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産婦人科医が教えるHPVワクチンのホントのところ 上

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
注射器はこんなに大きくないからね。(写真:イメージマート)

HPVワクチンの知識をアップデイトしよう

 ヒトパピローマウイルス(HPV)感染で発症する子宮頸がん予防のため、2006年に北米でHPVワクチンが導入されてから17年以上たちます。前回の記事でお伝えしたように、この間にHPVワクチンが実際に子宮頸がん予防に効果があるという研究結果が積み重なってきたり、9価ワクチンが広く使用されるようになったりなど、状況も変わりつつあります。

 日本ではHPVワクチンの積極的勧奨が長らく停止されていた背景もあり、ワクチンや子宮頸がん予防についての知識をアップデイトする必要がありそうです。Q&A形式で最新情報を深掘りしてみました。回答してくれたのは、国立病院機構横浜医療センター産婦人科に勤務する鈴木幸雄医師です。鈴木医師は、これまで10年近くHPVワクチンや日本の子宮頸がん予防についての研究や活動を行ってきた「女性のヘルスケアの味方」です。

昨年まではニューヨークのコロンビア大学メディカルセンターで産婦人科学の研究をしていた鈴木幸雄医師(本人提供)
昨年まではニューヨークのコロンビア大学メディカルセンターで産婦人科学の研究をしていた鈴木幸雄医師(本人提供)

 Q 1月25日に発表されたスコットランドの研究では、14歳未満でHPVワクチンを接種した人は子宮頸がんを発症していませんでした。ポイントは性交渉経験前の接種ですか、それとも身体的に若いことですか? 何歳で接種を受けるのがベストでしょうか。

スコットランドの研究結果はこちらから

 鈴木医師 やはりHPV初感染の前にウイルスに対する免疫状態を作っておく重要性を示した結果ですね。年齢による免疫獲得能力に大きな違いはないですが、集団データでみると、年齢が上がるほどセクシャルデビュー率が高くなるため、効果が下がると考えられます。日本では標準的な接種時期が中学一年生と設定されていますので、忘れないためにも中学一年で接種するのが良いと思います。

 Q 性交渉がHPVの感染経路であれば、絶対に性交渉はしないという理由で、接種を遅らせるというのはアリでしょうか。キスなどでも感染するのですか? またコンドームではHPV感染は防げないのでしょうか?

 鈴木医師 よく聞かれる質問ですが、いつ性交渉するかは誰にも分かりません。特に保護者の方が絶対にうちはないと言っても、気づけば子供は大人に近づいているものです。キスだけでは感染につながるリスクは低いものの、性行動は多様化しているため「口の中やのど」への感染も実際には増えています。確実な予防を推奨する立場からは、接種を遅らせるのはおすすめしにくいですね。またコンドームは、HPV感染のリスクを低下させるものの完全には防げません。

Q 現在日本では27歳までのHPVワクチン未接種者が、キャッチアップ接種としてHPVワクチンを公費で受けられるようですが、若い年齢で受けるよりも効果は薄いのですか?

 鈴木医師 キャッチアップ世代と言われる、「小学校6年生から高校1年生までの間にHPVワクチン接種を逸してしまった人達」は、歳を重ねるごとにセクシャルデビューによるHPV初感染率が上がっていきます。そのため集団レベルでみれば、予防効果は低くなることがわかっています。子宮頸がん検診は何歳でHPVワクチンを接種しても欠かせませんが、とくに理想的な時期にワクチン接種できなかった方は、検診の重要性が高いと考えます。

国立がん研究センター「子宮頸がんとその他のヒトパピローマウイルス(HPV)関連がんの予防ファクトシート2023」より
国立がん研究センター「子宮頸がんとその他のヒトパピローマウイルス(HPV)関連がんの予防ファクトシート2023」より

 Q 多くの国で大多数の女子が15年近くHPVワクチンの接種を受けてきた実績があります。2016年からと遅めにスタートした韓国でも接種率は65%に達していますが、日本での接種率は今のところ10%未満です。リスクに敏感な保護者は、娘にHPVワクチンを受けさせることを躊躇するかもしれません。日本人だけ副反応が出やすいといったことはあるのですか? 不安に感じる保護者は誰に相談したら良いのでしょうか。

 鈴木医師 これまでの詳細かつ幅広い調査から、副反応が日本人だけ出やすいといったことは言われていません。日本で問題となった接種後の多様な症状ですが、HPVワクチンの接種をした女子、しなかった女子の両方に、こうした思春期にみられる多彩な症状を経験した人がいて、大きな差は認められていません。不安があれば保護者の方が婦人科検診を受ける際に、産婦人科で相談いただくのが良いと思います。また多くの小児科でもHPVワクチン接種に関する疑問に答えてくれるはずです。

 Q 日本では、2価、4価、そして9価ワクチンを公費で受けることができます。より多くのHPV型をカバーするという意味で、9価ワクチンを選択すべきでしょうか。欧米諸国では9価ワクチンだけに移行している国も多いようです。

 鈴木医師 今後は9価がメインになっていくと思いますが、スコットランドの研究など子宮頸がんを予防できるデータを示しているものは2価、4価接種の結果で、十分に効果があることが証明されています。ワクチンの種類にとらわれるより、理想的な時期に接種を受けることがポイントです。

 Q 最初に2価、4価の HPV ワクチンを受けた人が、9価ワクチンへ切り替える「交互接種」が可能になったようですが、9価に切り替えた方が良いですか? 

 鈴木医師 前の質問でもお答えしたように、2価、4価で十分効果が高いことが示されています。また、2価、4価から9価に変更した場合の予防効果についてはデータがありません。そのため基本的には途中からのスイッチよりも、受けたものを続けていただくことが推奨されます。

 次回も引き続き鈴木医師に「子宮頸がん予防のホントのところ」を伺います。

鈴木幸雄 MD, PhD(米コロンビア大学メディカルセンター産婦人科、国立病院機構横浜医療センター、横浜市立大学医学部産婦人科学教室)
2008年旭川医科大学卒。2020年横浜市大大学院卒。横浜市大医学部産婦人科学教室所属。2018年には横浜市医療局にがん対策推進専門官として出向。2020年よりコロンビア大学産婦人科博士研究員。子宮頸がんの予防やHPVワクチン接種などの課題に長らく取り組んでいる。専門は産婦人科、婦人科腫瘍、女性ヘルスケア。

参考リンク

子宮頸がんとその他のヒトパピローマウイルス (HPV) 関連がんの予防ファクトシート 2023公開|国立がん研究センター (ncc.go.jp)

ヒトパピローマウイルス感染症~子宮頸がん(子宮けいがん)とHPVワクチン~|厚生労働省 (mhlw.go.jp)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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