日本だけで目にする「欧米の最先端治療」に惑わされないで

「夢の新薬」は地道な臨床試験から(写真:アフロ)

欧米で注目集める遺伝子治療って本当?

先日、フリーアナウンサーの小倉智昭氏が膀胱がんで遺伝子治療を受けているというデイリースポーツの記事を目にした。その中で同氏は、「欧米で注目を集めている遺伝子治療っていうのをしたくて、毎週毎週、保険の利かない点滴を打っていて、そっちに賭けようと」と述べていた。

小倉氏の受けている遺伝子治療がどのようなものか、私には想像もつかない。

日本のウエブサイトや書籍、一部の医療機関の広告で、遺伝子治療や健康食品などによる免疫療法さらに高濃度ビタミンC点滴のようなものを、しばしば「欧米の最先端がん治療」として紹介している。しかし米国でがん治療を受けた私は、こうした日本で宣伝されているような最先端治療(?)が米国で普通に行われていると聞いた事もなければ、そうした治療を受けている患者に会ったこともない。

昨年、米国に住む義母の再婚相手が膀胱がんの診断を受けたので、私も膀胱がんの治療法について米国国立がん研究所(NCI)や、米国がん協会のウェブサイトなどでいろいろと調べてみたが、そこにも遺伝子治療は含まれていなかった。

「欧米で」という宣伝に惑わされないで

もちろん、がんワクチンを含め新しいがん治療に向けた研究は、世界中で行われている。特にここ数年は、免疫細胞ががんを攻撃するのを助ける「免疫チェックポイント阻害剤」が登場し、免疫療法に注目が集まっている。

今年5月、FDA(米国食品医薬品局)は、抗がん剤治療後も進行した尿路上皮がん(膀胱がんの一種)の治療に、新たな免疫チェックポイント阻害剤としてアテゾリズマブを承認した。また、10月上旬に行われた欧州臨床腫瘍学会でも、膀胱がんに対する免疫療法研究の進展が報告された。

こうした新薬は、安全性と効果を段階的な臨床試験で確認した上で、どの種類のがん治療に、どのように使うかという具体的な条件の下で承認を受ける。研究段階だが「欧米の学会で報告された」、「様々ながんに効果がある」、「世界中で多数の症例がある」などの漠然とした宣伝文句には、疑いの目を向ける必要がある。

患者が治療を断わる理由

かつて患者にがん告知をしなかった時代には、治療方法の選択は医師に委ねられており、患者は考える間もなく治療がはじまった。今はあたり前にがん告知が行われ、多くの患者はショック状態の中で治療の説明を聞き、決断を迫られる。

手術、放射線、抗がん剤と、何を聞いても怖いと感じるのが普通だろう。治療により、臓器の一部を失ったり、外見が変ったり、以前とまったく同じ生活は送れなくなったりすることも多い。

医師のすすめる手術や抗がん剤を避けて、研究段階の「最先端治療」を選択する患者の多くも、確信をもって未知の治療を選択しているのではなく、普通の治療やその後の生活に対して抱く不安と折り合いをつけられないためではないかと思う。

がんの告知を受けとめるだけで精一杯な時に、生きるためには仕方がないと、即座にすべてを受け入れられない時もある。医療現場は忙しい。「それでは、よく考えて決めてください」と言い残して医師が席を立った後も、頭の中を堂々巡りする不安を、患者は誰に訴えたらよいのだろう?

自分の気持ちと向き合い続けて

がんサバイバーは、診断を受けた時から、常に自分の気持ちと向き合うことを強いられる。どれも選びたくない選択肢を目の前に出された時に、自分は一体、どうしたいのかと悩む。あたりまえだ。自分の体、心、生活、人間関係のすべてが大切で、優先順位なんて簡単につけられない。

そんな時、「大丈夫、こういう対策がとれる」と患者の不安な気持ちに寄り添う医師や、「外見が変わっても、あなたに対する私の気持ちは変らない」と言ってくれる家族や友人の支えで、がんサバイバーは不安と折り合いをつける勇気を得るのかもしれない。

時間の流れや状況変化の中で、治療に対する患者の気持ちが変る場合もある。一度は拒んだ治療でも、もう一度考えて見ようかと思った時、臨床試験について知りたい時に、患者が気後れせずに相談できる環境や、過去の経緯にこだわらず親身になってくれる医師が必要だ。前述の記事で、小倉氏は「まだ、やりたいこと、いっぱいあるんですよ」と語っていた。研究段階の治療に賭けると決めてしまわずに、信頼できる医療情報をもとに自分の気持ちと向き合い、治療と優先順位を考え続けてほしいと思う。