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遠くからあなたを感知する「サメの第六感」とは

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 サメは海中の中で獲物を的確に探し当てる。海中は見通しも悪く音もノイズだらけで、捕食者にとって理想的な環境とは言いがたいが、サメがどうやって獲物を感知するのか、新たな研究成果が発表された。

寒さや熱さをどう感知するか

 生物が生きていく上で重要な役割をになっているメカニズムの一つがイオンチャネルだ。例えば、血圧の調整などで作用するのがナトリウムのイオンチャネルやカリウムのイオンチャネルであり、タバコのニコチンが作用するのがアセチルコリン受容体のイオンチャネルとなる。

 ナトリウムやカリウムが一種のトリガー(引き金)となってイオンチャネルの口がカパっと開き、細胞の内側と外側の電位差によってイオンが細胞膜を出入りする。タバコの場合は電位の差ではなくニコチンが刺激となって脳の神経細胞のイオンチャネルが開き、イオンが入ることでドーパミンなどの刺激物質を出すシグナルが送られるというわけだ。

 生物は寒かったり暑かったりすると行動を変化させる。寒さや暑さを感知するのもイオンチャネルで、寒さを感知するとTRPM8というタンパク質が反応し、寒いという信号を送るイオンチャネルが開き、暑さを感知するとVR1というタンパク質が反応し、暑いという信号を送るイオンチャネルが開き、それが神経へ伝えられて行動の変化につながる。

 もっとも、寒さや暑さを感知して作動するTRPM8タンパク質やVR1タンパク質は、他の物質が身体に刺激を与えることで混乱し、寒くも暑くもないのに同じような感覚を感知することがある。例えば、タバコのメンソールはTRPM8を反応させ、寒くないのにヒンヤリした感覚を与え(※1)、唐辛子のカプサイシンはVR1を反応させ、暑くないのに熱さを感知させる。

サメやエイが持つ第六感

 こうしたイオンチャネルが、サメやエイの感覚器官にも備わっていて、海中というノイズだらけの環境の中でも獲物の電場(電界)を感知し、捕食することが可能となるという研究が英国の科学雑誌『nature』に発表された。米国のカリフォルニア大学サンフランシスコ校の生理学者による論文(※3)で、サメはカルシウムのイオンチャネルを使って獲物の電気的な情報を感知し始め、その後はカリウム(Potassium)のイオンチャネルで調整するという。

 獲物が発する電場(電界)がサメやエイの電位依存的にイオンチャネルを刺激し、我々が雑音の中から目的の声や音を聞き分けるように彼らは獲物を見つける。これは視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚に次ぐ第六感ともいえる感覚だ。

 サメの場合、増幅されたカリウムのイオンチャネルは、我々の聴覚器官などにある情報シグナルを素早く持続的に伝達するリボンシナプスを刺激し、小胞シナプスから情報シグナルを最大に放出させる。エイの場合はちょっと違い、カルシウムが作用するカリウムのイオンチャネルを使い、小胞シナプスから刺激を受けた細胞膜の振動を調整し、獲物を探しているようだ。

 サメとエイとでイオンチャネルの使い方が違うというわけだが、この論文の研究者は、サメの場合はノイズの中から検出した微細なシグナルを増幅し、エイでは大小の情報シグナルを選択的に検出しているのではないかという。

 サメもエイも同じ板鰓亜綱(ばんさいあこう)の仲間で、その祖先は約4億年前にさかのぼることができる。だが、海中を遊弋しつつ獲物を探し求めるサメと、海底に潜みながら獲物を待ち伏せするエイとでは生態が異なり、イオンチャネルの使い方の違いにもそれが表れているのかもしれない。

 寒さや暑さの感覚がメンソールや唐辛子でダマされるように、生物の感覚や知覚とイオンチャネルやその遺伝子の関係についてはまだまだ解明されていないことが多い。もともと暑さや痛みを感知するイオンチャネルの遺伝子を研究していたこの論文の研究者は、サメとエイとでは反応するイオンチャネルをつかさどるメカニズムが違うが、その機能について詳しいことを知るのはまだこれからのようだ。

※1:Andrea M. Peier, et al., "A TRP Channel that Senses Cold Stimuli and Menthol." Cell, Vol.108, Issue5, 705-715, 2002

※2:Michael J. Caterina, et al., "The capsaicin receptor: a heat-activated ion channel in the pain pathway." nature, Vol.389, 816-824, doi:10.1038/39807, 1997

※3:Nicholas W. Bellono, et al., "Molecular tuning of electroreception in sharks and skates." nature, doi:10.1038/s41586-018-0160-9, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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