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喫茶店の「喫」は喫煙の「喫」ではない

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:イメージマート)

 鎌倉時代の禅僧、栄西は茶を飲むこと、喫茶を勧めた。以来、茶は長く日本人に愛され、茶道を生み出し、喫茶店という店舗形態も現れた。栄西はなぜ喫茶を勧めたのだろうか。

喫茶店の始まりは

 喫茶店の喫茶は、緑茶や煎茶だけではなく、コーヒー、紅茶、ジュースなどを飲むことを指す。むしろ、現在の喫茶店で主に飲むのはコーヒーであり、日本茶を出す店は少ないだろう。

 では「喫」という字は、どんな意味を持っているのだろうか。「喫」は、食べたり飲んだりすること(広辞苑)、そしてマイナスの効果を被(こうむ)ったりすることも意味する(新明解国語辞典)。満喫や喫茶、喫水線は前者、大敗を喫するなどは後者だ。中国に喫虧(きっき、損をする)という言葉があり(新字源)、そこからマイナスの効果を被るという意味もあるのだろう。

 安土桃山時代から江戸時代にかけて特権的な商人となった人物に茶屋四郎次郎がいるが、茶屋というのは室町幕府の将軍、足利義輝が茶屋家へ茶を飲みに立ち寄ったことに由来する屋号だ(※1)。その後、茶を飲む場所は、茶道における茶室からより開放的で闊達な学問所と融合した茶屋へ(※2)、そして茶屋街や水茶屋というように飲食を含む風俗店としての性格をも帯びていく(※3)。

 歴史的に日本で不特定多数に茶を飲ませた店舗としては、売茶翁(1675年から1763年)が京都の寺院の周辺などに煎茶が飲める場所を作り、煎茶の販売もしたのが最初とされる。売茶翁は、肥前(佐賀県と長崎県の一部)出身の臨済宗黄檗派の江戸時代初期の禅僧で、一般庶民にも喫茶を広めた人物だ(※4)。

 明治時代には欧米文化の流入と同時に銀座や浅草などに勧工場という一種の博覧会場ができ、そこにカフェー、珈琲店といった休憩所も出店する。これが明治時代におけるいわゆる喫茶店のはじまりとされ、純喫茶という言葉があるように喫茶店は本格的な食事やアルコールの提供ができる飲食店と差別化されていく(現在は喫茶店営業許可はなく飲食店営業許可へ統合)。

喫茶を復活させた栄西

 ところで、受動喫煙の害を防ぐことを目的にした改正健康増進法が2020年4月に全面施行され、不特定多数が集まる屋内は基本的に全面禁煙になった。喫茶店も同様に例外ケース(設備や許可、自治体による)を除いて禁煙となっている。喫茶店の「喫」から、喫煙とお茶をする店舗と勘違いしている人もいるのではないかと思うが、喫茶はお茶を飲むだけの意味で喫煙とは無関係だ。

 スタバが好きな若い世代でも、ペットボトルの日本茶を飲んだことがあるだろう。お寿司屋さんや鰻屋さん、お蕎麦屋さんへ行ってコーヒーを飲むことは少なく、世代を問わず多くの人は日本茶(抹茶、煎茶)を飲む。

 抹茶、煎茶などの緑茶、紅茶、ウーロン茶など、茶葉を使うお茶は多種多様だ。紅茶やウーロン茶は茶葉を発酵(酸化)させて作られるが、緑茶は発酵させない(最近では微発酵させる煎茶もある)。

 中国から日本に茶と喫茶の風習が伝播したのは8世紀から9世紀頃と考えられているが、主に中国南部からタイやミャンマーで作られているような茶葉を発酵させて食べる発酵茶(ミアン)だったようだ。また、団茶という固形茶を使う飲みにくいものだったため、平安時代には日本での茶と喫茶が一時、廃れてしまう。

 喫茶を日本で復活させたのは、備中(現在の岡山県西部)出身の禅僧、栄西だ(※5)。栄西は平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて(1141年から1215年)生きたが、天台宗を学んだ後、中国(南宋)へ留学した際に禅宗(臨済宗)に触れ、二度の入宋を経て日本で禅を広めようと考えた。

 栄西は帰国後、京都や奈良などの既存仏教から攻撃されて『興禅護国論』を著した。だが、禅宗はなかなか理解されず、鎌倉幕府の庇護を受けようと鎌倉へ赴き、やがて朝廷や幕府から支持を得て禅宗を広めた。51歳になった栄西が二度目の入宋から帰ってきた後、中国で手に入れた茶を日本で栽培し始めたというが、茶という植物自体はそれ以前から栽培されていた(※6)。

二日酔いの実朝に喫茶を

 栄西は鎌倉で源実朝と出会う。『吾妻鏡』には、栄西が二日酔いの実朝に茶(抹茶)を飲ませたとあり、中国で知見を得た喫茶の養生法を日本でも広めようとしていたことがわかる。そのため、栄西は「茶は養生の仙薬なり。延齢の妙術なり」で始まる『喫茶養生記』を著し、五臓六腑の五臓のうち、中心にある心臓に茶の苦みが重要と説いた。

 五臓とは、肝臓、心臓、脾臓、肺臓、腎臓のことで、それぞれ五味に対応する。五味とは、酸味、苦味、甘味、辛味、鹹(かん)味(塩味)で、栄西は肝臓は酸味、脾臓は甘味、肺臓は辛味、腎臓は鹹味、そして心臓は苦味に対応すると述べる。

 そして、日本人は苦味をあまり食べず、それによって心臓が弱ってしまうとし、茶の苦味を積極的に摂取すべきと説く。『喫茶養生記』で禅宗について述べている部分は少ないが、長時間の瞑想をする禅宗の修行にとっても茶を飲むことは重要だっただろう(※7)。

 非発酵の緑茶(Green tea)には、カテキンやポリフェノールが多く含まれ、抗がん作用と抗炎症作用などがある(※8)。また、新型コロナなどのウイルスに対しても予防効果があるようだ(※9)。

 鎌倉時代に喫茶を復活させた栄西は、茶のこうした作用や効果を知っていたのだろうか。いずれにしても、喫茶店の「喫」は喫煙の喫ではない。

※1:望月真澄、「豪商茶屋家の法華信仰」、印度學佛教學研究、第63巻、第1号、2014

※2:堀内他次郎、「山里の茶屋と學門の日本的形態」、史林、第29巻、第2号、145-169、1944

※3:魏仙芳、「日本における喫茶文化の発展:日常生活への普及を中心に」、文化/批評、第2巻、106-121、2010

※4:馬叢慧、「売茶翁と文人煎茶 : 売茶翁と上田秋成を中心に」、比較社会文化研究、第19巻、63-73、2006

※5:熊倉巧夫、「茶と日本人」、日本医史学雑誌、第45巻、第2号、1999

※6:舘隆志、「禅宗における茶の受容と継承─禅と茶を考える─」、国際禅研究、第8巻、287-304、2022

※7:中山清治、「栄西と喫茶養生記」、東京有明医療大学雑誌、第4巻、33-37、2012

※8:Carmen Cabreta, et al., "Beneficial Effects of Green Tea - A Review" Journal of the American College of Nutrition, Vol.25, Issue2, 2006

※9:Susmit Mhatre, et al., "Antiviral activity of green tea and black tea polyphenols in prophylaxis and treatment of COVID-19: A review" Phytomedicine, Vol.85, May, 2021

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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