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男らしさは病の元?  米心理学会が「男らしさ」に伴うリスクについて指針

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
「男らしく」あるべきという呪縛が、男性自身を傷つけることもある(写真:アフロ)

男らしさはリスク要因

 伝統的な「男らしさ」という概念に縛られることで、男性達は自らの、そして周囲の人の身体的、精神的な健康を損なう可能性がある。これは精神科医らが成人男性や青少年の治療に当たる際に認識しておくべき傾向として、今年1月、米国心理学会(APA)が初めてまとめた男性に関する指針の一部である。

 精神面の治療をする際には、その人を取り巻く社会環境や文化的背景も考慮する必要がある。APAは、2007年には少女や女性に関する指針を発行し、その後も高齢者、マイノリティ、LGBTQなど、様々な属性の人を治療する際に、精神医療者らが考慮すべきことを指針にまとめてきた。今回の男性版はその延長線にあるともいえるものだ。

 しかし「40年以上にわたる様々な研究は、伝統的な『男らしさ』が精神的な害をもたらし、少年に感情を抑制させる社会環境は、内的にも外的にもダメージを与えることを示した」と述べるこの指針に対し、「男らしくて何が悪い?」といった反発の声が保守的な男性達からあがり、議論が巻き起こっている。

「男らしさ」というイデオロギー

 米国で伝統的な「男らしさ」のイメージといえば、古くはジョン・ウェインが演じたようなタフな保安官やカウボーイ、近代では厳しい訓練を耐え抜き、戦地へ赴く軍人や、かつての人気ドラマ「ザ・ソプラノズ/哀愁のマフィア」の登場人物、あるいはトランプ大統領のような感じだろうか。

 西部開拓時代ははるか昔のことだが、ジョン・ウェイン的な「男らしさ」や、社会における男性の役割に対するイメージは、頑ななまでに現代に受け継がれている。ストイックで競争心や支配欲、縄張り意識が強く、泣き言を言わず、人に頼らず、弱みを見せず、自分のものは自分で守る「強い男」のイメージである。

 少年達は今もこうした「強い男」になるように期待され、教え込まれ、「男らしさ」がアイデンティティになっていく。

「男らしさ」が裏目に出る時

 しかし、こうした伝統的な「男らしさ」が硬直化して裏目に出ると、周囲だけでなく、「強い男」自身の人生にも悪影響を及ぼすことになる。

 米国では、男性が自死する確率は女性の3.5倍。1999年から2014年の間で男性(ヒスパニック、先住民族を除く)の自死率は38%も上昇した。男性の平均余命は女性より4.9年短い。暴力事件の加害者の9割は男性であり、被害者になるのも77%と圧倒的に男性である。

 日常生活を見ても、「男らしさ」という意識を強く持つ男性ほど、予防的な健康診断を受けない。大量の飲酒や喫煙など健康リスクの高い行動をとる一方で、健康に良いとされる野菜は食べないといった調査結果もある。さらに「男らしさ」というイデオロギーにとらわれがちな人は、メンタルヘルスの相談や治療も受けたがらないという。

 「強い男」の典型といえる軍人も、心的外傷後ストレス障害(PTSD)であることを認められなかったり、除隊後に「強い男」としてのアイデンティティを見失い、孤立してうつ状態に陥ったりする人が少なくない。

「強い男」というアイデンティティを失ったとき

 APAの指針は「男らしさ」を否定するものではない。むしろ、伝統的な「男らしさ」への固執に起因する問題をふまえ、精神医学者が男性患者のニーズを適切に特定し、男性達が元気に生きられるよう治療に役立てることが目的だ。

 男性達は、強い男になること、成功を目指してがんばることは教えられても、失敗したり、「強い男」の枠から外れたりした時に、どう対処したらよいかを教えられることは少ない。

 精神的にまいることがあっても、その感情を表現することさえはばかられ、誰かに助けを求めるどころか、誰にも言えずに孤独感を深めていく。あるいは逆に攻撃的になることで、自分が「強い男」であることを内外に証明しようとする場合も多いのではないだろうか。

 アメリカン・ジャーナル・オブ・ソシオロジーに発表された2013年の調査でも、男性は「男らしさ」に対する脅威を感じた時は、より戦争に強く賛成したり、同性愛への嫌悪感を強めたり、自分が所属する集団が他の集団より優位性があることを示したりと、より「強さを誇示」するような反応を示すという結果がでている。

「男らしさ」の呪縛

 APAの指針に強い反発を示す男性達は、即座にこれを「男らしさ」、ひいては「男という存在」への攻撃と受けとったようだ。特に保守的なメディアでは、「男らしさのどこが悪い?」、「歯を食いしばって働き、家族を養い、守ることに、自分は誇りを持っている」、「♯Metoo運動に続く男性への攻撃だ」といった論調が目立った。

 しかしこうした好戦的的な反応にこそ、画一的な「男らしさ」というイデオロギーに今も頑ななまでに縛られる男性達の姿が見え隠れする。

 APAは、男らしさには「勇気、勇敢、指導力、共感、他者の尊重、優しさ、忠誠心、保護、友愛、回復力など、健全な社会生活の営みや人間関係を促す多様な側面がある」と述べている。また大多数の男性達は、他者を尊重し、人間的な生活を送っているという認識を示している。

 しかしその一方で、一部には極端な行動パターンを「男らしさ」と結びつける考え方に固執する男性達もおり、それがマイナスの結果を生むことがあると指摘する。例えば「暴力、支配、あるいは感情を押し殺すことで『本物の男』であることを証明できる」と考える男性達は、心臓病のリスクや、社会的孤立や鬱など、精神的にもマイナスの影響を受けるという。

 また「周囲を傷つけてでも、自分が成功しなければならない」、「性的、精神的、物理的に相手を抑圧することが、男らしさを示す方法だ」と考える男性もいる。米国でもセクシャル・ハラスメント、モラル・ハラスメント、ドメスティック・バイオレンスは、日常的に耳にする問題だ。

 さらに人種差別、同性愛嫌悪、男性上位主義が「男らしさ」のアイデンティティに加わることで、女性だけでなく、LGBTQやアジア系などマイノリティを含む「強い男」のイメージにあわない少年や男性達も、社会生活や時には家庭でも、「男らしさ」に固執する人々からハラスメントを受けることになる。

「男らしさ」から「人間らしさ」へ

 長い間続いてきた社会通念は、なかなか変わらない。しかし硬直化した「男らしさ」という概念に縛られ、男性が孤独感を感じたり、自死を選んだり、他者を傷つけたりするのは、誰のためにもならない。

 APAが指摘した「男らしさ」の多様な良い側面は、「人間らしさ」でもあるように思う。力で強さを誇示しなければならないような「男らしさ」は捨てて、辛い時には助けを求める勇気、様々な意味で自分とは異なるタイプの人にも手を差し伸べ、より広く人間関係を構築していくといった「人間らしい」しなやかな強さを持つほうが、より幸せな人生に結び付くと思う。

参考資料リンク

APAの男性に関する指針についての解説 (英語リンク)

APAの「男らしさ」に関する追加コメント (英語リンク)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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