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速報・国際司法裁判所がイスラエルにジェノサイド条約に基づき仮保全命令。問われる国際社会と日本の対応

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
国際司法裁判所の1月26日の期日(写真:ロイター/アフロ)

  昨年の10月から続くガザにおける民間人への虐殺と人道危機が極めて深刻な事態を迎えている中、国際司法裁判所(ICJ)から画期的な判断が出ました。

 南アフリカがガザの事態に関し、イスラエルがジェノサイド条約違反があるとする訴えをICJに提起し(本案)、その最初の手続として、ジェノサイドを緊急に防止する措置を求めたことを受け、ICJがイスラエルに対し、ジェノサイド条約に基づく仮保全命令を出したのです。南アフリカや世界の人々が望む「即時停戦」が命令に含まれていない等の限界はあるものの、非常に画期的な歴史的判断と言えます。

 国際法があるのに、ガザの人々は一切保護されないまま命を落とし続けていますが、国際法が機能する可能性が生まれてきたと言えるでしょう。

 命令は既に全文が公開されましたので、命令を紹介しながらこの判断の意義を考えたいと思います。

瓦礫の中のパレスチナの子ども
瓦礫の中のパレスチナの子ども写真:ロイター/アフロ

■ そもそもどのような訴えか。

 この訴えはジェノサイド条約の締約国である南アフリカが、同じく締約国であるイスラエルに対して提起したものです。

 10月以降のガザにおけるイスラエル軍の軍事行動は、ガザ全土で壊滅的な被害をもたらし、国連総会や国連安保理等でも決議が出され、イスラエルに軍事行動を即時停止することを求める声は世界中を渦巻いていますが、イスラエルは軍事行動を継続する姿勢であるため、南アフリカがジェノサイド条約に基づく法的手段に打って出たのです。この訴えは年末に出され、裁判のヒアリングは1月11、12日、命令は26日という早さで出されました。

■ 国際司法裁判所(ICJ)の判断の重み

 そもそも国際司法裁判所(ICJ)は、国連憲章に定められた常設の紛争解決機関で、憲章92条は「国際司法裁判所は、国際連合の主要な司法機関である」としています。そして、94条は、「各国際連合加盟国は、自国が当事者であるいかなる事件においても、国際司法裁判所の裁判に従うことを約束する。」と規定。国連加盟国である以上、判断を無視してよいものでは決してないのです。

 そして、ジェノサイド条約9条は、「この条約の解釈、適用又は履行に関する締約国間の紛争は(中略)、紛争当事国のいずれかの要求により国際司法裁判所に付託する。」と明記し、同条約をめぐる紛争解決は、国際司法裁判所が明確に指定されています。イスラエルも南アフリカもジェノサイド条約の締約国であり、両者は紛争解決はICJで行うことに合意してこの条約を批准したのです。従わないことは通常許されません。

■ なぜ、紛争当事国でない南アフリカの訴えが許され、ICJの管轄が認められたのか。

 イスラエルはそもそも紛争当事国でない南アフリカには原告適格がなく、ICJには管轄が認められない、と強く争ってきました。

 しかし、今回の決定でも明記されている通り、ジェノサイドは国際社会においてもっともあってはならない許されざる犯罪・人権侵害であり、ジェノサイド条約1条が定める防止及び処罰の義務は、締約国であればどの国も傍観者ではあり得ず、どの国もその義務遂行をする権利と責任を有する義務(当事国間対世的義務-erga omnes obligation partes)と認識されており、どの締約国であっても原告適格を認められます。ミャンマーのロヒンギャに対する軍によるジェノサイドに対し、ガンビアが同様の訴えを提起した際の判断でも、既にガンビアの原告適格が認められており、判例として確立されていますので、当然の判断だったと言えます。

また、イスラエルと南アフリカは、ガザでの事態を巡ってジェノサイドに該当するか否かで見解を異にしている以上、ジェノサイド条約に基づく紛争があると言え、上述した9条に基づいて管轄がある、と判断しました。この点もこれまでも同様の先例がありますので、それを踏襲した判断をしているもので、何ら驚くことではありません。

■ ジェノサイド条約に基づく保護を受けるべき権利及び要請される措置との相関関係

ICJが最もページ数を割いて解説しているのはこの部分になります。

 仮保全命令を出す以上は、現在の紛争の対象であるガザの事態がジェノサイド条約に基づく保護を必要としている事態なのか、そしてそこで守られるべき権利と仮保全措置の間に相関関係(link)があることが必要です。

 ただし、仮保全という趣旨に照らし、厳密にジェノサイドが立証されることは求められておらず(それは本案判決で行われることです)、蓋然性がある、あるいは一応確からしく存在する(plausible)という基準を満たせばよいとしています(これも前例を踏襲しています。日本の裁判の裁判前の保全手続などでも、同様の考え方で仮処分などが進められていますね)。

 この点でまず、ICJは、ジェノサイド条約2条は「集団殺害とは、国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもつて行われた」行為であるとしていますが、ICJは、パレスチナ人は、「国民的、人種的、民族的又は宗教的集団」を構成すると思われ、パレスチナ人、そしてガザに住むパレスチナの人々は、条約上の保護を受ける集団であると判断しています(15頁、para45)。

 次に、ジェノサイド行為とその意図に関連し、

・明らかになった死者数や人道危機の状況、

・ガザの人々が生存の危機にあることを訴える国連やWHOの声明等

・イスラエルの国防相が「ガザの完全な封鎖で、電気も、食料も、燃料もない」「私たちは人間の顔をした動物と戦っている」等数々の発言をしている事実(※ジェノサイドの意図を示唆する発言)

・国連の特別報告者らが11月16日に「ガザの人々を非人間化するジェノサイド的な修辞が使われている」等と警告したこと(こちらの記事を参照ください)

 等をあげ、これらの事実や状況は、少なくともガザの人々がジェノサイド条約によって保護されるべき権利(少なくともその一部)が一応確からしく存在する(plausible)と結論付けるのに十分である、と裁判所は指摘しました(18頁、para54)。

 さらに、ガザの人々の権利を守るためにイスラエルにジェノサイド条約上の義務の遵守を求める必要があるため、相関関係の条件も充足すると裁判所は判断しました(18頁、para55)。

家を奪われて避難生活を送るガザの人々
家を奪われて避難生活を送るガザの人々写真:ロイター/アフロ

■ 回復し難い損害・緊急性

 保全命令を出さなければ回復し難い損害が生じるであろうこと、及び緊急性は仮保全命令の要件とされています。

 ICJは「ガザの保健システムは崩壊した」「人道的システムの崩壊の危機に直面している」等とする、国連安保理での国連事務総長報告や、UNRWA(国際連合パレスチナ難民救済事業機関)の声明を引用、裁判所は、ガザ地区の壊滅的な人道状況( the catastrophic humanitarian situation in the Gaza Strip)は、裁判所が最終判断を出す前にさらに悪化する深刻な危険があると結論付けたのです(22頁、72para)。

■ 結論と評価

 裁判所は、以上の検討から仮保全命令を出す要件が満たされ、仮保全命令を出す必要性がある、と結論付けました。

 裁判所は、仮保全命令によって本案の結論には影響を与えないことを再度していますが、イスラエルのジェノサイド条約上の義務履行が極めて重要であることを力説しています。

 ここまでの判断は、パレスチナ紛争との関係では、歴史的に見て画期的なものと評価できます。

 一方で(圧倒的多数の判事が賛成したことが示す通り)先例に従い、これをガザの事態に当てはめれば、教科書通りの当然の判断であったと私は思います。これはガザの事態が教科書で絵にかいたジェノサイドの兆候を示している(多くの論者がそう論じてきました)ことからの当然の帰結ともいえます。

 しかし、国連事務総長やUNRWA、WHOやNGO等が言葉を尽くして現地の危機的な人道状況を訴え続けてきたことが、国際政治では無視されてきた(とりわけ欧米諸国によって)けれど、ICJが適切に受け止め、これを十二分に斟酌したうえで判断に至ったことは高く評価したいと思います。

 ICJは、この判断は本案に影響を与えない、と言っていますが、この問題、特にイスラエルの現下の軍事行動がジェノサイドに匹敵しうる国際法上深刻な問題をはらんでいる、と言う紛争の性格付けが明らかにされたことも極めて重要です。

 パレスチナ紛争は、イスラエルによる国際法違反の人権侵害が繰り返され、過去にも2009年、2014年の侵攻で多大な人命の犠牲が出ているのに、イスラエル軍や指導者は戦争犯罪等の責任を問われず、不処罰(Impunity)が繰り返されてきました。パレスチナは国家ではないのでICJへの提訴権もなく、国際法違反を一方的にされ放題という状態が続いてきました(そのフラストレーションが今回の人質を取るといった行動に暴発してしまいます)。

 ICJは2004年に、「パレスチナの壁」勧告的意見事件でイスラエルに対し、国際人権法、人道法上の義務を果たすよう勧告しました(拘束力のない勧告的意見)が、イスラエルはほとんどこれを無視してきました。

 今回ICJでジェノサイド条約適用を巡る事件が係属し、命令が出されたことで、ようやく「法の支配」に基づくこの事態の解決がはかられることが期待されます。

■ 仮保全命令の内容と意義

 以上を踏まえ、裁判所が出した仮保全命令の内容は以下のとおりです(私個人の仮訳となります)。

(1) イスラエルは、ジェノサイド条約上の義務に即し、ガザのパレスチナ人に対し、その権限の範囲で、条約2条の範囲に含まれるすべての行為を防止するすべての措置を講じること、特に、
(a) 集団構成員を殺すこと。
(b) 集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加えること。
(c) 全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること。
(d) 集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。
(2) イスラエルは、同国の軍事組織が、上記(1)に列挙したいかなる行為も実行しないよう、即時に確保すること
(3) イスラエルが、その権限の範囲で、ガザのパレスチナ人の集団の構成員に対するジェノサイドの実行に関する公的な指示や煽動を防止・処罰するすべての措置を講じること。
(4) イスラエルは、ガザのパレスチナ人が直面する生存を阻害する状況に対処し、緊急に必要な基礎的サービスと人道支援の提供が可能となるよう効果的な措置を直ちに講じること
(5) イスラエルはジェノサイド条約第2,3条に関する行為に関連する証拠の隠滅を防止し、証拠を保全する効果的な措置を講じること
(6) イスラエルは、この命令の1か月以内に、この命令の履行のために取ったすべての措置に関する報告をこの裁判所に対し行うこと

 確かに、南アフリカの求めた即時停戦が命令中にないことは極めて残念で、南アフリカもこの点を強調していました。

 しかし(1)(2)に掲げられたすべての行為を防止するとの命令は極めて重いものです。

条約2条が定めるジェノサイドの構成要件は、行為とジェノサイドの意図からなりますが、命令は、意図の有無に関わらず、列挙された行為をしてはならない、と求めていると読むことができます

 およそ、人を殺害したり、傷害を与えることが状況の如何に関わらず許されないとすれば、おびただしい民間人殺害を繰り返してきた現在の軍事作成を遂行することはできないはずです。イスラエルの軍事作戦が命令を無視して展開され、人命を犠牲にし続けるとすれば、ジェノサイドと認定される可能性が高まるでしょう。

 イスラエルの政治指導者や軍のトップは、命令を無視すれば、最も深刻な国際犯罪であるジェノサイド罪で刑事訴追される可能性が高まります。イスラエルが軍事作戦をこのまま継続することは、国際法上許されないでしょう。

命令を誠実に履行するには、パレスチナ人を標的とする全ての軍事行動の即時停止が求められます。

 また、基礎的なニーズや人道支援サービスへのアクセス確保を命じられたことも重要です。イスラエルが封鎖によってガザの人々の生殺与奪の権利を握り続け、必要なアクセスを拒絶することはジェノサイドに該当しうる深刻な事態であることを改めて明確にしたことに意義があります。イスラエルは封鎖政策の抜本的な見直しも迫られます。

■ 国際社会、特に欧米や日本は何が求められるか

 ICJの命令には法的拘束力があり、冒頭に明記した国連憲章に基づき、加盟国はこれに従うべきです。しかし、イスラエルがこれに従おうとしない場合、国連憲章が想定する法の支配のシステムは深刻な危機に直面します。

 特に深刻なのは、安保理常任理事国を含む国連の有力な加盟国である欧米諸国がイスラエルを擁護し、軍事支援まで行ってきたことです。

 しかし、ICJの判断により、イスラエルをこれ以上支援することは、これら国連加盟国も、ICJの判断を軽視し、ジェノサイドに加担・幇助していることが明らかになります。

 米国では既に米国のイスラエルへの軍事支援を差し止めるよう求める訴訟が係属しています。さらに、南アフリカは米国等の支援国に対してもICJで訴追するかもしれません。イスラエルを支援する有力な国々が、このまま軍事支援や協力を続けてよいのか、これらの国の国際法違反が深刻に問われるでしょう。

 また、ICJの判断は刑事責任にも関連します。ジェノサイドは国際刑事裁判所(ICC)ローマ規程においても国際犯罪として明記されており、ICC検察官は、ICJの命令に反する事態があれば、これまで以上に緊急性をもって事態を捜査・訴追する必要に迫られることは必至です。

 ICCローマ規程25条は、幇助、共犯、援助もジェノサイドを含む対象犯罪に関し処罰するとしていますので、欧米諸国も漫然と支援を続ければ、罪に問われる可能性があります。すべての軍事支援を中止し、イスラエルに命令の履行と軍事行動の中止を一致して求めるべきです。

 日本は、国連安保理等の即時停戦を求める決議には賛成票を投じていますが、その一方で、イスラエルに対する姿勢は、おおむね「テロと戦うイスラエルを断固支持し、一方で民間人は保護してほしい」というニュアンスの、イスラエル用語を大前提とする腰の引けたものでした。しかし、今回の判断を受けてその外交方針を根本的に転換し、ICJの命令の履行をイスラエルに公的に求めるべきです。ICJの命令を履行するために、最も確実な方法・軍事行動の即時停止を求めるべきです。

 また、イスラエルの軍事作戦や軍に関連する企業も、国連ビジネスと人権に関する指導原則に基づき、ジェノサイドへの加担とならないよう、経営方針を転換し、関係を断つ必要があります。

 ジェノサイドは、ホロコーストの悲劇に象徴される最も深刻な、根絶されるべき重大な人権侵害です。ホロコーストを経験したユダヤ人の国家がその訴追に直面するとは極めて由々しき事態ですが、それが現実です。

 人類はジェノサイドとは決して両立すべきではなく、ジェノサイド条約に基づくICJの命令は極めて重いものです。イスラエルも関係諸国もこの命令を無視すべきではありません。

 この命令が直ちに履行されるよう、国際社会が一致団結することが求められています。すでにグローバルサウスは一致団結して即時停戦とイスラエルの軍事行動の即時停止を求めています。問われるのはイスラエルの国際法違反を容認してきた欧米、そして日本です。

 この命令が生かされ、さらに即時停戦を実現し、ガザの人々の命がこれ以上奪われないよう、私たち市民社会もさらに行動していくことも重要です。

 そうしたひとりひとりの行動が今後の状況、そして新たな歴史を決定していくことでしょう(了)。

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弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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