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フィリップ・モリスの「タバコ・ギブアップ宣言」は本当か

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 紙巻きタバコのマールボロやラーク、加熱式タバコのアイコス(IQOS)を発売しているフィリップ・モリス・インターナショナル(Philip Morris International、以下、PMI)は将来的に紙巻きタバコから撤退し、いわゆる害の少ない新型タバコへシフトすると発表した。世界最大のタバコ・グローバル企業の本音はどこにあるのだろうか。

リスクの低い製品へシフト

 PMIの現CEOは2013年からアンドレ・カランザポラス(Andre Calantzopoulos)だ。カランザポラスCEOは様々なメディア上で「紙巻きタバコの有害物質はフィルターでは除去できない」と明言し、将来的に同社が紙巻きタバコからの撤退まで示唆するような発言をしている。

 同社は2000年代の初めごろから、いわゆる有害物質を軽減したリスクの低い製品(Reduced Risk Products、RRP)の開発にいそしんできた。そうした製品開発群の代表格がアイコスというわけだ。

 実際、PMIは2018年1月に「We're Trying to Give Up Cigarettes(我々は紙巻きタバコを諦めようとしている)」という新聞広告を、電子タバコ市場が広がり、紙巻きタバコより「まし」なハーム・リダクション(harm reduction)の公衆衛生行政が進む英国の『The Times』紙や『The Daily Mirror』紙などに出した。ちなみに英語の「Give Up」は「渋々ながら諦める」とでもいう意味だ。

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PIMが2018年1月に英国の新聞紙上に出した広告。Via:PMIのUKファイル(PDF、2018/05/16アクセス)

 この新聞広告は英国向けだが、同社の決意表明ともいえ、筆者がフィリップ・モリス・ジャパンに取材したところ、同じような回答を得ている(※1)。スモーク・フリー社会を目指し、リスク低減製品へシフトしていくというビジョンとコミットメントを明確にしてきたともいい、少なくとも英国や日本における同社の方向性は確定しているようだ。

 PMIは2017年に米国で設立された禁煙財団「Foundation for A Smoke-Free World」へ2018年から毎年8000万米ドル(約88億円)の資金を寄付する予定(12年間)だ。この財団を設立した中心人物は、WHOたばこ規制枠組条約(FCTC)の策定過程で奔走したデレク・ヤッチ(Derek Yach)で、利益相反の観点から世界保健機関(WHO、※2)や公衆衛生の研究者により批判されてもいる。

 この問題について、この記事では措いておくが、WHOはPMIの資金が入った同財団の活動について非常に懐疑的だ。ハーム・リダクションの議論を混乱させ、タバコに批判的な研究者や機関を分断する目的があるのではないかという。

 いずれにせよ、特に先進諸国で紙巻きタバコは「Endgame」最終戦争の曲面にある。喫煙率が5%を切ると、市場規模でビジネスにならず、タバコ産業は衰退すると考えられているが、もうあと一押しという状況だ(※3)。

 こうした状況を最もよく把握しているのがタバコ産業なのだから、各国で行われるタバコ規制を弱め、受動喫煙対策などに関する議論を混乱させ、少しでも長くタバコ・ビジネス、つまりニコチン供給デバイス・ビジネス(※4)を延命させようとする。

ニコチンに依存するビジネスモデル

 PMIにしても、紙巻きタバコの将来性にある程度、見切りを付けている。一方で加熱式タバコやRRP製品、新たなニコチン供給デバイスを提案し、ニコチン依存症の薬物中毒者をなるべく減らさず、新たなニコチン依存症の喫煙者を自らの市場へ迎え入れようとしているのだろう。

 同時に、依然として紙巻きタバコの巨大市場である中国への参入を狙いつつ、ベトナムなどの東南アジア諸国やアフリカ諸国などの発展途上国での喫煙率上昇を画策するというわけだ。PMIが紙巻きタバコからの撤退宣言をしたといっても、スイスにある本社を残しつつ、紙巻きタバコを売り続ける方法はいくらでもある。

 例えば、インドネシアのハンジャヤ・マンダラ・サンプルナ(Hanjaya Mandala Sampoerna)というタバコ会社はPMIの子会社で、インドネシア市場で同社のブランドはほぼ独占状態になっている。PMIは、こうした子会社を手放し、紙巻きタバコを「諦める」ことはないはずだ(※5)。

 なぜなら、まだ加熱式タバコなどのRRP製品の開発費を回収できておらず、ブリティッシュ・アメリカン・タバコや日本たばこインターナショナルといった競合を突き放すためにもR&D費の投入は続行せざるを得ず、そのためにも紙巻きタバコからの収益は欠かせないからだ。欧米で売られているニコチン添加式の電子タバコでは、タバコ葉から抽出したニコチンが使われ、途上国の労働に依存するタバコ農業も継続させていく必要がある。

 こうしたことを考えれば、PMIの紙巻きタバコ撤退宣言は眉に唾を付けて聞かなければならないだろう。タバコ産業自体がニコチン依存体質のビジネスモデルであり、タバコという大量生産大量消費の商品はすでに20世紀でオワコンといえる。21世紀は、加熱式タバコなどのRRP製品を含むニコチン供給デバイスのない地球にしたいものだ。

※1:「『アイコス』の吸える場所はどこだ〜PMJ幹部に聴く」Yahoo!ニュース:2018/04/25

※2:WHO, "WHO Statement on Philip Morris funded Foudation for a Smoke-Free World.", 2017(2018/05/16アクセス)

※3:Frederieke S van der Deen, et al., "Impact of five tobacco endgame strategies on future smoking prevalence, population health and health system costs: two modelling studies to inform the tobacco endgame." Tobacco Control, Vol.27, Issue3, 2018

※4:「加熱式タバコは手を換えた『ニコチン伝送システム』だ」Yahoo!ニュース:2017/11/22

※5:Kenneth E Warner, "An endgame for tobacco?" Tobacco Control, Vol.22, Issue suppl1, 2013

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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