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学会が警告、シアン化合物発生するかも「アイコス」は仕様に従い掃除すべし

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 アイコス(IQOS)のシェアを奪還しようと日本たばこ産業(JT)がプルーム・テックで巻き返しを図り、加熱式タバコ市場がまさに過熱しているが、日本禁煙学会が「アイコス」からシアン化合物(青酸)発生の危険性があるというリリース(2018/08/03アクセス)を出した。英国の医学雑誌に発表された論文をもとにした警告といい、麻生太郎財務大臣と加藤勝信厚生労働大臣宛のものとなっている。

本体の掃除が面倒なアイコス

 リリースの根拠になっているのは、米国のカリフォルニア大学リバーサイド校の研究グループが2018年3月に英国の医学雑誌『BMJ』の「Tobacco Control」へ出した論文(※1)だ。アイコスのヒートスティックというタバコ部分のフィルターに使用されているプラスチック製のパーツが熱により溶け、有害物質を発生させる危険性があるのだという。

 アイコスは本体加熱部分の定期的な掃除が仕様となっていて、スターターキットにクリーナーブラシが入っている。ヒートスティック2箱ごとに1回のクリーニングが推奨され、1日1箱使用する喫煙者はほぼ2日に1回の頻度で本体を掃除しなければならない。

 掃除が仕様という時点で首を捻ったあなたの感性は正常だ。掃除できれいにしなければならない汚れの一部が利用者の身体の中へ入っていると考えていいだろう。利用者にとって定期的な本体の掃除が負担になっているのは確かで、この論文も実際の使用状態、掃除の状態によってどのような物質が出てくるかを調べている。

 アイコスは、ヒートスティックのタバコ部分(圧縮されたタバコ板)に金属製のブレードを差し込み、タバコ部分を350℃にまで加熱してニコチンを含むエアロゾルを発生させ、それを吸引する。

 ヒートスティックを分解してみると、フィルターの間にポリマーを含んだ緩衝部分が入っているのがわかる。エアロゾルが高温のまま利用者の体内へ入ると危険なため、フィルターに通過させて温度を下げなければならないからだ。

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アイコスの加熱ブレードとヒートスティックの構造。フィルター部分にポリマーを含んだ緩衝部分があるのがわかる。Via:日本禁煙学会のリリース(2018/08/03アクセス)

 この論文では、本体の掃除に不備がある場合、温度を制御できず、加熱ブレードの熱が高温(90℃)のまま緩衝部分のポリマーを溶かし、グリコロニトリル(glycolonitrile、論文ではformaldehyde cyanohydrin、フォルムアルデヒド・シアノヒドリン)を発生させていたという。

極めて毒性の強い物質が発生

 グリコロニトリルは、発がん性が疑われているホルムアルデヒドと毒性の強いシアン化合物(シアン化水素、青酸)に分解するが、グリコロニトリル自体、日本では劇物に指定されている極めて有害な物質だ。日本禁煙学会のリリースによれば、フォルムアルデヒド・シアノヒドリンは致死性の中毒症状を引き起こす、極めて毒性の強い物質としている(※2)。

 加熱式タバコからは微小粒子物質(PM2.5)も大量に放出されており(※3)、ニコチンの中毒作用を強化する発がん性物質のアセトアルデヒド、毒性のあるホルムアルデヒド、日本では劇物指定となっているアクリロニトリル、発がん性が疑われるN'-ニトロソノルニコチン(NNN)、強い発がん性のある4-(メチルニトロソアミノ)-1-(3-ピリジル)-1-ブタノン(NNK)などが出ていることもわかっている(※4)。

 この論文によれば、アイコスの場合、掃除不足に加え、バッテリー切れを心配するあまり性急に吸い込み続けると、さらにブレードが加熱されて高温になり、フィルターのポリマーが溶けて有害物質が発生する危険性があるという。

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上段は、掃除なし実験における使用前から1〜10本(H〜L)使用後のヒートスティックのタバコ部分、下段は掃除なし実験における使用前から1〜10本(M〜Q)使用後のフィルターのポリマー部分。ポリマーが次第に溶けていく様子がわかる。Via:日本禁煙学会のリリース(2018/08/03アクセス):Barbara Davis, et al., "iQOS: evidence of pyrolysis and release of a toxicant from plastic." Tobacco Contorl, 2018

 アイコスやプルーム・テック、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)のグロー(glo)といった加熱式タバコは、従来の紙巻きタバコよりも有害性が低減されていることがキャッチコピーになっている。

 だが、この論文をみる限り、その主張はかなり怪しい。少なくとも説明書通りに定期的な掃除を心掛けなければ、毒性の強い有害物質を吸い込み続ける危険があるかもしれないのだ。

 電子タバコを含む新型タバコは、数十年前からある技術的には陳腐な製品群だが、最近になってPMIがBATに対して東京地方裁判所にパテント侵害の知財裁判を起こしたらしい。

 加熱式タバコは、各社仕様に合わせ、それぞれのタバコ部分を吸えるようなサードパーティ製の本体が販売されている。PMIの本音としては、本体よりヒートスティックだけを売りたいはずで、互換性のない他社を訴えたのは理にかなっているといえよう。

 すでに技術開発の競合段階を過ぎ、各社はシェアの刈り取り合戦、売り込み合戦に血道を上げるようになっている。広告宣伝や拡販競争が増えれば、結果的に加熱式タバコの利用者が増えて喫煙率を押し上げ、未成年者の喫煙や違法薬物へのゲートウェイになる危険性がある。

 加熱式タバコもニコチン依存症患者を絶やさないための製品だ。ちょっと掃除を怠るだけで命に関わる物質を発生させかねない製品でもあるわけで、手を出さないに越したことはない。

※1-1:Barbara Davis, et al., "iQOS: evidence of pyrolysis and release of a toxicant from plastic." Tobacco Contorl, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2017-054104, 2018

※1-2:「『アイコス』に新たな有害情報が」Yahoo!ニュース:2018/03/15

※2:Shuiqing Zheng, et al., "Two Fatal Intoxications with Cyanohydrins."  Journal of Analytical Toxicology, Vol.40, 388-395, 2016

※3:「『PM2.5』加熱式タバコからも出ていた」Yahoo!ニュース個人:2017/12/30

※4:William E Stephens, "Comparing the cancer potencies of emissions from vapourised nicotine products including e-cigarettes with those of tobacco smoke." BMJ, Tobacco Control, Vol.27, Issue1, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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