スメルハラスメント(スメハラ)という言葉があるが、不快な臭気を含む広い香りの害を「香害」と呼ぶ。被害者は一過性の害に悩む人から化学物質過敏症という深刻な病気にかかる人まで多様だ。最近のアンケート調査によれば、香りにより健康被害を受けた製品で最も多かったのが柔軟剤(洗濯仕上げ剤)だった。

なぜ女性のほうが香害に苦しむのか

 この「香害」に関するアンケート調査は、日本消費者連盟など7団体による市民団体「香害をなくす連絡会」が、2019年12月下旬から2020年3月末までインターネット経由や郵送を中心に実施したものだ。回収総数は9332件だが、主にこの7団体の会員による知人などにアナウンスや配布をしたアンケートなので無作為抽出ではなく、香害に関心が高い人、香害に苦しんでいる人などが多いという選択バイアスがある。

 回答者の性別は、女性が82.6%と男性よりかなり多く(性別無回答を含む)、年代では40代(34.3%)、50代(24.9%)、30代(18.1%)、60代(12.1%)となっていて、70歳以上(6%)、20代(2.5%)、10代(1.4%)、10歳以下(0.7%)で二分化されていた。女性のほうが香害の感受性が高いのは化学物質過敏症を調べた他の研究でも同じで、おそらく女性のほうが女性ホルモンの変動を起こしやすいことが影響していると考えられる(※1)。

 アンケートの質問項目は「香りつき製品(柔軟剤や合成洗剤、消臭剤など)のにおいで具合が悪くなったことがありますか?」「香りを長く持たせるために、柔軟剤などの製品にマイクロカプセル(香りを持続させるために香料を包んでいる微小のカプセル)が入っていることを知っていますか?」「あなたは、香害の対策を求めますか?」などで、被害者の中に仕事を辞めざるを得なくなったり学校を休学せざるを得なくなったりした人が18.6%いたという。

 また、具合が悪くなった原因の製品(選択項目の複数回答)は、柔軟剤(洗濯仕上げ剤、86%)、香り付き合成洗剤(73.7%)、香水(66.5%)、除菌・消臭剤(56.8%)、制汗剤(42.5%)などだった。また、選択項目以外にも「その他」の製品で整髪料(4.2%)や芳香剤(1.6%)など、原因の製品は多岐にわたったという。

 これらの製品の多くには香りを持続させる目的でマイクロカプセルが使用されているが、その存在を知っている人は72.6%となっている。洗剤などに使われるマイクロカプセルの直径はバクテリアの10倍、髪の毛の1/10程度で(※2)、こうしたマイクロカプセルは食品や医薬品、接着剤、インク、農薬などすでに我々の生活に入り込んでいるようだ。

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香害により具合が悪くなった製品では、柔軟剤と香り付き合成洗剤が多かった。香害をなくす連絡会よりグラフ提供

 アンケートで香害にあった際に出る具体的な症状(選択項目の複数回答)として、頭痛(67.4%)、吐き気(63.9%)が突出して多く、次いで思考力低下(32.9%)、咳(32.4%)、疲労感(27.6%)などとなっている。また、香害による害が「ある」と回答した人(6858人)の中で「仕事を休んだり職を失ったことがあるか、あるいは学校に行けなくなったことがあるか」という質問には18.6%が「ある」と回答したという。

 アンケートでは公害の対策を求めるかどうかを質問しているが、求めると回答した人の具体的な対策(複数回答)としては、柔軟剤などの家庭用品へのマイクロカプセル使用中止(87.1%)、メーカーの香りつき製品の販売中止、開発中止(77.7%)、職場、学校、乗り物、飛行機、店舗、医療施設などでの香り自粛(77.6%)、住まいにおける香りつき製品の使用自粛(58.5%)となった。

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香害への対策としては、柔軟剤に関するものが最も多かった。香害をなくす連絡会よりグラフ提供

誰もがかかる危険性のある化学物質過敏症

 我々の周囲は多種多様な化学物質にあふれている。住環境から出るホルムアルデヒド、柔軟剤、化粧品、洗顔洗髪剤、タバコ煙といった化学物質による化学物質過敏症に悩む人は、潜在的な患者を含めれば国内には95万人以上存在すると推定されている(※3)。

 化学物質過敏症は、ごく微量の化学物質でさえ発症するため、それによる健康影響を適正に評価できるよう説明がなされる必要がある。だが、環境中に存在するごく微量の化学物質による健康被害について、病態や発症メカニズムはまだよくわかっていない。治療機関や専門家も少なく、医師など医療関係者を含む家族や周囲の無理解に傷つき、心ない言葉を浴びせられて悩む患者も少なくないのが現状だ。

 今回の「香害」に関するアンケート調査では、一過性の臭気に苦しむ人から深刻な化学物質過敏症にかかった患者まで多様な人が回答している。原因としては特に柔軟剤や合成洗剤、そしてマイクロカプセルによる香害がクローズアップされていたようだ。

 洗濯用洗剤の研究開発は、洗濯機や乾燥機などの家電のイノベーション、女性の社会進出、家事労働の負担軽減などとともに進められてきた。これは具体的には、粉末洗剤から液体洗剤へ、再び液体洗剤の固形化、環境負荷から無リン化などが行われ、洗濯用洗剤の市場の伸び悩みから柔軟剤などの付加価値化という流れから、その結果として起きるべくして「香害」が起きたともいえるだろう。

 柔軟剤というのは、文字通り洗濯後の最終仕上げとして衣類を柔らかく、感触良くするために使用される。陽イオン界面活性剤(洗剤は陰イオンの界面活性剤なので一緒に使えない)やpH調整や電解質の調整などによって衣類を柔らかく手触りを良くする。

 柔軟剤は洗濯用洗剤の市場が飽和状態に入った2000年代に米国などから始まって市場へ投入された。洗濯用洗剤メーカーは、家庭での洗濯行為に柔軟剤による手触りの良さや香りつけ、防臭といった付加価値をつけるために莫大な広告宣伝費を投入し、テレビコマーシャルなどで盛んに売り込み始めた。

 ところで、人間の嗅覚はイヌやマウスに遜色ないほど優秀だ。実際、人間の嗅球にあるニューロンの数は他の哺乳類と違わない(※4)。

 ただ、人間の場合、言語化して初めて認知できる傾向があり、匂いの種類をいかに多く嗅ぎ分けられたとしても、それを言語化して区別できなければ本当に認知できたとはいえない(※5)。つまり、人間の嗅覚では、匂いの名前をどれだけ多く用意できるか、表現できるかが重要ということになる。

 また、我々の嗅球の細胞は生まれてからの経験によって成長するようだ。米国のテキサス州にあるベイラー医科大学の研究者によれば。人間の嗅覚は他の哺乳類と同様、感情、認知、記憶といった経験と強く結びつき、他の感覚器と異なり、生涯にわたって柔軟に発達し続けるらしい(※6)。

 これらの研究からわかることは、人間の嗅覚はかなり鋭敏だが、香りに対する感覚は個人によって大きく異なるということだ。つまり、ある人にとって好ましい香りが別の人も同じように感じるかどうかわからない。洗剤メーカーが官能試験をもとにして押しつける香りが、不快だったり苦手だったり、あるいは体調を崩すような人もいるということだ。

 嫌な臭いを嗅いだとき、人間は戸惑い、どんな名前をつけたらいいのかわからなくなるようだ。一方、いい匂い、好きな香りは比較的容易に具体的なイメージと結びつけることができる(※7)。

 今回のアンケート調査を実施した団体のメンバーは、香害が新型コロナ感染症と一部で似ているのではないかと言っていた。

 新型コロナ感染症では自分が感染しているかもしれないことから感染拡大を防ぐ意味でマスクの着用が推奨されている。香害も同じように、自分が放つ香りを不快に感じる人がいるかもしれないこと、他人が自分の香りをどう感じるのか意識して欲しいという。

 化学物質過敏症はどんな物質がトリガーになるかわからない。誰でも症状が出る危険性がある病気だ。不必要な香りや過剰な香りが香害になるとすれば、他人への気配りがより必要になってきているのだろう。

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アンケート結果を発表する記者会見を開いた「香害をなくす連絡会」のメンバー。写真撮影筆者

※1:Sachiko Hojo, et al., "New criteria for multiple chemical sensitivity based on the Quick Environmental Exposure and Sensitivity Inventory developed in response to rapid changes in ongoing chemical exposures among Japanese." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0215144, April, 26, 2019

※2:Rumeysa Tekin, et al., "Microencapsulation of Fragrance and Natural Volatile Oils for Application in Cosmetics, and Household Cleaning Products." Macromolecular Symposia, Vol.333, No.1, 35-40, 2013

※3:Kenichi Azuma, et al., "Prevalence and Characteristics of Chemical Intolerance: A Japanese Population-Based Study." Archives of Environmental & Occupational Health, Vol.70:6, 341-353, 2014

※4:John P. McGann, "Poor human olfaction is a 19th-century myth." Science, Vol.356, No.597, 2017

※5:Jennifer Pomp, et al., "Lexical olfaction recruits olfactory orbitofrontal cortex in metaphorical and literal contexts." Brain and Language, Vol.179, 11-21, 2018

※6:Elizabeth Hanson, et al., "Sensory experience shapes the integration of adult-born neurons into the olfactory bulb." Journal of Nature and Science, Vol.3(8), 2017

※7:John L. A. Huisman, et al., "Psycholinguistic variables matter in odor naming." Memory & Cognition, doi.org/10.3758/s13421-017-0785-1, 2018