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なぜタバコは「危険」を招き寄せるのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 タバコの健康への害は言うまでもないが、怪我や死亡につながるような事故を起こしたり、火事の原因になったりする。火事による死亡では、タバコが原因によるものが最も多い。日本の東北大が最近、タバコを吸うドライバーは死亡事故を起こすリスクが高いという研究を発表して話題になっている。

多いタバコと死亡リスク研究

 喫煙と事故リスクの研究はけっこう長く行われてきた。従来の研究でタバコを吸わない人に比べ、喫煙者は自動車事故を起こす危険性が1.5倍高く、仕事中に負傷する危険性が1.4〜2.5倍高く、その他の不慮の事故にあって怪我を負う危険性が2倍ほど高いことが知られている(※1)。社会的な要請もあり、こうした研究が一種のトレンドにもなっているようだ。

 台湾の国立台湾大学などの研究グループが2005年に出した論文(※2)では、12〜18年間、6万4319人の男性を追跡し、喫煙者の事故による死亡リスクを調べた。その結果、飲酒がらみの全ての負傷事故と自動車事故における死亡率で、喫煙者のほうがタバコを吸わない人よりリスクが高かったという。

 特に自動車事故による死亡リスクが高く(1.88倍)、この研究グループは台湾における男性の死亡事故の1/5以上(23%)が喫煙と関係していると見積もっている。

 1990〜1995年の米国の喫煙者の死亡率を調べた研究(※3)によれば、年齢や人種、性別、飲酒、シートベルトの着用有無、教育、婚姻の有無などに関係なく、リスク比で傷害事故が1.87倍、自動車事故が2.14倍、自殺が2.17倍というように、タバコが死亡リスクを高めることがわかったという。

 喫煙と自殺にも関係があることが知られている。過去の63研究をメタ解析で調べたイランのハマダーン大学の研究者による論文(※4)によれば、オッズ比で自殺願望(Suicidal Ideation)で約2倍(OR2.05)、自殺未遂(Suicide Plan)が2.36倍、自殺による死亡のリスク比が1.83倍という結果になったという。

最も多いタバコ原因の火災による死者

 タバコといえば火の不始末だ。火災による怪我や死亡は重大なリスクだが、住宅火災の出火原因ではタバコによるものが最も多い。

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火災による怪我や死亡も無視できない。住宅火災の出火原因別死者数では、タバコによるものが不明・調査中以外で最も多い。Via:総務省:消防庁「平成28年(1月〜12月)における火災の状況」

 タバコの火の不始末が原因の火災被害額はどうだろう。総務省の統計では、年間の火災による被害総額は1350億円となっている。タバコが原因の火災は約10%前後だから、年間約130億円ほどの損害となる。

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火災の出火原因。タバコは喫煙率が下がっても第2位をずっとキープしている。Via:総務省消防庁:消防統計

 加熱式タバコに使われるリチウムイオン電池の爆発事故も大きなリスクだ(※5)。乱立する中小の製造会社が作る電子タバコ使用が広がっている米国でこの種の事故が多発しつつあり、症例報告も増えてきている(※6)。

 電池が爆発し、電子タバコの部品がまるで弾丸のように上顎にめり込んだりする事故もある。こうした電池事故では、中の液体が漏れ出て化学火傷を負うことも多い。特にリチウムイオン電池の内容物は引火性が高く、激しく燃えることが知られている。

人に危害を与えるタバコ

 タバコは誤飲事故の原因にもなる。2018年2月の厚生労働省による発表では、乳幼児の誤飲事故原因の1位がずっとタバコとなっている(※7)。加熱式タバコは葉タバコが入っているスティックが小さく、喫煙率が下がっているのに誤飲事故が多発する原因にもなっているようだ。

 座敷や畳など、日本式の生活様式で乳幼児がタバコやボタン電池などに手が届きやすいことも大きいが、ニコチンの致死量は成人で40〜60mg、小児で10〜20mgとされ、タバコのニコチン含有量は16〜24mgであることを考えれば、乳幼児がタバコを誤飲する恐ろしさはよくわかる。高濃度のニコチンの場合、5分以内に死亡した例もあり、乳幼児がタバコを誤飲した恐れがある場合、すぐに医療機関に連絡し、指示を仰いだほうがいい。

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こどもの誤飲事故ではタバコによるものが147件(20.2%)で最も多かった。生後半年から17ヶ月くらいまでの乳幼児がタバコを誤飲する事故が目立つ。Via:厚生労働省:2016年度「家庭要因などに係る健康被害 病院モニター報告」

 喫煙と死亡リスクの関係について研究は多いが、日本でも東北大学の研究グループが茨城県のデータを使って両者の関係について論文を発表した(※8)。東北大学のリリースによれば、茨城県の健診受診者9万6384人(40〜79歳、女性63366人)の1993〜2013年の20年間のデータを追跡し、問診票の喫煙状況と交通事故による死亡を比較したという。

 その結果、交通事故による死亡は、タバコを吸わない男性では7335人中31人(1000人年あたりのイベント発生率=0.24、※9)だったのに比べ、過去に喫煙経験のある男性では9115人中46人(同=0.30)、1日20本未満の現在喫煙男性では5125人中29人(同=0.36)、1日20本以上の現在喫煙男性では1万1403人中62人(同=0.32)だった。タバコを吸わない女性では5万9832人中127人(同=0.12)、過去喫煙女性では461人中1人(同=0.13)、1日20本未満と20本以上の現在喫煙女性でそれぞれ2021人中0人、1052人中0人だった。

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交通事故による死亡のリスクが1日20本以上の喫煙男性で1.54倍高いというグラフ。Via:東北大学のリリース

 特に、1日20本以上吸う現在喫煙の男性で交通事故による死亡リスクが高く、ハザード比(相対危険度)で1.54(※9)倍も高いことがわかったという。運転中の携帯電話の使用は道交法で禁止されているが、喫煙は取り締まりの対象ではない。

 筆者もかつて喫煙していたが、運転中に灰やライターが落ちたりすると注意が散漫になる。基本的に火をつけて消す際に片手が塞がった状態になるし、煙や灰が視界を奪うこともしばしばだ。そもそもニコチン依存症のため、イライラすることもある。

 喫煙する人は飲酒運転をしがちでシートベルトを着用しない傾向にあり、リスクに対して鈍感という(※3-1)。つまり、タバコは他者を傷つけたり死なせたりする危険性が高いというわけだ。

 受動喫煙の被害懸念もあり、世界には車内での喫煙を規制している国もあり、東京都の「子どもを受動喫煙から守る条例」でも車内での喫煙を禁じている。こうした研究結果が出たことで、運転中の喫煙について取り締まることを考えなければならないのかもしれない。

※1-1:J J. Sacks, et al., "Smoking and Injuries: An Overview." Preventive Medicine, Vol.23, Issue4, 515-520, 1994

※1-2:Bruce N. Leistikow, et al., "Smoking as a Risk Factor for Injury Death: A Meta-Analysis of Cohort Studies." Preventive Medicine, Vol.27, Issue6, 871-878, 1998

※2-1:C P. Wen, et al., "Excess injury mortality among smokers: a neglected tobacco hazard." Tobacco Control, Vol.14, Issue suppl1, 2005

※2-2:全ての怪我による死亡リスク:RR1.69、95%CI:1.39-2.05、自動車事故の死亡リスク:RR1.88、95CI:1.44-2.45、自動車事故以外の死亡リスク:RR1.48、95%CI:1.11-1.99

※3-1:B N. Leistikow, et al., "Injury death excesses in smokers: a 1990-95 United States national cohort study." Injury Prevention, Vol.6, Issue4, 2000

※3-2:全ての致死性傷害:RR1.87、95%CI:1.22-2.86、自動車事故:RR2.14、95%CI:1.12-4.11、自殺:RR2.17、95%CI:1.02-4.62

※4:Jalal Poorolajal, et al., "Smoking and Suicide: A Meta-Analysis." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0156348, 2016

※5:「加熱式タバコに『爆発発火』の危険性」Yahoo!ニュース:2018/02/04

※6-1:Rebecca Harrison, et al., "Electronic cigarette explosions involving the oral cavity." The Journal of the American Dental Association, Vol.147, Issue11, 891-896, 2016

※6-2:Christopher Ban, et al., "Ballistic trauma from an exploding electronic cigarette: Case report." Oral and Maxillofacial Surgery Cases, Vol.3, Issue3, 61-63, 2017

※7:厚生労働省:医薬・生活衛生局:医薬品審査管理課化学物質安全対策室:2016年度「家庭要因などに係る健康被害 病院モニター報告」

※8:Ayaka Igarashi, et al., "Does cigarette smoking increase traffic accident death during 20 years follow-up in Japan?: The Ibaraki Prefectural Health Study." Journal of Epidemiology, 2018

※9:リスク人年:1000人年:20年×50人のイベント発生率。ハザード比:相対的な危険リスクを評価する指標で1より大きい場合、比較群よりリスクが高い。Hazard Risk:HR1.54、95%CI:0.99-1.39

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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