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欧米で問題視されている「電子タバコ」って何?

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 先日、WHO(世界保健機関)が、電子タバコについて規制を強化し、フレーバー付きのリキッドを禁止するよう各国政府へ要請した。日本で電子タバコは一般的ではないが、なぜWHOは危機感を募らせているのだろうか。

欧米の若年層で広がる電子タバコの喫煙

 英国での電子タバコの喫煙者は、過去3年間で3倍に増えていて大きな問題になっている。英国政府は2023年10月、2009年1月1日以降に生まれた人へのタバコ販売を禁止する法律を導入する方針を発表したが、その中で子どもが喫煙するキッカケになる危険性を持つ電子タバコの大規模な取り締まりも視野に入れて協議に入るとしている。

 英国のNHS(国民保健サービス)は、電子タバコが紙巻きタバコからの禁煙に役立つ可能性があるということでむしろ電子タバコを推奨してきた経緯があった。だが、電子タバコで禁煙できるという保証はなく、逆に子どもなどの非喫煙者をニコチン依存症へ引き入れる危険性も指摘されている。

 フランス政府は、近いうちに使い捨て電子タバコの禁止措置に踏み切る。これは一連の禁煙政策の一つで、特に若年層の電子タバコ喫煙者が急増していることを受けてのことだ。

 フランスでは、紙巻きタバコの値段は1箱20本入りで1800円前後だが、電子タバコは1400円前後と安い。すでに18歳未満への電子タバコの販売は禁止されているが、17歳以上の半数以上が電子タバコを試したことがあると回答し(2022年)、フレーバー付きの使い捨て電子タバコが若年層に浸透していることも今回の措置の背景にある。

 米国では、高校生の電子タバコの喫煙率が14%というCDC(米国疾病対策予防センター)の調査結果がある(2022年)ように、高校生の電子タバコ喫煙が問題視され、その多くがフレーバー付きの電子タバコを喫煙している。特に、学校のトイレなどで学生が電子タバコを吸い、教師たちがそれを取り締まるというイタチごっこが続いているようだ。

 米国の高校生が学校で電子タバコを吸うというのは、新型コロナのパンデミックで休校措置が相次いだ期間、電子タバコの喫煙率が下がったことでもわかる。パンデミックが収束し、学校が再開されることで高校生の電子タバコ喫煙率が再び上がったというわけだ。

 FDA(米国食品医薬品局)は2022年6月、電子タバコ製品の一つ(JUUL)に対し、フレーバー付き(メンソール含む)リキッドの販売を停止するように命じている。一時、JUULのシェアは50%を超えていたが、規制を受けて今は他の製品に首位の座を明け渡している。また、FDAは将来的なニコチンの総量規制にも含みを持たせた。

 電子タバコは紙巻きタバコと比べ、健康への悪影響が少ないとされてきた。だが、最近になって心血管機能、呼吸機能などへの悪影響を示す研究が多く出始めている。

 実際、2019年の夏に米国で電子タバコの喫煙によって100人近い死者が出た。この事象はEVALI(e-cigarette or Vaping Product Use Associated Lung Injury)と呼ばれ、CDCによると大麻成分(THC)やビタミンEアセテートを入れたリキッドを喫煙したことで起きたようだ。

 電子タバコ用リキッドには、いったい何が入っているかわからないものも多い。また、自分で配合することもでき、そのためのキットも販売されている。こうした電子タバコの健康への悪影響については、別の記事で詳しく考える。

日本でなぜ電子タバコが広がらないのか

 一方、日本の現状は欧米とは異なる。電子タバコの喫煙者はそう多くない、というよりほとんどいない。

 なぜなら、日本には欧米を含めた諸外国にはない、タバコに関係する特異な法律、たばこ事業法があるからだ。たばこ事業法の第二条では、製造タバコの説明を「葉たばこを原料の全部又は一部とし、喫煙用、かみ用又はかぎ用に供し得る状態に製造されたもの」としている。

 つまり、日本におけるタバコ製品の定義は、たばこ事業法により「葉たばこ」を使ったものであり、それ以外はタバコ製品とは認められていない。

 電子タバコには、使用リキッドを電気的に加熱して蒸気にし、それを吸い込むヴェイパー型の製品がある。海外ではこの使用リキッドに葉タバコではなく、化学的に合成したニコチンを使う電子タバコ用のニコチン・リキッドが売られている。

 ニコチン・リキッドを使う電子タバコは、たばこ事業法によってタバコ製品ではないということになり、財務省はニコチン・リキッドを使った電子タバコの製造販売を許可しない。

 また、日本では薬機法(旧薬事法)によりニコチンは医薬品とみなされている。そのため、ニコチン・パッチ、ニコチン・ガム、ニコチン・リキッドの製造販売には許認可が必要となり、ニコチン・リキッドを使用する器具は医療機器扱いとなり、これにも許認可が必要だ。

 日本国内でニコチン・リキッドを輸入して(共同購入を含む)他者へ販売することや広告などは禁止され、無償の交換も違法になる。もちろん、ニコチン・リキッドを使う電子タバコは医療機器扱いとなり、許認可なく販売すれば違法だ。

日本でも潜在的なリスクが

 日本の電子タバコ事情は、ニコチン・リキッドを使うことができないため、ニコチン依存症にならず、そのため電子タバコに喫煙者が増えない。ニコチンが入っていないのだから、紙巻きタバコや加熱式タバコの喫煙者が電子タバコへ切り替えることも滅多にないだろう。

 欧米で電子タバコが問題になっている理由には、ニコチン・リキッド入りの電子タバコによってニコチン依存症になり、電子タバコの喫煙をやめられない若年層が急増していることもある。日本のたばこ事業法が、はからずも日本での電子タバコの広がりを抑えていることになるが、一方で加熱式タバコの喫煙者が増えてしまっている。

 タバコ製品のキモは、依存性を高めるためにニコチンが入っていることだ。タバコ会社は、ニコチンの依存性を維持しつつ、新たな製品を出してきた。加熱式タバコもその一つだ。

 また、日本では、電子タバコ用のニコチン・リキッドが流通していないはずだが、実際には輸入されたものがVAPE店やネットなどで「ニコリキ」と称して販売される場合もある。もちろん、これらは違法だし、前述したようにリキッドには有害性のあるものもあり、安易に喫煙するのは危険だ。

 さらに、日本では電子タバコの喫煙に規制がなく、ニコチン・リキッドが入っているかどうか、一見するだけではわからない。リキッドに違法薬物を入れるケースも出始め、潜在的なリスクが徐々に広がっている危険性もある。

 以上をまとめると、欧米ではニコチン・リキッドを使った電子タバコが若年層を中心に広がって社会的な問題になっている。そのため、規制に乗り出す国も出始めている。一方、日本ではニコチン・リキッドは禁止され、電子タバコは広がっていないが潜在的なリスクには注意が必要ということになる。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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