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バイデン政権で加速するコロナワクチン接種

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
バイデン大統領とコロナ対策チーム。スクリーン右上はワレンスキーCDC新所長(写真:ロイター/アフロ)

ワクチン受けても生活は変わらず

 私は昨年夏、ファイザー社とビオンテック社が共同開発した新型コロナワクチンの臨床試験に参加した。この試験では、ランダムに2グループに分けた参加者にワクチンかプラセボ(生理食塩水)を接種し、その後の経過を比較する。結果分析に思い込みが入り込まないよう、誰がどちらの注射を受けたのか、注射をする側、される側、結果の評価者、データ解析者の誰にもわからない四重盲検と呼ばれる条件で行われた。

 2回目の接種後、1日半くらい頭痛や筋肉痛、腕や関節の痛みなどを経験したのでワクチンかなとは思っていたが、本当のところはわからないままだった。プラセボだったら、本物のワクチン接種を受けたいが、今は医療従事者や高齢者などへの接種に限られている。私に順番が回ってくるのはまだ先なので、すぐにわからなくてもいいやと思っていたのだが、試験を実施した医療機関から2月1日に「あなたが受けた注射は、ワクチンでした」という連絡がきた。

参考:新型コロナワクチンの治験に参加してみた その2(片瀬ケイ) - 個人 - Yahoo!ニュース

 現在、米国で使用されているファイザー社、およびモデルナ社のワクチンは、新型コロナの発症予防で非常に高い有効性が示されているが、感染そのものの抑制効果についてはよくわかっていない。私一人がワクチン接種済みになっても、配偶者も同僚もワクチン未接種なため、私自身がどこかで新型コロナに感染し、誰かにうつしてしまわないようにと、引き続きマスクをして、外食はせず、人との距離をあけてというソーシャルディスタンシング生活を続けている。

バイデン政権の本気がみえる

 世界でも最悪のコロナ猛威に襲われた米国だが、1月25日から2週間にわたり、やっと新規感染数と新規入院者数が減少傾向に転じてくれた。ただし今も全米の病院はコロナ重症者で溢れているため、死者数は増加し続けている。2月4日現在で、コロナによる死亡者は約45万人に達してしまった。

 バイデン新大統領はコロナ対策を最重要政策に据え、政権発足直後から100日間は全米の連邦政府施設や公共交通機関でのマスク着用を義務付けた。「いまさら、マスク着用がコロナ対策?」と思うかもしれないが、トランプ前政権下で「マスク着用者は反トランプ、反自由主義」といった考えが広がってしまい、連邦議会議員の中でさえいまだにマスク着用を無視する人達がいる。

 一方で、新政権下での変化も見え始めた。例えばバイデン大統領の首席医療顧問となった国立アレルギー感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長や、米疾病予防センター(CDC)のロシェル・ワレンスキー新所長をはじめとする公衆衛生の専門家らは、再びメディアに出ずっぱりとなり、ワクチンやウイルス変異などについて毎日のように市民に説明している。

 前政権は、ファウチ所長らがトランプ大統領に異議を唱えるのを恐れ、メディアで自由に発言するのを規制していた。このためワクチン配布で各地から混乱を伝えるニュースが表面化しても、「すべてうまく進んでいる」といった政治家発の一方的な情報が多く、不信感を持たざるを得なかった。

 大統領が変わったからといって、突然、ワクチン接種がスムーズに進み始めたわけではない。だが、これまでは、どこにどれだけのワクチンが配布されるか直前まで知らされず自治体が困っていたのを、連邦政府が3週間分の配布予定を事前通知することとなり、各地域とも接種計画がたてやすくなった。またワクチン生産や接種に必要な医療器具も、連邦政府主導で確保すると表明したことで安心感が広がりつつある。

1日100万回以上のワクチン接種

 2月4日現在で、すでに全米に約5750万回分のワクチンが配布され、約2790万人が1回以上のワクチン接種を済ませている。配布状況や接種数などのデータも、すべてウェブサイトで公開されている(注1)。バイデン政権の目標は「政権発足100日で1億回接種」、つまり1日100万回接種だ。

 接種予約システムの不具合、予約すっぽかし、悪天候、ワクチン配布の遅れや不足など様々なトラブルに見舞われながらも、続々と各地に大型接種センターが設置され、住民に身近な薬局へのワクチンの流通も広がりつつある。最近では1日130万回分接種できた日もあり、こうしたワクチン接種の推進効果が、新規感染や入院者の減少につながっているようだ。

 また2月4日にはジョンソン・エンド・ジョンソン社(J&J)も開発中の新型コロナワクチンについて、米食品医薬品局(FDA)に緊急使用許可申請を行った。同社の発表によれば、有効性は米国内の臨床試験では72%、南アフリカ等を含む世界各地で行った全体での結果は66%だったが、重症化による入院や死亡は100%防いだという(注2)。

 既存のワクチンが2回接種なのに対し、J&J社のワクチンは1回接種で済むため、使用許可が下りれば、ワクチン接種の加速に大きく役立つことになる。FDAおよび外部諮問委員会の審査を経て、2月末に許可の可否が決まる予定だ。

ワクチン接種に全力をあげるワケ

 バイデン政権と米国の公衆衛生専門家らが、ワクチンの推進に必死になる理由は2つある。1つ目はワクチン接種により、新型コロナ感染症による重症者や死者がでるのをくいとめること。そして2つ目は、集団免疫の獲得でウイルスが広がらない環境をつくり、一日も早くコロナ以前の生活に戻れるようにすることである。

 集団免疫を獲得するには、全人口の75%から80%以上の人が新型コロナへの感染、あるいはワクチンにより抗体を保有していなければならない。米国ではすでに2700万人近くが新型コロナに感染し、人口の約25%が抗体を持っている可能性はある。しかし特に無症状感染者や軽症者の場合、抗体がどの程度持続するかわかっておらず、再感染する可能性もある。

 また感染力が高い英国の変異株が、米国でもすでに33州で確認されている。さらにブラジル型変異株もすでに11州で、南アフリカ型変異株も2州で検出されている。いずれも市中感染で、さらに広がっている可能性も高い。ファイザー社やモデルナ社のワクチンは英国の変異株にも高い有効性を示すと言われているが、両社ともすでにそれ以外の変異株への対応に向け、追加免疫用ワクチン研究を開始している(注3)。変異株にもワクチンで迅速に対応できるのは心強い一方で、コロナウイルスとの「いたちごっこ」が続くのではたまらない。

変異を止めるには、感染拡大を止める

 ファウチ博士はワシントンポスト紙とのビデオインタビューで、「ウイルスが変異するのは普通のことで、変異の多くは機能そのものに影響しない。ただ感染がまん延する環境では、ウイルスが複製を数多く繰り返すうちに、感染しやすさや重症化をもたらす、最悪の場合は既存のワクチンの有効性に影響するといった変異をしてしまうことがある」と説明した。

 このため「ウイルスが変異するのを止めるには、まずは感染のまん延を解消すること。それには世界中で多くの人がワクチンを利用して感染を抑え込む必要がある」と述べた(注4)。だから米国政府は一日でも早く、一人でも多くの人にワクチン接種を推進しようと必死なのだ。

 「アメリカ第一主義」、「コロナを恐れるな」と言い続けたトランプ政権から大きく舵を切り、バイデン政権は世界保健機関(WHO)からの離脱を撤回。ワクチン共同購入枠組み(COVAXファシリティ)(注5)にも加盟し、国内外でコロナ対策を強力に推進する道を走りはじめた。

参考リンク

注1:新型コロナデータに関するCDCのサイト(ワクチン配布状況含む、英文リンク)

注2:ジョンソン・エンド・ジョンソンの新型コロナワクチン大規模臨床試験の中間解析結果(報道資料)

注3:ファイザーとモデルナ、コロナ変異株に対する「ブースター」開発へ | Business Insider Japan

注4:ワシントンポストのアンソニー・ファウチ博士インタビュー(2月2日、30分の英文ビデオ)

注5:COVID-19ワクチンの平等分配ため各国がCOVAXファシリティに集結 | 公益社団法人 日本WHO協会 (japan-who.or.jp)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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