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化学療法から免疫療法の時代へ 米国腫瘍臨床学会(ASCO)が沸いた肺がん治療の進展

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
世界中からがん専門家が集まる米国腫瘍臨床学会の総会。がん撲滅を目指して。筆者撮影

進行肺がんの免疫療法

 今年の米国腫瘍臨床学会(ASCO)のテーマは「発見を臨床に:プレシジョン医療の拡大」。プレシジョン医療とは、ゲノム情報や最新の研究成果を活用し、患者個人や病気の特性にあわせてより的確な予防、検査、治療を行うことだ。人間や腫瘍が持つ遺伝子変異を調べる技術の進展や、がんと免疫の関係における新たな発見を背景に、プレシジョン医療実現の場が広がりつつある。

 今回は、がん治療のあらゆる側面に関する5800件以上の報告が寄せられた。その中から、特に厳選された演題は全員参加のプレナリー・セッションで発表される。今年のプレナリーを沸かせた注目演題の一つが、進行または転移性非小細胞がんに対するペムブロリズマブ(商品名キイトルーダ)を使った免疫療法である。

 国際的な大規模臨床試験(KEYNOTE-042)で、多くの進行非小細胞がん患者の治療では、従来の化学療法ではなく、最初からペムブロリズマブだけを使ったほうが有効という結果が示されたのだ。(*1)

進行非小細胞肺がんでぺムブロリズマブと化学療法のランダム化比較試験の結果は全員参加のプレナリー・セッションで発表された。(筆者撮影)
進行非小細胞肺がんでぺムブロリズマブと化学療法のランダム化比較試験の結果は全員参加のプレナリー・セッションで発表された。(筆者撮影)

免疫療法 vs 化学療法

 肺がんは、米国で最も死亡率の高いがんで、その約85%が非小細胞がん。進行した段階だと化学療法を中心に治療するが、次第に薬が効かなくなったり、副作用の影響が大きく治療が続けられなくなったりする。化学療法の薬剤は、がん細胞のように盛んに分裂する細胞を殺傷するため、同じように早く分裂する髪や皮膚、粘膜、血液を作る骨髄の健康な細胞も攻撃してしまうためだ。

 一方、ペムブロリズマブ(*2)は、人体の免疫機能を利用してがんを攻撃する薬である。これまでの研究で、多くのがん細胞はPD-L1というタンパク質を発現させ、免疫細胞のPD-1に結合させることで、免疫の攻撃にブレーキをかけていることがわかった。ペムブロリズマブは、免疫チェックポイントと呼ばれるこの結合を阻止し、免疫細胞を活発化させて再びがんを攻撃させるのだ。

 非小細胞肺がん患者の3分の2以上はPD-L1陽性。過去に行われた試験でPD-L1が50%以上発現している患者にはぺムブロリズマブが有効という結果がでていたが、それだと対象者が限られてしまう。今回の試験は、PD-L1の発現が少ない(1%以上)患者も含め、ランダムに分けた二つの患者グループで、ぺムブロリズマブによる治療と、標準的なプラチナ系化学療法による治療結果を比較して、効果を調べることが目的だった。

日本も参加した国際的な大規模試験

 この試験はアジアを含む32カ国、213施設で行われた大規模な第3相試験で、合計で1274人の患者が参加。日本からも29施設で、93人の患者が試験に参加した。試験の結果、ぺムブロリズマブ単独の治療を受けた患者の方が、化学療法を受けた患者よりも、中央値で4カ月から8カ月生存期間がのびた。PD-L1が多く発現している人の方が効果が高かったが、PD-L1の発現量にかかわらず奏効率や奏効期間も、ペムブロリズマブの方が化学療法より勝っていた。

 免疫療法の薬剤には化学療法とは異なる副作用があるが、化学療法よりも毒性が少ない。今回の試験でも、重度の副作用があった患者はぺムブロリズマブの治療グループは18%と、化学療法グループの41%より少なかった。

患者にとってダブルの勝利

 この試験について発表した筆頭研究著者のジルベルト・ロペス医師(マイアミ大学シルべスター総合がんセンター腫瘍内科医)はASCOの記者会見で、「非小細胞肺がん治療は次々とでてくる新たな知見で大きく変わりつつある。今回の試験は、進行肺がん患者の標準治療を変えていくもの」と話した。

 またこの試験には参加していない専門家の立場から、ジョン・ヘイマック医師(テキサス大学MDアンダーソンがんセンター)も、「免疫療法の方が生存期間が延び、しかも副作用も少なくて、一般的に対処もしやすいので患者のQOLが向上する。患者にとっては『ダブルの勝利』だ」と述べた。

 この研究の共著者であり、日本で試験を実施した責任医師の一人である久保田馨・日本医科大学医学部呼吸器内科学教授は、次のように述べた。

「今回の試験では、PD-L1が1%以上の患者に対して化学療法に対する優越性を示した点が以前との違いです。ただし、1-49%陽性患者に関する探索的解析では、化学療法群に比較して優越性は示されていませんでした。

 今年の4月には、化学療法vs化学療法+ぺムブロリズマブの試験結果が報告されました。この試験では、PD-L1の発現にかかわらず、化学療法より、化学療法+ペムブロリズマブ群が生存期間も良好で、差はかなり大きなものでした。

 したがって、若い元気な方は化学療法+ペムブロリズマブが標準治療に今後なっていくと思います。併用療法は毒性も増加しますので、高齢者や合併症がある型は、PD-L1が50%以上の場合はぺムブロリズマブ単独、1-49%ではペムブロリズマブ単独または化学療法単独、PD-L1陰性の場合は化学療法単独が選択肢になります」

 またさらなる治療効果の改善に向けて、術前術後の免疫チェックポイント阻害薬に関する臨床試験も現在進行中だという。その一方で、副作用が少ないとされるこうした免疫療法についても、久保田教授は注意が必要だと指摘する。

「効かない免疫療法に副作用はありませんが、有効な免疫療法には生命にかかわる事象を含めたさまざまな副作用があります。PD-1/PD-L1阻害薬は、ほとんど全ての臓器障害をきたす可能性もあります。脳炎、下垂体機能障害、神経障害、眼の障害、甲状腺/副腎などの内分泌障害、間質性肺炎、肝障害、腸炎、腸穿孔、1型糖尿病、重症無力症などです。

 化学療法に比較して、重度の副作用がでる割合は低いのですが、発現時期が明確ではなく、対処によっては致死的になるなどの問題があります」         

久保田馨・日本医科大学医学部呼吸器内科学教授 談

 

 こうした新しい免疫療法の恩恵を受けるには、きちんとした免疫療法の知識を持つ専門の医師と相談しながら治療に臨むことが大切だろう。この数年、免疫療法など新たな治療法が生まれつつあるが、今のところ進行肺がん患者の命を救うところまでは到達していない。新たな治療法の最適な利用法、さらに効果的な治療を発見すべく、世界中でがん医療者、研究者らの取り組みは続いていく。

プレシジョン医療の拡大

 プレナリー・セッションでの発表最後に、ロペス医師は大会場を埋め尽くすがん医療者、研究者らに、スライドを使って呼びかけた。

「この20年間に私たちが得た知見を実践に生かしてしていこう。肺がんの治療はもはや一つではない。バイオマーカーを活用し、患者一人ひとりに最善な治療法を選ぼう

 発見を臨床に。今年のテーマ通り、肺がん治療だけでなく、さまざまな分野でプレシジョン医療の拡大を感じさせるASCO年次総会だった。これから数回にわたり、ASCO総会で見聞したトピックのいくつかを報告していきたい。

参考資料:JAMT(日本癌医療翻訳アソシエイツ)翻訳

*1 ペムブロリズマブは進行肺がんの初回治療に化学療法単独よりも有効 

*2 ぺムブロリズマブ  

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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