食料品店や学校など、特定の場所ではマスクを着用することになっているだけだ。

がん経験で学んだルール

 そんな環境下でも私がコロナに関して過剰な不安を抱かずに過ごしてこれたのは、がんサバイバーとしての経験が役立ったのかも知れないと思う。今から10年以上前、私は40代前半にしてがんの診断を受け、手術と化学療法による長期治療を経験した。がん治療の経験を通して、私は以下のような自分なりのサバイバル・ルールのようなものをつくりあげた。どなたかの参考になるかも知れないので、紹介したい。

ルール1.目的を見失わない。

ルール2.情報源を厳選し、自分のことを心配してくれる専門家を利用する。

ルール3.常識と論理で考える。

ルール4.わからないを受け入れ、できることをやる。

ルール5.希望をもって、ニューノーマルを生きる。

 「なーんだ、そんなことか」と思われるかもしれないが、がんの治療にせよ、コロナにせよ、私は不安に飲み込まれそうになる前に、この5つのルールを頭の中でマントラのごとくに繰り返してきた。

不安な時こそ常識に立ち戻る

 例えばルール1の「目的を見失わない」について。コロナ禍の米国では、ロックダウンやソーシャルディスタンス、マスクの着用などに激しく反発する人が沢山いる。様々な理由から、コロナワクチンの接種を避ける人もいる。これまでやらずにすんだことを日常的に強いられるのは苦痛だし、ましてや何かを体内に入れることに不安を感じるのは当然だ。

 がんの治療でも、化学療法と聞いただけで副作用のことばかりが頭に浮かんできて、尻込みしたくなる。しかしロックダウンにせよ、ワクチンにせよ、化学療法にせよ、政府なり医療者なりがそうしたことを勧める目的は、人を病気から守ることだ。ワクチンの接種や化学療法は副作用で人を苦しめるためではなく、その時点で人を守るために最善と考えられるから行うのだ。

 もちろん行動制限が長く続けばストレスはたまるし、副作用が沢山出てくると化学療法も嫌になってしまう。本当にこんな我慢をして効果があるのか?という疑問もわいてくる。自分の生活や健康を主体的に考えるのは大切だ。他にもっと楽な方法がないかを模索したくなる。その時に大切なのが、ルール2の情報源とルール3の常識&論理だ。

 「これを食べれば、がんが消える」、「○○〇という薬を使えば、コロナはすぐに治る」など飛びつきたくなるような話や、「コロナで死ぬより、ワクチンを打って死ぬ率の方が高い」といった怪しい情報がSNSやインターネット上に飛び交っている。しかも知り合いの医者から聞いたとか、データがあるとか、他の国で実証されたとか書いてあると、信ぴょう性が高いように思ってしまう。しかしこういう類の情報は、結局のところ誰が、何を根拠に、誰のために言っているのか、わからない。

 高ぶる気持ちを抑えて常識や論理をひっぱりだせば、そんなにいい話なら、すでに世界中で実践されて、がんやコロナによる死者がこんなに出るはずないと気づく。米国だけでもコロナ感染症ですでに68万を超える死者が出ている一方で、2億1千万人以上がコロナワクチンを打って生きている。

公衆衛生に人生を賭けている専門家

 私はネット上で知らない人が言っていることより、自分の治療にあたってくれる医師や、公衆衛生の向上に人生を賭けて、市民の健康を本気で心配している専門家の意見だけを聞くようにしている。もちろん専門家の言うことに、本当に根拠はあるのか?と疑問を持つこともある。その点、情報公開を徹底している米国はとても恵まれている。

 米疾病対策センター(CDC)のウェブサイトには、コロナ感染症対策のガイドラインから、コロナに関するデータ、ワクチンをめぐる諮問委員会の資料などあらゆる情報が公開されているし、がんの治療でもコロナの治療でも、サプリや医薬品の危ない使用例があれば、FDAが警告を発する(注1)。

 今、なにが重要かを伝えるべく、CDCやFDA、国立衛生研究所(NIH)などの公衆衛生のトップらが、自らテレビやラジオ、最近ではSNSを含む様々なメディアに頻繁に登場する。みなお医者さんなので官僚的ではなく、患者や家族に話すようわかりやすく説明してくれるので、専門外のコメンテーターや芸能人の意見はほとんど出番がない。

 もっとも、がんでもコロナでもわからないことの方が多いし、完璧な予防策や治療法もない。専門家が調べていく中で、それまでと違うことがわかったりする。がんの治療法だって、数年前とは違う方法が主流になることは珍しくない。特に次々と新たな局面を迎えるコロナ禍では、専門家の口から以前と異なる情報がでてくる度に、「前に言ったことと違う。専門家なんて何もわかっていない。科学的根拠なんて真っ赤なウソで、信じられない」と批判する人もいる。

 でも未知のことを経験や調査で解明していくことが、科学的根拠を積み重ねていくことなのだ。私は「ぜんぶ知っている」という人より、現時点でわかっていることと、わからないこと、その時点での多くのまっとうな専門家の間でのコンセンサスをきちんと説明してくれる人だけを信頼するようにしている。

もっと良い「ニューノーマル」はもうすぐ?

 「わからない」も受け入れつつ、常識や論理をもとに、できることをやるというのがルール4だ。たとえばワクチンを接種していてもブレイクスルー感染が起こる場合もあり、コロナワクチンの効果がどれだけ続くかは、まだ明確にはわかっていない。でも常識で考えれば、ワクチンを接種した方が、しないより格段に予防効果がある。実際、米国でコロナが重症化し、入院したり死亡したりしている人の9割り前後がワクチン未接種者だ。

 一方で、アナフィラキシー反応がでる可能性の高い人や、11歳以下の子供はまだワクチンが打てない。マスクやソーシャルディスタンスなどで、リスクを下げる工夫をするしかない。またワクチンを打った人も、市中感染が多い時は人混みを避けてマスクを常用するなど、安全な選択をするのが賢明だろう。特にテキサスではこの2カ月ほど、どの病院もコロナで手一杯で受け入れてもらえないかもしれないので、私は病気やケガをしないように特に気をつけてきた。

 ただあまり不安がっていても、神経がまいってしまうし、無理は長続きしない。人がまばらな戸外を歩くならマスクは不要だし、2回のワクチン接種を完了した上で、換気や人と人との距離に配慮したイベント会場や店舗、レストランを利用するなら安全度が高い。もっとも、テキサスではワクチンパスによるチェックもなく、マスクなしで大声で話しているお客がいるレストランも多いので、私自身はほとんど外食しておらず、この2年ほど旅行に出たこともない。かなり物足らない生活というのが正直なところ。

 そうは言っても、とりあえずいまできる生活を「ニューノーマル」として受け止めている。がんの治療を受けている時もそうだった。治療のために日常生活でできないこともあったが、それがその時の「ニューノーマル」だった。でも状況は時とともに良い方向に変わっていくことが多い。

 このテキサスでさえ、コロナの第4波はそろそろ頭打ちという予測がではじめた。少しずつだがワクチン接種も進み、10月末頃には5歳から11歳の子供向コロナワクチンが緊急承認されるという見通しもある。未接種だった人も、感染により免疫を獲得した人が相当数いる。来年にはより良い方向の「ニューノーマル」を楽しめる日がくるという希望を持ちつつ、乗り切っていこうと思う。

参考リンク

注1:CDCのコロナ関連のウェブページ(英文リンク、CDC COVID Data Tracker

   FDAのコロナ治療に対するイベルメクチン使用に関する警告(英文リンク、Why You Should Not Use Ivermectin to Treat or Prevent COVID-19

FDAはイベルメクチンのコロナ治療での使用を承認していないが、誤用する人が多く健康被害が出る場合もある。

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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