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この季節「毛虫皮膚炎」に要注意〜医師に聞く対処法

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 虫刺されが多くなる季節だが、チョウやガの毛虫(幼虫)の中には毒針毛を持つものもいて皮膚炎などを引き起こすことがある。ステルス的に刺されることもあり、ほかの皮膚炎と間違えることも多い。その症状と対処法を皮膚科の専門医に聞いた。

毒針毛を飛ばす毛虫

 日本のガの幼虫による皮膚炎被害では、大きくドクガ(Lymantriinae)の仲間によるものとイラガ(Monema)の仲間によるものに分けられる。ドクガの皮膚炎は、チャドクガ(Euproctis pseudoconspersa)によるものが多い。ドクガについての研究は古く、毒の作用についての見解も研究者によって分かれていた(※1)。

 チャドクガの毛虫(幼虫)は、ツバキやサザンカの葉を食べる害虫だ。しばしば大発生し、毛虫が集団で密集するため、毒針毛による衛生被害もチャドクガによるものが多い。

 チャドクガは年に2回、発生し、毛虫(幼虫)の期間は46日前後で、脱皮ごとから繭、また成虫から卵になすりつけられることで、その生活史のどの段階でも毒針毛(0.03〜0.207mm)が生じるとされる(※2)。チャドクガの毛虫が見られるのは、5〜6月ごろ、9〜10月ごろで、秋の幼虫はサナギになって繭の中で越冬する。

 ドクガ(Artaxa subflava)の場合は年1回、8〜10月ごろに毛虫が見られ、その後、越冬するものもあるようだ。ドクガの毛虫は、サクラやウメ、リンゴなどのバラ科、ブナやマメ類の植物の害虫になっている。ドクガ類は毒針毛を飛ばすこともあるので、近くを通るだけで刺され、また小さく軽いため、風などによって運ばれ、洗濯物に付着して被害を広めることもある。

 一方、イラガの被害の多くはヒロヘリアオイラガ(Latoia lepida)によるものだ。南方系のガのため、かなり以前は九州以南に被害が限られていたが、温暖化の影響からか北上を続け、20年前くらいから関東でも皮膚炎が報告されるようになってきている(※3)。

 ヒロヘリアオイラガの場合、幼虫の毒針毛には多量のヒスタミンが含まれているようだ。刺されると痒みより激痛を感じることが多く、翌日以降から腫れて痒くなることもある。

 少し古いが、1993〜2003年の10年間、1医療施設が治療した毛虫皮膚炎の患者数は、最多の年が95人(2003年)で月別患者数は6月、8〜9月に多くなる傾向にあった(※4)。この報告によれば、気候条件と発生数の関係では、夏季の長雨と冷夏が影響して多くなるようだ。今年の夏はどうだろうか。

ガムテなどで毒針毛を除去

 チャドクガなどに刺されることによる痒み症状は毛虫皮膚炎と呼ばれ、春から秋にかけて多発する。強い痒みに睡眠不足になって生活の質が下がることもある。そんな毛虫皮膚炎について、皮膚科・美容皮膚科医の菅原由香子医師に話を聞いた。

──どんな場合に毛虫皮膚炎を疑えばいいのでしょうか。

菅原「温かくなってきた季節に、赤みの強いブツブツとした発疹が急に皮膚に集まって出てきたら毛虫皮膚炎かもしれません。もちろん、すぐに医療機関で受診するべきですが、毛虫を触った記憶がなくても毒針毛が風で飛んできて洗濯物に付着し、その衣服を着たら毛虫皮膚炎になることもあるのです」

──毛虫皮膚炎かもしれないと感じた場合はどうすべきでしょうか。

菅原「発疹ができた場所にガムテなどの粘着テープを貼って剥がし、その後は水道などの流水で洗い流しましょう。早めに皮膚科を受診し、治療を受けてください。毛虫皮膚炎と気付かず、痒くて掻きむしってしまうと毒針毛が皮膚の奥に入り込んで炎症が悪化します」

──症状が悪化するとどうなりますか。

菅原「例えば、左上腕に急に痒みを感じ、掻きむしっている間に赤みが広がり、左上腕全体が晴れ上がってしまった40代の女性もいました。8月頃のことで、毛虫を見かけてはいなかったんですが洗濯物を樹木の近くに干していたそうです。その方は自宅にあった痒み止め軟膏を塗ったそうです。しかし、翌日には身体のあちこちに赤い発疹が出現し、驚いて当院へ駆け込んできたのです」

──全身に発疹が広がることもあるんですね。

菅原「皮膚炎の炎症がひどくなると、発疹が広がる自家感作皮膚炎の併発による全身疾患になることもあります。局所の炎症がひどくなり過ぎると身体全体に反応が出てくるのです」

──その患者さんの場合、治療はどうされたのでしょうか。

菅原「こうした状況になってしまうと、ステロイドによる点滴や作用の強い外用剤が必要になります。点滴に3日間、通院していただき、自宅での外用薬を続けていただいたところ、徐々に炎症が治ってきました。そして、二週間ほどで赤みは炎症後の色素沈着である茶色に変わっていったのです。その茶色の色素沈着も、数ヶ月かけて改善しました」

 念のため、昆虫や毛虫を含む昆虫の幼虫の多くは無害ということを付け加えておくが、温かくなってくると毛虫皮膚炎が多くなってくる。ドクガとイラガの仲間には要注意というわけだ。

 庭木の手入れや散歩などでは、ツバキやサザンカ、バラ科の植物などの近くへ寄らないほうがいい。どうしても避けられない場合は、肌を露出せず、自宅へ入る前に衣服をよくはらい、毒針毛が付着していそうなときは菅原医師がアドバイスするように粘着テープに貼り付けるなどして取り除くことが重要だ。

 また、ドクガの仲間の場合、卵の状態で越冬するので、被害軽減のためには無闇に薬剤を散布せず、秋から冬の時期にツバキやサザンカ、バラ科の植物の剪定をし、卵を除去するのが様々な理由で効果的のようだ。もちろん、チャドクガの卵にも毒針毛が付着しているので、剪定時も要注意だろう。

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菅原由香子(すがわらゆかこ) 北海道旭川市生まれ。弘前大学医学部を卒業後、札幌医科大学皮膚科、大手美容外科美容皮膚科部門勤務を経て、岩手県一関市に夫とともに「菜の花皮膚科クリニック」を開業。お肌のトラブルに悩む患者さんに寄り添い、化粧品などに含まれる化学物質の危険性に警鐘を鳴らしている。著書に『肌のきれいな人がやっていること、いないこと』(あさ出版)、『化粧いらずの美肌になれる3つのビューティケア』(三笠書房)がある。

※1:緒方一喜、「ドクガ Euproctis flava とその病害に関する研究」、衛生動物、Vol.9, No.4, 1958

※2:細谷純子、「チャドクガに関する二三の観察」、衛生動物、Vol.7, No.2, 1956

※3-1:川本文彦ら、「ヒロヘリアオイラガの有毒毛と毒素」、衛生動物、Vol.35, No.2, 1984

※3-2:大滝倫子ら、「埼玉県川口市でのヒロヘリアオイラガによる皮膚炎の1例」、衛生動物、Vol.46, No.1, 81-82, 1995

※4:中川登ら、「市立伊丹病院における毛虫皮膚炎患者の統計」、皮膚の科学、第3巻、第6号、2004

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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