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新型コロナ感染症:「タバコを吸わないで」WHOがメッセージ

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19、以下、新型コロナ感染症)は依然として収束の気配を見せないが、喫煙との関係について世界中の医師や専門家からメッセージが出ているので紹介したい(この記事は2020/03/20の情報に基づいて書いています)。

喫煙と新型コロナ感染症の関係

 新型コロナ感染症と喫煙の関係が取り沙汰され始めたのは2020年2月半ばのことだ。中国の約8000例を調査した査読の付かない論文(Preprint、※1)の中で男性の患者のほうが多く(約55%)、合併症で重症化する割合も男性が高く(61.5%)、致死率も女性に比べて男性が3倍以上(1.25%:4.45%)ということがわかった。

 このPreprintはすでに撤回されていて数字を見ることはできないが、高齢の男性の致死率は約10%という高さということもあり、なぜこれほどの性差があるのかという論評が行われた。その結果、女性のほうが免疫力が強いため、感染と重篤化がしにくいのではないかとされ、さらに中国における喫煙率の性差が影響しているのではないかと考えられた。

 実際、2019年のWHO(世界保健機関)のレポートによれば、中国人の喫煙率は27.7%だが、男性52.1%、女性が2.0%で圧倒的に男性喫煙率が高い。そのため、いわゆる「タバコ肺」といわれるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)などの呼吸器疾患にかかっている男性喫煙者は、新型コロナ感染症に対して防御的でないのではないかと推測された。

 そもそも肺炎など重篤な呼吸器疾患を引き起こす新型コロナ感染症に、呼吸器に悪影響を及ぼす喫煙が無関係というのはどう考えても無理がある。そのため、新型コロナ感染症にかからないための予防の観点から、世界中の医師や専門家からタバコを吸っているのならこの機会に禁煙をというメッセージが出され始めている。

東京都医師会とWHOの「お願い」とは

 東京都医師会は、2020年3月12日に記者会見を開き、新型コロナ感染症の感染拡大を防ぐための「四つのお願い」を公表した。

・無理せず休んでください。

・新型コロナが心配な方。まず電話で相談を、まず電話です。

喫煙者はこの機会にぜひ禁煙を。

・新型コロナ対策による要介護高齢者等への2次被害を考えてください。

 この4つだが、3つ目に禁煙が入っていて「喫煙者の方は、重症化率2.2倍死亡率3.2倍との報告があります。4月からは受動喫煙防止条例も全面施行となります。非喫煙者のためではなく、ご自身の身を守るためにもこの機会にぜひ禁煙を考えてください」とした。

 すでに、WHOは新型コロナ感染症のQ&Aで「してはいけないこと(Is there anything I should not do?)」の第一に「喫煙(Smoking)」を挙げている。

 WHOは2020年3月20日の事務局長談話で「タバコを吸わないでください。喫煙は、あなたがCOVID-19にかかった際に重症化させるリスクがあります(don’t smoke. Smoking can increase your risk of developing severe disease if you become infected with COVID-19)」とメッセージを送った。

 英国の医学雑誌『BMJ』も3月20日のオピニオンのコーナーで、医師や研究者が連名で「COVID-19:呼吸器ウイルス流行中の禁煙の役割(Covid-19: The role of smoking cessation during respiratory virus epidemics)」というメッセージを出した。

 これによれば、新型コロナ感染症のウイルスは、主に気道に関する感染症であり、ウイルスは気道や肺から侵入するが、タバコの煙にはウイルス感染をしやすくし、重症化のリスクが上がるので喫煙者は新型コロナ感染症に感染する危険性が高いと警告している。そして、喫煙行動はウイルス感染のリスクを高める手から顔への動きがあり、中国、韓国、イタリアなどの大規模な感染国の喫煙率は約19〜27%と高いと指摘する。

査読付きジャーナルにも

 権威ある医学雑誌『THE LANCET』の「Oncology」に掲載された中国における新型コロナ感染症とがん患者の関係についての論文(※2)に対する3月3日の投稿(※3)では、喫煙は新型コロナウイルスが侵入する酵素(ACE2)の発現を著しく増加させると指摘した(降圧剤の影響はないとされている:筆者注)。

 同時に、いわゆる「タバコ肺」と呼ばれるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)が、新型コロナ感染症を重篤化させる独立した因子とする。COPDのほとんどは喫煙によって生じる。

 オーストラリアのタスマニア大学医学部の研究グループが査読付きジャーナルに同様の指摘をもとにした論文(※4)を発表し、ヨルダンのヤルムーク大学の研究グループが査読付きジャーナルに発表した論文(※5)でも同じようことを述べられている。

 これらによれば、喫煙はSARSウイルス(SARS-CoV)のACE2を増やすことが知られ、SARSウイルスとよく似ている新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)にも同じ危険性があり、喫煙によって新型コロナ感染症にかかりやすくなるとした。

 ただ、同様の指摘の多くは状況証拠と推察で、中国の喫煙率と比較しても新型コロナ感染症の患者の喫煙率が合致せず、喫煙との関係を統計的な有意性をもとに証明した研究論文はまだ出ていない。

 いずれにせよ、WHOや世界中の多くの医師、研究者が指摘するように、喫煙や受動喫煙は呼吸器を痛めつけ、新型コロナ感染症に限らず多くの病気の罹患リスクを高める(※6)。

 4月1日からは改正健康増進法が全面施行され、タバコを吸える場所は少なくなる。喫煙者は、この機会にぜひ加熱式タバコを含めたタバコをやめてみたらどうだろう。

 禁煙の効果はすぐに現れ、3日ほどで気管支が広がり、呼吸が楽になるだろう。数日経てば、タバコによる咳や痰もなくなるはずだ。

 禁煙すればニコチンによる悪影響は数週間でなくなる。免疫系は正常に戻り、免疫力もタバコを吸わない人と同じ程度まで上がる(※7)。

 タバコをやめれば、睡眠時無呼吸症候群のリスクも減って良質な睡眠をとることができる(※8)。あらゆる意味で、タバコをやめて良かったと思えるようになるはずだ。

全国禁煙外来・禁煙クリニック一覧(日本禁煙学会)

※1:Yang Yang, et al., "Epidemiological and clinical features of the 2019 novel coronavirus outbreak in China." medRxiv, doi.org/10.1101/2020.02.10.20021675, February, 21, 2020

※2:Wenhua Liang, et al., "Cancer patients in SARS-CoV-2 infection: a nationwide analysis in China." THE LANCET Oncology, Vol.21, Issue3, 335-337, 2020

※3:Yang Xia, et al., "Risk of COVID-19 for cancer patients." THE LANCET Oncology, doi.org/10.1016/S1470-2045(20)30150-9, 2020

※4:Samuel James Brake, et al., "Smoking Upregulates Angiotensin-Converting Enzyme-2 Receptor: A Potential Adhesion Site for Novel Coronavirus SARS-CoV-2 (Covid-19)." Journal of Clinical Medicine, Vol.9(3), doi.org/10.3390/jcm9030841, March, 20, 2020

※5:Firas A. Rabi, et al., "SARS-CoV-2 and Coronavirus Disease 2019: What We Know So Far." pathogens, Vol.9, doi:10.3390/pathogens9030231, March, 20, 2020

※6-1:Reetta Huttunen, et al., "Smoking and the outcome of infection." Journal of Internal Medicine, Vol.269, Issue3, 258-269, 2011

※6-2:Rosa C. Gualano, et al., "Cigarette smoke worsens lung inflammation and impairs resolution of influenza infection in mice." Respiratory Research, Vol.9, 2008

※6-3:Basem M. Alraddadi, et al., "Risk Factors for Primary Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus Illness in Humans, Saudi Arabia, 2014." Emerging Infectious Diseases, Vol.22(1), 49-55, 2016

※7:Lawrence G. Miller, et al., "Reversible Alterations in Immunoregulatory T Cell in Smoking: Analysis By Monoclonal Antibodies and Flow Cytometry." CHEST, Vol.82, Issue5, 526-529, 1982

※8:Miguel Costa, Mannel Esteves, "Cigarette Smoking and Sleep Disturbance." Addictive Disorders & Their Treatment, Vol.17, Issue1, 40-48, 2018

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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