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NED はがん患者が一番聞きたい言葉 卵巣がん治療の10年を振り返って

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
ティ―ルリボンは卵巣がんの啓発シンボル。私のお守りブレスレットです。

卵巣がん診断から10年を超えて

 先日、卵巣がん治療の経過観察のため診療所に行ってきた。私は2008年に米国で卵巣がんの診断を受け、手術のあと、6サイクルにわたって点滴(IV)と腹腔内(IP)への投与を組み合わせた化学療法を受けた。治療のおかげで 寛解(がんが消失した状態)し、それ以後は定期的に主治医にフォローアップしてもらっている。

 最初の数年間はCTをとったり、腫瘍マーカーを調べたりしていたが、5年を過ぎた頃から年に一度の問診と内診だけになった。それでも卵巣がんというのはしぶとくて、10年過ぎてまた出てきたなんて人もいるので、一年が終わる前に「婦人科腫瘍医詣で」を怠らないようにしている。

 英語ではがんの兆候が消えた状態を、remission あるいはNED(no evidence of disease)と言う。治癒かどうかはわからないけれど、検査をしてもがんという病気の存在を示す証拠が見当たりませんということ。がん患者が一番聞きた言葉だ。

 しぶといがん細胞がどこかで休眠しているのかもしれないけれど、この状態を続けていければ、あるいはせめて病勢を抑えてそれなりの日常生活を送っていけるなら、それでもいいとがん患者は思うはず。

化学療法は一種類じゃない

 卵巣がんは一般的に抗がん剤がよく効くが、再発するケースも少なくない。転移や再発をしても様々な種類の抗がん剤を組み合わせて治療できるのだが、長く続けるうちにがん細胞が薬に耐性を持ってしまうと、治療が難しくなってしまう。

 だから婦人科腫瘍医や研究者は、より効果的な抗がん剤、より効果が持続する投与方法を探し求めて臨床試験を続けている。2008年当時は、点滴に加え腹腔内に直接抗がん剤を入れるIP化学療法に期待が高まっていた。副作用がきつい場合もあるが、再発までの期間が長いという試験結果が出ていたため(注1)で、私もその治療を受けた。

 初めての化学療法だったので、私には副作用がきつかったのかどうか比べようもないが、日帰りの外来で治療ができ、副作用があったなりにも在宅で少し仕事をしたり、頭にバンダナを巻いて気晴らしに外出したりして、無事に治療を終えることができた。

焦らず、腐らず、今日を生きる

 従来通り点滴のみで投与するのが良いのか、腹腔内に入れる方が効果が高いのか、私の治療が終わった後もいくつかの臨床試験が行われ、最近ではどちらでも効果は同程度という結果もでているらしい(注2)。その一方で、2008年には想像もできなかった新しいタイプの薬が登場している。

 がんの治療って、そういうものだ。これが100%、誰にでも効く絶対的な治療というのはまずない。患者の病状や状況もそれぞれ違う。医師と一緒に、その時々で自分にとって最善と思われる治療をトライしてみる。焦らず、腐らず、希望を捨てずに。やがて、さらに効果的な薬や治療法が出てくると信じて。

 私の近況を伝え、かかりつけ医のところで受けた健康診断時の血液検査結果を見てもらうだけの経過観察だが、化学療法で受けたダメージがどこまで回復し、どんな副作用がしぶとく残っているのかなどを、主治医は今も気にかけてくれている。

 10年過ぎても手や足の裏のしびれ感は残っているし、骨量減少もあるし、突然、化学療法を受けていた時のような疲労感に襲われるときもある。これもがん治療の現実。手術や化学療法の後遺症が長期的に残ってしまうこともあるけれど、ここでも、焦らず、腐らず、今の自分と生きていく。

新たな治療、新たな希望

 米国の医療は分業制で、婦人科腫瘍医の診療所に来るのは、卵巣がんや子宮がんなど、みな婦人科がんにかかった患者たちだ。寝椅子の上で化学療法を受けている患者を目にすると、かつての自分の姿と重なって見えて、治療中の悲喜こもごもがよみがえってくる。

 しかし私が治療を受けた2008年と比べると、心なしか診療所には明るい雰囲気がある。この10年で、卵巣がん治療に使える新薬がいくつも登場したからだろう。私の主治医も「昔よりもっと戦える武器が増えたぞ」と喜んでいた。

 10年前、卵巣がんの新薬といえば、再発卵巣がん治療用に分子標的薬のベバシズマブ(アバスチン)の臨床試験が行われている段階だった。がん細胞に栄養を与える血管が作られるのを妨ぐ新タイプの薬と注目されたが、卵巣がん治療における新薬の望みは当面はそれだけという悲観的な雰囲気もあった。

 当時の日本はさらに暗い状況だった。新薬どころか、ドキソルビシン(ドキシル)やゲムシタビン(ジェムザール)、ノギテカン(ハイカムチン)といった海外では承認を受けてすでに使われている抗がん剤が、日本国内では未承認のために使えない「ドラッグ・ラグ」と呼ばれる問題があった。卵巣がん患者会スマイリー(片木美穂代表)が署名運動を展開し、政府に早期承認を働きかけなければならない状況だった。

 こうした日本の卵巣がん患者の努力により、2011年までには上記の薬も国内承認された。2013年11月には日本でもアバスチンが保険承認を受けて、卵巣がんの治療に使える薬の選択肢が増えた。

錠剤の抗がん剤も登場

 最近では、損傷したDNAの修復を助ける酵素を阻害することで、がん細胞を死滅させるPARP阻害剤というさらに新しいタイプの薬が登場した。日本でも2018年4月には保険承認を得て、一部の再発卵巣がん治療に使われている。

 PARP阻害剤のオラパリブ(リムパーザ)は、錠剤の抗がん剤だ。診療所で何時間も椅子に座って点滴を受けなくとも、自宅で抗がん剤を飲むだけで治療できるだなんて。もちろん副作用はあるので、楽な治療というわけではないだろうが、私のような注射針が苦手な人にとっては、コワイ感が薄まりそう。

 また同じPARP阻害剤のニラパリブも2019年11月末に日本でも承認申請を行っている。こうしたPARP阻害剤について、卵巣がん初期治療に対する有効性を調べるための臨床試験も実施されているので、将来的にはさらに広く使われるようになるかもしれない。(注3)

検診方法がない卵巣がん

 残念ながらこの10年で変わらなかったのは、いまも精度の高い卵巣がんの検診方法がないことだ。子宮頸がんの検診ではわからない。急にお腹がでてきた、膨満感ですぐにお腹がいっぱいになる、下腹部に違和感がある、頻尿、腰痛といったあいまいな自覚症状でわかりにくいため、診断を受けた時には進行してしまっている場合が多い現状は変わっていない。

 また婦人科がんと一口に言っても、卵巣がん、子宮頸がん、子宮体がん、腹膜がん、卵管がん、外陰がん、膣がん、子宮肉腫と沢山ある。しかし乳がんに比べて患者数が少ないため、米国でも婦人科がんについての認知度は低く、患者団体が根気よく啓発活動を続けている。

 婦人科がんの治療をする婦人科腫瘍医(ガイノコロジック・オンコロジスト)は、産婦人医でさらにがん治療の訓練を受けたがん専門医。手術も化学療法も行う。婦人科腫瘍医の数も少ないので、こうした医師たちも啓発活動に積極的だ。

N.E.D.という名のロックバンド

 米国に現役の婦人科腫瘍医が集まって活動しているロックバンドがある。その名もN.E.D.。婦人科がん研究の資金集めイベントや、学会、患者集会などでも演奏し、患者たちを勇気づけている。

 この動画は、2013年にN.E.D.のドキュメンタリー(注4)ができた時のプロモーション。米国の婦人科がん患者と婦人科腫瘍医の気持ちの揺れや、生き続ける決意が伝わってくる。当事者の私はいつ見ても涙が出てきてしまうのだけど、同時に勇気とパワーも与えられる動画なので、よかったら見てください。患者と医師と研究者が協力し、一日も早く、がんを克服できる日が来ることを願って。

参考リンク

注1 抗がん剤腹腔内(IP)投与で進行卵巣癌患者の生存を1年以上延長(2006年5月のNCIニュース、JAMT翻訳)

注2 Intraperitoneal vs IV Chemotherapy in Ovarian Cancer: How Do They Compare? (2019年5月 英文リンク)

注3 PARP阻害薬3剤、卵巣がん初期治療に有望な結果(米国国立がん研究所、2019年10月29日、JAMT翻訳)

  

注4 このドキュメンタリーは有料で視聴可能、ただし英語のみ

日本婦人科腫瘍学会 治療ガイドライン

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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