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「ネコ砂」がネコの健康に悪いのは本当か

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(提供:イメージマート)

 ネット上にはいろいろな情報が出回っているが、ネコに関するものも多い。その中に「ネコ砂を使うとネコに健康障害が起きる」というものがある。その真偽について獣医師に聞いた。

ネコ砂の材料は

 いわゆるネコ砂にはいろいろな材料が使われているが、広く利用されているものにベントナイト(bentonite)という物質を使うネコ砂がある。ベントナイトは、モンモリロナイト(montmorillonite)という溶岩鉱物(ケイ酸塩鉱物)を主成分にした多種類の鉱物の混合物で、簡単に言うと粘土だ。

 ベントナイトは、米国、インド、ギリシャ、中国、日本など、世界中で大量に産出され、工業(鋳物生成粘結剤など)、建設業(土木基礎材など)、農業(除草剤)、化粧品(クレイパックなど)、食品(白ワインや醸造酢などの滓取りなど)、そしてネコ砂など、広範囲の産業で使われ、「千の用途を持つ粘土」と言わている。

 ベントナイトはその主成分であるモンモリロナイトの特性から、水を大量に吸収し、3倍から8倍ほどに膨張し、高い粘性を発揮して固まる。また、モンモリロナイトの結晶表面がアンモニア分子を固着する形態に近いため、尿中のアンモニア分子の発散を防ぐ。

 ベントナイトのネコ砂は、ネコの尿を吸収して固まり、尿臭を発散しにくいという特徴があり、そのため広く利用されているようだ。ベントナイト以前は、ゼオライト(zeolite、結晶性アルミノケイ酸塩)やセピオライト(sepiolite、海泡石)などのネコ砂もあったが、固まりにくく、次第にベントナイトに変わっていった。

 粘土状なので、水を加え、粒をそろえたり、脱臭剤、抗菌剤などを混合したネコ砂もある。ベントナイトのネコ砂を製造販売しているライオンペット株式会社によれば、ペレット状に造粒しているそうだ。

ベントナイトのネコ砂のメリット

 ネコは排泄物を砂で隠す習性があり、多くのネコは自然の砂に近いベントナイトのネコ砂を好む傾向があるという。また、ネコがベントナイトのような鉱物系のネコ砂を好む理由について、ネコの祖先とされるリビアヤマネコが砂漠地帯に生息していたため、砂地での排泄行為をする習性が残っているのではないかと考えているそうだ。

 ご自身もネコを飼っている獣医師の中村隆氏(獣医学博士)によれば、尿量や尿の色が見やすいネコ砂のほうがネコのちょっとした体調変化に気づきやすいという利点があるという。

 では、ネコ砂を使うとネコの健康に悪影響が出るという情報についてはどうなのだろうか。

 ネット上にあるネコ砂の健康障害の情報源は、1996年に米国の科学雑誌に掲載された症例報告論文(※1)による。

 この症例報告では、ミネソタ州の獣医師によるもので2歳半のメスネコ(去勢済み)がベントナイトの異物摂食で低カリウム血症と重度の貧血になったという内容だ。また、低カリウム血症と貧血以外に、無気力、筋力の低下、脱水症状、心臓音の雑音などがあったという。

ネコ砂を食べてしまうネコ

 こうしたベントナイトによる中毒症状はヒトでもごく希に報告されていて(※2)、その症状はネコとヒトで共通するものだ。また、日本でもネコ砂由来のベントナイトの粉末を吸い込んだヒトの呼吸器障害の症例報告論文がある(※3)。

 ただ、かなり珍しい症例のようで、症例報告は一般的にエビデンスが弱いとされる。また、ミネソタ州の獣医師による症例報告に対しても翌年、別の獣医師から疑義のレターが掲載した雑誌宛てに送られている。

 獣医師の中村氏によると、ネコ砂を食べてしまうネコはたまにいて、そうしたネコの場合はネコ砂ではなく、紙などパルプ系、おから系などのネコ砂に素材を替えるよう、飼い主に伝えているという。また、異常行動によって、ネコ砂を常に食べてしまえば、消化器系などに障害が起きたりすることは十分に考えられるそうだ。

 ベントナイトは、人類が古くから下痢止め、解毒剤、ケガの治療法、ミネラル補給などに利用してきた。一方、ヒトでも土を食べる土食症(geophagia)という異食症があるが(※4)、ネコがネコ砂を食べてしまう異常行動も同じ症状なのかもしれない。

 以上をまとめると、ベントナイトのネコ砂はネコの習性から好まれ、排泄物から健康状態を知るためにメリットもあるが、希にネコ砂を食べてしまう異常行動を起こすネコもいる。

 通常の使用では特に気にすることはないが、ネコをよく観察し、ネコがネコ砂を食べているようなら違う素材に替えたほうがいいだろう。また、飼い主もなるべくネコ砂の粉末を吸い込まないよう注意したほうがよさそうだ。

※1:Carl S. Hornfeldt, Michael L. Westfall, "Suspected Bentonite Toxicosis in a Cat from Ingestion of Clay Cat Litter" Journal of Veterinary and Human Toxicology, Vol.38, No.6, October, 1996

※2-1:Jorge J. Gonzalez, et al., "Clay Ingestion: A Rare Cause of Hypokalemia" Annals of Internal Medicine, Vol.97, Issue1, 1, July, 1982

※2-2:Peter W. Abrahams, "Involuntary soil ingestion and geophagia: A source and sink of mineral nutrients and potentially harmful elements to consumers of earth materials" Applied Geochemistry, Vol.27, Issue5, 954-968, May, 2012

※3:小林照和ら、「ケイ酸アルミニウムによる呼吸器障害の3例」、日本救急医学会雑誌、第12巻、136-140、2001

※4:Russell M. Reid, "Cultural and medical perspectives on geophagia" Medical Anthropology, Vol.13, Issue4, 1992

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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