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なぜ日本だけ「ニコチン」が厳しく規制されているのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 ニコチンといえばタバコだ。ニコチンには強い依存性があり、タバコを止められなくなる理由の大半はニコチンのせいともいえる。だが、タバコ葉に含まれるもの以外、ニコチンという薬物を単体で売買することは厳しく規制されている。なぜなのだろうか。

欧米で広がるニコチン添加式の電子タバコ

 欧米では電子タバコなるものが、若い世代を中心に広まっている(※1)。特に米国ではJUULという電子タバコが蔓延し、15〜24歳の青少年の約8%がJUULを使用したことがあると回答している(※2)。

 電子タバコの多くは電気的に専用リキッドを加熱し、霧化した蒸気を吸い込むが、電子タバコで使用されるリキッドのほとんどにニコチンが添加されていることがわかっている(※3)。当然、JUULのリキッドにもニコチンが添加され、各種リキッドのニコチン濃度は製品によって0.27〜2.91mg/15puffs(ミリグラム/パフ)と幅があった(※4)。

 ニコチンには強い依存性があるが、米国の電子タバコ・ユーザーに対する調査では、その約20%が電子タバコのリキッドにニコチンが添加されていることを知らなかったか、それについてあいまいな知識しか持っていなかったという(※5)。電子タバコのリキッドに添加されているニコチンは当然、タバコ葉から抽出される。ニコチンを化学合成することは可能だが、コストの点でタバコ葉の足元にも及ばないからだ。

 このように世界ではニコチン添加リキッドを使用した電子タバコが広まっているが、ほぼ日本だけニコチンという薬物(医薬成分)の売買に厳しい規制がかけられている。ニコチンを規制しているのは薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)と毒劇法(毒物及び劇物取締法)だ。

 有効性や安全性などが確認されなければ、電子タバコのリキッドなどに添加してそれを売買することはできない。また、これまで電子タバコ用のニコチン添加リキッドが日本国内で承認された例はない。医薬品以外のニコチンは毒物であり、保管や使用については届け出や取扱責任者を置かなければならない。

 厚生労働省が輸入数量の確認を徹底するよう求めているように、ニコチン添加リキッドを個人輸入することは可能だが、それを転売することは違法になる危険性が高い。政府は、ニコチンを添加しないリキッドを使った電子タバコの健康影響については引き続き監視していくという。

 もっとも医薬品としてのニコチン(医薬成分)はある。ニコチンガム(第2類医薬品)やニコチンパッチ(一般医薬品、高濃度は医療用医薬品、低濃度は第1類医薬品)だ。これらの医薬品は、ニコチンの離脱症状を緩和する目的で禁煙治療で使用され、承認を受けて売られている。

 これはなぜだろう。普通の喫煙行動は肺から吸い込んだタバコ煙に含まれるニコチンが即座に脳へ到達し、中毒症状を引き起こすために依存症になるというメカニズムになっている。だが、ニコチンガムやニコチンパッチでは口腔内や体表面の皮膚から緩やかにニコチンが吸収されるため、中毒症状を起こしにくいと考えられ、それが禁煙治療で使用する根拠になっているからだ。

 だが、日本では電子タバコを禁煙目的で使うことはできない。英国などではニコチンの容量をコントロールした上で電子タバコを禁煙治療に使うことが行われているが(※6)、日本では電子タバコによる禁煙効果はなく、むしろ禁煙を失敗させ、喫煙者を混乱させる危険性があるという研究結果が出ている(※7)。

なぜタバコ製品のニコチンは野放しか

 一方、日本ではタバコが合法的に売られている。加熱式タバコも同じで、加熱するガジェットにも公的な認証は必要ないし、スティックと称されるタバコ部分もコンビニエンスストアなどで普通に売られている。

 日本国内で売られているタバコ製品のタバコ葉部分には当然、ニコチンが含まれている(※8)。喫煙者の2/3以上はニコチン依存症という病気に認定され、そのために禁煙外来で保険適用されている。

 同じニコチンなのに、なぜ電子タバコのニコチン添加リキッドは違法で、タバコ葉に含まれるニコチンは合法なのだろう。ここに日本特有の矛盾とタバコ規制の問題点がある。

 ニコチンの規制当局は厚生労働省だ。ニコチンには依存性があり、未成年者の使用などが問題になるため、ニコチン添加リキッドを使用した電子タバコについて規制している。

 一方、タバコ製品の規制当局は財務省だ。財務省が所管するたばこ事業法にニコチン添加リキッドについての規制はないし、たばこ事業法に健康について懸念した文言は第39条と第40条の2カ所しかない。

 つまり、厚生労働省はニコチン添加リキッドの電子タバコだけを取り締まり、タバコ葉を使ったタバコ製品は管轄外として規制対象から外している一方で、財務省はタバコ製品について、たばこ事業法の枠内でしか規制せず、ニコチン添加リキッドの電子タバコについては我関せずと放置し、結果的に厚生労働省のニコチン規制だけが機能しているというわけだ。

 ニコチンは前述したように依存性の高い薬物で、殺虫剤にも使用される毒物でもある。

 ニコチン自体に血管収縮作用があり、タバコを吸うとクラクラするのは吸収される一酸化炭素とともにこうした生理作用の影響でもある。当然、喫煙による大量で急速なニコチン摂取は心血管疾患のリスクを上げる。また、体内へ取り込まれて代謝されたニコチンは、コチニン、ノルニコチンなどの代謝物(※9)に変わるが、これらの物質には発がん性が確認されている。

 タバコを止められなくなるのは、ニコチンによる依存症であり、精神的な生活習慣でもある。ニコチンは喫煙者にタバコの恒常的な反復使用と長期使用を強いる。加熱式タバコやタバコ製品に含まれている有害物質を、朝起きてから寝るまで間歇的に身体へ入れ、それを数年から数十年という長期にわたって継続する行為をさせているのはニコチンなのだ。

 これはニコチン添加リキッドの電子タバコでも同じだろう。薬機法や毒劇法で規制されているように、加熱式タバコを含むタバコ製品にもニコチン規制を適用すべきなのではないだろうか。

※1-1:Teresa W. Wang, et al., "Tobacco Product Use Among Middle and High School Students- United States, 2011-2017." CDC, Morbidity and Mortality Weekly Report, Vol.67(22), 629-633, 2018

※1-2:Ann McNeill, et al., "Evidence review of e-cigarettes and heated tobacco products 2018: A report commissioned by Public Health England." Public Health England, 2018

※2:Jidong Huang, et al., "Vaping versus JUULing: how the extraordinary growth and marketing of JUUL transformed the US retail e-cigarette market." Tobacco Control, Vol.28, Issue2, 2019

※3-1:L Dawkins, et al., "‘Vaping’ profiles and preferences: An online survey of electronic cigarette users. Addiction, Vol.108(6), 1115-1125, 2013

※3-2:K L, Marynak, et al., "Sales of nicotine-containing electronic cigarette products: United states, 2015." American Journal of Public Health, Vol.107(5), 702-705, 2017

※3-3:Sakane Zare, et al., ""A systematic review of consumer preference for e-cigarette attributes: Flavor, nicotine strength, and type." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0194145, 2018

※4:A El-Hellani, et al. "Nicotine and carbonyl emissions from popular electronic cigarette products: Correlation to liquid composition and design characteristics." Nicotine & Tobacco Research, Vol.20(2), 215-223, 2018

※5-1:J K, Pepper, et al., "Adolescents' interest in trying flavoured e-cigarettes." Tobacco Control, Vol.25(supp 2):ii62-ii6, 2016

※5-2:M E, Morean, et al., "Nicotine concentration of e-cigarettes used by adolescents." Drug and Alcohol Dependence, Vol.167, 224-227, 2016

※6:Sara Kalkhoran, Stanton A. Glantz, "E-cigarettes and smoking cessation in real-world and clinical settings: a systematic review and meta-analysis." LANCET, Respiratory Medicine, Vol.4, Issue2, 116-128, 2016

※7:Tomoyashu Hirano, et al., "Electronic Cigarette Use and Smoking Abstinence in Japan: A Cross-Sectional Study of Quitting Methods."  International Journal of EnvironmentalResearch and Public Health, Vol.14, Issue2, 2017

※8:日本で販売されるタバコ製品(紙巻きタバコ)は、たばこ事業法にもとづく財務省令によってタール・ニコチン量を測定してパッケージに表示することが義務づけられているが、加熱式タバコのスティックには表示義務はない

※9:4-メチルアミノ-1-(3-ピリジル)-1-ブタノン、ニトロソアミンN'-ニトロソノルニコチン(NNN)、4-(メチルニトロソアミノ)-1-(3-ピリジル)-1-ブタノン(NNK)

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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