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「電子タバコ」と「ニコチン」の研究が増えている理由

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 学術論文の発表数を調べてみると、ここ10年近くの間に電子タバコとニコチンに関する研究が急増している。これは欧米で電子タバコが若い世代を中心に広まっているという公衆衛生上の問題が背景にあるが、ニコチンの研究も増えているのはなぜなのだろう。

電子タバコの研究が急増

 米国で死者まで出た電子タバコは、日本でもかなり多く吸われている。電子タバコの多くはカートリッジのリキッドを電気的に加熱し、蒸気にして吸う。

 ニコチンがリキッドに含まれる場合、日本の薬機法で承認を受ける必要があるが、これまで国内で承認された例はない。このニコチン規制で日本の電子タバコにニコチンは使えないはずだが、実際は多くの違法リキッドが広まっている。

 2010年、国民生活センターが調査したリキッド製品の1/3からニコチンが検出され、厚生労働省は消費者への注意喚起と各都道府県へは販売中止や回収などの指導を行うよう依頼を出した。だが、この状況が改善されているとは限らない。国内の電子タバコ喫煙者の一部は、ニコチンが入っていることを知りつつ、あるいは知らないで電子タバコを吸っていることになる。

 欧米でニコチンを添加したリキッドを使った電子タバコが広まるとともに、健康への影響が懸念され、多くの研究者や研究機関が電子タバコとリキッドについて研究を始めた。米国の国立医学図書館(NLM)の医学分野の文献情報データベースであるPubMedを使い、「e-cigarette」(電子タバコ)という検索ワードがタイトルとキーワードに入っている論文の数を調べてみると、その増加ぶりがよくわかる。

 2010年から2013年くらいまで、電子タバコの検索ワードで引っかかった論文は2桁だった。だが、2014年から3倍以上に増え、2013年と2018年で比べるとその数は10倍以上になっている。この傾向は、トムソン・ロイターの学術論文雑誌のオンラインデータベースWeb of Scienceで調べてみても同じ結果になった。

 2010年の論文では、まだ電子タバコに規制が必要かどうかや従来の紙巻きタバコと喫煙行動がどう違うかといったあまり深刻ではない内容の論文ばかりだ。だが、2018年になると電子タバコがなぜ若い世代に急速に広まったのかという分析や規制の具体的な方法の検討、喫煙者の症例報告などが多くなっている。

 なぜ、欧米で電子タバコが蔓延したのかといえば、リキッドにニコチンという依存性薬物が添加されているからだ。欧米の電子タバコ喫煙者のほぼ100%近くはニコチンが添加されたリキッドを使用しているし、実際に販売されているリキッドのほとんどにニコチンが添加されている。

加熱式タバコの規制強化を

 ニコチンの依存性により、電子タバコを吸い始める欧米の喫煙者が増え、あるいは紙巻きタバコとのデュアルユーザー(二重使用)になっていった。米国ではせっかく減りつつあった喫煙率が、電子タバコの広まりによって若い世代を中心に大幅な上昇傾向を見せつつあるのだ。

 依存性薬物としてのニコチンに関する研究論文は以前から多かったが、これもまたこの数年で増えてきている。同じPubMedで「nicotine」がタイトルに入った論文数を調べてみると、2010年に比べて2018年には約1.5倍になっていた。

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PubMedでの「e-cigarette」と「nicotine」の検索結果の推移。e-cigaretteに関する論文がこの数年で増えているのがわかる。グラフ作成:筆者

 こうした論文の中には2018年の段階でも依然としてニコチンの神経保護に関する論文が散見されるが、その多くはJT(日本たばこ産業)が設立した喫煙科学財団からの研究資金を得ていて利益相反の疑いのあるものだ。喫煙がむしろアルツハイマー病(脳細胞の損傷や神経伝達物質の減少などが主な原因)や認知症を増加させることは周知の事実である(※1)。

 いずれにせよ、電子タバコとニコチンの研究が増えているが、日本で広がりつつある加熱式タバコにも当然ながらニコチンが入っている。依存性の強いニコチンが禁煙を難しくさせ、喫煙者に有害物質を摂取させ続けているというわけだ。

 電子タバコの研究が増えている一方で、加熱式タバコはまだ世界的に喫煙者が多くないせいもあり、研究が立ち後れている。例えば、PubMed検索で2018年にタイトルに「IQOS」という検索ワードを含む論文は35件しかヒットせず、2019年8月まででも20論文しかない。

 もちろん、論文の中には電子タバコを作っているタバコ産業の研究チームやタバコ会社から研究資金が出ているものも混じっている。だが、ここ数年の論文数の変化をみれば、欧米でいかに電子タバコが公衆衛生上の脅威になり、ニコチン依存が社会問題になっているかがわかる。

 日本では加熱式タバコについて、研究がし尽くされているわけでもないし、本格的な議論がなされているわけでもない。欧米で電子タバコが問題視されていることを警告とし、健康への悪影響がはっきりないとわかるまで、加熱式タバコに対しては少なくとも紙巻きタバコと同じ規制をしくべきだ。

※1-1:Kaarin J. Anstey, et al., "Smoking as a Risk Factor for Dementia and Cognitive Decline: A Meta-Analysis of

Prospective Studies." American Journal of Epidemiology, Vol.166, No.4, 2007

※1-2:M Rusanen, et al., "Heavy smoking in midlife and long-term risk of Alzheimer disease and vascular dementia.." JAMA, Archives of internal medicine, Vol.171(4)m 333-339, 2011

※1-3:May A. Beydoun, et al., "Epidemiologic studies of modifiable factors associated with cognition and dementia: systematic review and meta-analysis." BMC Public Health, Vol.14, 2014

※1-4:Tomoyuki Ohara, et al., "Midlife and Late‐Life Smoking and Risk of Dementia in the Community: The Hisayama Study." Journal of the American Geriatrics Society, Vol.63, Issue11, 2332-2339, 2015

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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