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今回の選挙から「投票率」と「投票行動」を考える

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 安倍政権の政策を評価するとされた第25回参議院議員通常選挙(投票日2019年7月21日)が終わった。選挙結果は各社報道をみて欲しいが、投票率が2回目に50%を切る48.8%だったことが議論になっている。

亥年現象だったのか

 我が国の国政選挙で史上最低の投票率は、1995年7月に行われた参議院選挙の44.52%だ。実は、1995年の前の1992年の参議院選挙の投票率は50.7%でなんとか50%を切る寸前で踏みとどまっていたのだが、バブル後の政治的な混乱状態に対して主権者が投票棄権という態度でノーを突きつけた。

 1995年は4月に統一地方選が行われたが、政治に無関心になって棄権する層と同時に政党政治に不信感を抱く無党派層も増えたことによって青島幸男東京都知事や横山ノック大阪府知事の誕生につながったとされる。ただ、日本人の政治離れは1970年安保以降に顕著になり始めた現象であり、1990年代に入ってから起きた金丸金権政治や自民党の分裂、細川内閣の総辞職と羽田内閣の超短期瓦解、自社さ連立の村山政権の野合っぷりでその傾向が定着し、今に至っている。

 村山政権の是非、阪神淡路大震災やオウム事件への対応が検証され、争点がないわけではなかった1995年7月の参議院選挙の投票率低下は、イノシシ年の統一地方選と同年に行われる参議院選挙の投票率が下がる、いわゆる「亥年現象」のせいではないかともいわれた。亥年現象が起きる理由は、そもそも3年に1度の参院選に主権者が飽きてしまっている上に、4月の統一地方選で選挙戦を戦う人員が疲弊しているからではないかと考えられている。

 ただ、同じ亥年だった1983年6月の参議院選挙の投票率は57%、1995年7月は44.52でなるほどと思うが、2007年の選挙は必ずしも投票率が下がっていない。つまり、現象といえるほど確かな結果が出るサンプル数ではないというわけだが、2007年は「政治とカネ」問題で農水相が自殺したり閣僚の失言などにより、自民党への批判が多く注目を集めた選挙だったという側面があるだろう。実際、この選挙で与党は過半数割れの大敗を喫している。

 逆に投票率の高い選挙は1986年7月の衆参同日選挙や2009年8月の衆議院議員総選挙で、やはり同日選挙は投票率が高くなるだろうし、政権交代という争点がある選挙は主権者に注目されるのだろう。だが、気になるのは安倍政権が誕生した2012年以降の投票率が下がる傾向にあることだ。

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1980年代からの衆議院議員総選挙と参議院議員通常選挙の投票率の推移。グラフ作成筆者

パラドックスはなくなったのか

 選挙の投票率には、有名なパラドックスがある(※1)。利害関係に直結するような争点(Election Closeness)がなく有権者数の多い選挙区の場合、自分の1票が及ぼす影響は低くなるので、主権者が合理的な行動をとると仮定すれば当然、投票率は下がっていかなければならない。にもかかわらず、必ずしもそうではなく投票率は一定の割合を保つというパラドックスだ。

 投票行動を分析するためには、多くの変数が必要だが、候補者はもちろん、その主張、所属党や組織、選挙制度、国や地域、選挙区、1票の格差、経済や文化、教育、情報、メディア、キャンペーン、地縁血縁、宗教、組合など、加えなければならない値は限りない。もちろん、合理的に行動しないのも人間だから、社会的な同調圧力や参加意識などが投票行動に強く影響しているのだろう(※2)。

 中長期的にみて投票率が下がり続けている日本には、このパラドックスは通用しないのかもしれない。合理的に行動する主権者が増えているのだろうか。それとも合理的に考える以前に、選挙での投票など意識の埒外にあるのだろうか。

 誰にどの党に投票すべきかという選挙をめぐる情報環境は、この十数年で大きく変化している。多くの主権者がスマホなどからネットメディアを通じて情報を収集し、各政党もFacebookやTwitter、YouTube、LINE、InstagramといったSNSでキャンペーンを展開したり主義主張を述べたりするようになった。実際、TwitterやYouTubeで選挙資金を集めた無党派候補や組織が比例区で票を集め、政党要件を満たすようなことが起きている。

 従来、日本では若年層や都市部で投票率が低く、中高年や地方で投票率が高い傾向があるとされてきた。そのため、都市部では革新勢力や与党批判勢力が強く、地方では保守勢力や与党が強いという構図があった。

 社会学や心理学の研究によれば、投票行動、選挙動員のインセンティブは、政党や候補者、主張、争点による影響のほうが大きいのか(ミシガン学派)、それとも組織票を含めた地縁血縁的な人間関係によるものが大きいのか(コロンビア学派)という議論があるが、地縁血縁的な人間関係が薄い都市に人口が集中すると都市部で後者の影響は減衰するだろう。

従来の傾向にも変化が

 今回の参院選では従来の傾向とは逆に、都市部で安倍政権支持票が強く、逆に地方で反与党の票を集めるといった傾向がみえ始めている。

 都市部の主権者のほうが、地方の主権者よりもネットメディアやSNSを活用し、そこから情報収集しているのかもしれない。そして、これが都市部の主権者で地縁血縁的な人間関係に代替するインセンティブになったのかもしれない。逆にいえば、高齢化や過疎化が進んでいる地方では、すでに地縁血縁的なネットワークが希薄になっている可能性もある。

 低投票率が続けばシンガポールやベルギーなどで行われている義務投票(強制的な投票)が議論の俎上にあがってくるかもしれない。だが、義務投票の効果は限定的で、本質的に主権者の投票行動をあげることにつながらないという主張もある(※3)。

 今回の参院選でこれほどまでに投票率が下がった理由を少ない材料から推測すれば、亥年現象の影響がみえたこと、人間関係のネットワークが都市部も地方も総じて希薄になり、パラドックスではなくなったこと、ネットメディアやSNSからの情報で「投票したつもり」になってしまったといったことがあげられるだろう。

 主権者は、むしろ自分から客観的な情報を集めず、情報バイアスの影響を好んで強く受けてしまうように振る舞っているようにも見える。いずれにせよ、すぐにも今回の選挙における投票行動について詳しい分析が出てくるだろうが、ネットメディアやSNSによる選挙動員の影響は今後ますます大きくなっていくだろう。

※1:Guillermo Owen, Bernard Grofman, "To vote or not to vote: The paradox of nonvoting." Public Choice, Vol.42, Isuue3, 311-325, 1984

※2:BennyGeys, "Explaining voter turnout: A review of aggregate-level research." Electoral Studies, Vol.25, 637-663, 2006

※3:Michael M. Bechtel, et al., "Compulsory Voting, Habit Formation, and Political Participation." Review of Economics and Statistics, Vol.100, Issue3, 467-476, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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