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「アイコス」新研究〜紙巻きタバコと変わらない「細胞への悪影響」

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 加熱式タバコに関する生理学的な研究が徐々に増えてきている。最近、呼吸器を含む様々な細胞を使ってアイコス(IQOS)のタバコ煙からの影響を調べたという研究が出たので紹介する。

少しずつ出てきた研究結果

 アイコスは、世界的なタバコ会社フィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)が製造販売する加熱式タバコだ。PMIの2019年第3四半期の資料によれば、アイコス・シリーズは世界の51市場で売られている。

 だが、一国全土でアイコスが売られているような国はほぼ日本だけだ。ほとんどの国で地域限定した販売許可しか出ていない。日本がアイコスに代表される加熱式タバコの実験場といわれるゆえんだが、日本でアイコスのユーザーは確実に増えている。同じPMIの資料によると、全タバコ製品における同期の日本市場でのシェアは17%で前年同期に比べて1.5ポイント増加しているという。

 アイコスの健康への悪影響に関しては、製造元のPMIによる研究が多く、これまで独立した研究機関や研究者によるものはそれほど多くなかった。だが、少しずつアイコスの健康影響の研究が出てき始め、2019年2月にはアイコスのタバコ煙を細胞にさらし、どれくらい細胞が傷つくのかを調べた論文(※1)も出ている。

 最近もギリシャのテッサロニキ・アリストテレス大学の研究グループが、タバコを吸わない25人の男性健常者(37.4歳±10.4歳)にアイコスを吸ってもらい、肺機能を測定したという研究結果を発表した(※2)。実験では15分後の呼気と肺と呼吸器の機能を測定した。

 その結果、アイコス喫煙後に呼気一酸化炭素濃度が上昇し、最大呼気流量(Peak Expiratory Flow、PEF)、25%時の努力呼気流量(Forced Expiratory Flow)がそれぞれ大きく減少した。また、アイコス喫煙後の気道抵抗(Respiratory Resistances、粘性抵抗)が上昇したという(※3)。

 つまり、アイコスを吸った後に紙巻きタバコと同じように、吐く息の中の一酸化炭素が増え、呼吸機能が低くなったということだ。タバコを吸わない健常者にアイコスを吸ってもらうという研究方法自体、問題がなくもないが、この結果が正しいとすればアイコス喫煙者は十分に気をつけたほうがいい。

多様な細胞で実験した結果

 また、米国のカリフォルニア大学リバーサイド校の研究グループの論文(※4)によれば、アイコスによるマウスの線維芽細胞への悪影響は紙巻きタバコより低減されていたものの、呼吸器の細胞を含むより多様な細胞で実験してみたところ、ほとんど紙巻きタバコと同様の悪影響がみられたという。

 この実験では、PMIが行った実験手法を再現し、まず最初にマウスの胎児由来のNIH3T3という培養細胞(PMIの実験で使用)を用いた。さらに、PMIでは実験されていなかった、ヒトの肺胞の上皮組織から樹立されたA549というがん細胞、ヒトの気道上皮のBEAS-2Bという培養細胞、ヒトの子ども、タバコを吸わない成人、成人の喫煙者からそれぞれ提供されたNHBEというヒト気管支上皮細胞、ヒトのNHLFという正常な肺線維芽細胞、そしてH9-hESCというヒト胚性幹細胞の8種類の細胞を使って行ったという。

 また、細胞に対する毒性を調べるための試験法として、酵素活性の上昇で細胞の損傷や生死を調べる乳酸脱水素酵素(Lactate Dehydrogenase、LDH)試験、ミトコンドリアによる代謝活性を調べるMTT試験(※5)、リソソームへの着色から細胞の生存を評価するNRU試験(※6)の3種類で行った。また、アイコスのヒートスティックタバコ煙(2種類)のほか紙巻きタバコのマールボロ・レッド、紙巻きタバコの標準である3R4Fを使ったという。

 その結果、アイコスのタバコ煙にさらされた細胞は、細胞の生死に影響を及ぼさず、PMIの研究で使われたマウスのNIH3T3という培養細胞でも有意な影響はなかった。だが、アイコスのタバコ煙は、細胞の重要な機能に悪影響を及ぼし、一部の細胞で紙巻きタバコと同様の細胞毒性が示されたという。

 さらに、マウスのNIH3T3やA549というがん細胞よりも、ヒト胚性幹細胞と呼吸器系の細胞でアイコスのタバコ煙はより敏感に反応した。また、アイコスの2種類のヒートスティックは実験で一部の細胞を除いてほぼ同じような結果を示したという。

感受性の低い細胞での実験

 この研究グループは、MTT試験、NRU試験の結果を分析すると、アイコスのタバコ煙は細胞死よりもむしろ細胞の代謝活性に悪影響を与える細胞毒性があることが示唆されるとし、これは以前に行われた別の研究結果(※7)と一致しているという。

 胚性幹細胞は、動物の発生初期の胚の一部から作られる。この実験では、ヒト胚性幹細胞(H9-hESC)がアイコスのタバコ煙に敏感に反応したため、研究グループは妊産婦に対してアイコスの喫煙を避けるべきとした。また、喫煙者の気管支上皮細胞(NHBE)もアイコスのタバコ煙に敏感であり、喫煙者の呼吸器はアイコスのタバコ煙に耐えられないのではないかともいう。

 つまり、意図的かどうかわからないが、PMIは1つだけの細胞(NIH3T3)で実験をし、その結果、アイコスのタバコ煙の悪影響を低く見積もった研究論文を出してきた。だが、より多様な細胞で実験したところ、アイコスのタバコ煙は紙巻きタバコと同じくらいの細胞毒性があったということになる。実際、がん細胞であるA549、そしてPMIが使ってきたNIH3T3の2つの細胞はアイコスのタバコ煙に対する感受性が鈍かったという。

 加熱式タバコを製造販売しているタバコ会社は、どこも「紙巻きタバコと比べて」有害物質が低減されているとPRしている。だが、有害物質は全くゼロになっているわけではない(※8)。

 新型の加熱式タバコが続々と市場へ投入されているが、製品が増えればそれだけ分析研究が複雑になる。結果が出るまでに時間がかかるから、それまでの製品と同じ害の低減が新製品で実現されているかどうか疑問だ。

 プルーム・テックの新製品は従来品よりも有害性が高いが、アイコスにしても同じアイコス・ブランドに現在の加熱システムではない新製品を投入するかもしれない。紙巻きタバコはもちろんだが、有害性物質をゼロにできない以上、紙巻きタバコと同じように加熱式タバコも規制すべきだろう。

※1:Sukhwinder Singh Sohal, et al., "IQOS exposure impairs human airway cell homeostasis: direct comparison with traditional cigarette and e-cigarette." ERJ, Vol.5, Issue1, 2019

※2:Athanasia Pataka, et al., "Acute effects of a heat-not-burn tobacco product on pulmonary function of healthy non smokers." European Respiratory journal, DOI: 10.1183/13993003.congress-2019.OA3311, 2019

※3:呼気一酸化炭素=1.5±1.04 vs. 4.1±1.7, p<0.001、最大呼気流量=8.22±2.06 vs.7.5±2.16 L/sec, p=0.001、努力呼気流量:7.1±1.9 vs. 6.8±1.8 L/sec, p=0.009、気道抵抗=R10Hz:0.34±0.1vs. 0.36±0.1, p=0.05、R25Hz:0.36± 0.1vs.0.38±0.08, p=0.08

(R20),

※4:Barbara Davis, et al., "Comparison of cytotoxicity of IQOS aerosols to smoke form marlboro red and 3R4F reference cigarettes." Toxicology in Vitro, Vol.61, 2019

※5:Sujata Basu, et al., "Protective effect of Salacia oblonga against tobacco smoke-induced DNA damage and cellular changes in pancreatic β-cells." Pharmaceutical Biology, Vol.54, Issue3, 2016

※6:Gianluca Cudazzo, et al., "Lysosomotropic-related limitations of the BALB/c 3T3 cell-based neutral red uptake assay and an alternative testing approach for assessing e-liquid cytotoxicity." Toxicology in Vitro, Vol.61, 2019

※7:Noel J. Leigh, et al., "Cytotoxic effects of heated tobacco products (HTP) on human bronchial epithelial cells." Tobacco Control, Vol.27, s26-s29, 2018

※8:Erikas Simonavicius, et al., "Heat-not-burn tobacco products: a systematic literature review." Tobacco Control, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2018-054419, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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