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新たな「ネアンデルタール人絶滅仮説」〜小脳が小さかったからか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
ネアンデルタール人の頭骨化石(写真:ロイター/アフロ)

 我々ホモ・サピエンスの亜種と考えられているネアンデルタール人(Homo sapiens neanderthalensis)は、2万数千年前にはすでに絶滅していたようだ。彼らが絶滅したのは、小脳が小さかったからかもしれないとする日本人研究者が行った最新の研究が出た。

脳によって違いを知る

 ネアンデルタール人がなぜ絶滅したのかについては、研究者の間でも未だに結論が出ていない。当時の競合相手で現代人の祖先であるクロマニヨン人(Cro-Magnon man、ホモ・サピエンス)による競争に負けたり遺伝的に吸収されたといった影響、火山噴火と食糧不足、疫病の蔓延など多種多様な仮説が出ているが、どれも確証がないまま議論が続いている。

 ネアンデルタール人と現代人の脳の違いから絶滅の理由を探ろうという研究も多い。

 2011年にドイツのマックス・プランク研究所などの研究者が発表した論文(※1)によれば、ネアンデルタール人の脳を分析したところ、幼児期の脳の発達の方法が現代人と異なり、嗅覚が現代人より優れていた可能性があるとする。また別の脳研究(※2)によれば、ネアンデルタール人は視覚野が大きく、この違いについて研究者は社会的な認知や環境資源の違いの影響によるものではないかといっている。

 こうした脳の比較研究について新たな論文(※3)が英国の科学雑誌『nature』の「Scinetific Reports」に出た。日本の慶應大学理工学部機械工学科(荻原直道教授)や名古屋大学大学院情報学研究科(田邊宏樹教授)らの研究グループによるもので、同時代のネアンデルタール人とホモ・サピエンスの脳を数理工学的なアプローチで復元して比較したところ、小脳の大きさがネアンデルタール人のほうが相対的に小さいことを世界で初めて明らかにしたという。

 研究者は、ネアンデルタール人絶滅の原因を脳の機能的な違いにあるのではないかという仮説を立て、ネアンデルタール人の化石4個体と当時のホモ・サピエンス化石4個体(※4)から頭骨を復元しようと考えた。その方法は、まずCTスキャンで頭骨内部の画像を得て3Dモデルを構築し、コンピュータ上に再現する。化石の欠損部分は、接合のなめらかさに基づいて数理定期に推定しつつ補完したという。

 その後、頭骨内部の脳の入る形態について現代人1185人のMRIデータから平均的な脳の形態を求め、化石から得た3Dモデルの内部に当てはめて解剖学的に推定した。これまでの研究では、単にCTスキャンデータによる内部空間の状態を比較しただけだったが、今回の研究では現代人の実際の脳から頭骨内で脳がどのような形態で収まっているかを調べた上で比較した。研究者は、チンパンジーとボノボ・チンパンジーの実際の脳で同じような推定方法を行い、その正しさを評価確認している。

 ネアンデルタール人と当時のホモ・サピエンスの脳を比べたところ、ネアンデルタール人が絶滅するかなり前から当時のホモ・サピエンスよりも小脳が小さく、後頭葉が大きい傾向にあることがわかった。従来の研究では、ネアンデルタール人のほうが前頭葉が大きいとされてきたが、今回の研究ではホモ・サピエンスとの大きさの違いは見いだせなかったという。

画像

MRIデータから推定された現代人の脳(左)とそこから推定されたネアンデルタール人の化石頭骨内の脳(右、La Chapelle-aux-Saints1)。右は大脳(CEREBRUM)と小脳の位置(Grayの解剖図より)。解剖図では小脳を下げてわかりやすくしているが、実際には左の2つの3D画像のように大脳の下に位置し、これによればネアンデルタール人の小脳のほうが小さく、脳の後頭葉(後端部)が出っ張っていることがわかる。Via:慶應大学のプレスリリースより筆者が引用改編

 ネアンデルタール人で小さいことがわかった小脳の機能とはどんなものだろうか。脳全体に対して小脳の相対的な容量が大きいほど、言語の生成や理解、ワーキングメモリ(Working Memory、※5)が向上し、高度な認知的社会的能力を調べる課題の成績(認知的柔軟性)の結果も良くなるなどの影響があるとされる。

 今回の論文の研究者は、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスのこうした脳の違いによって環境に適応する能力の差が生じ、それがネアンデルタール人絶滅の大きな要因になったのではないかという。

※1:Markus Bastir, et al., "Evolution of the base of the brain in highly encephalized human species." nature COMMUNICATIONS, DOI: 10.1038/ncomms1593, 2011

※2:Eiluned Pearce, et al., "New insights into differences in brain organization between Neanderthals and anatomically modern humans." Proceedings of the Royal Society B, Vol.280, Issue1758, 2013

※3:Takanori Kochiyama, et al., "Reconstructing the Neanderthal brain using computational anatomy." SCIENTIFIC REPORTS, 8:6296, DOI:10.1038/s41598-018-24331-0, 2018

※4:ネアンデルタール人の頭骨化石:5万〜7万年前のAmud1、4万7000〜5万6000年前のLa Chapelle-aux-Saints1、4万3000〜4万5000年前のLa Ferrassie1、年代不明のForbes’ Quarry1

当時のホモ・サピエンスの頭骨化石:9万〜12万年前のQafzeh9、10万〜13万5000年前のSkhul5、〜3万5000年前のMladec1、約3万2000年前のCro-Magnon1

※5:ワーキングメモリ(Working Memory):認知で複雑な思考のための能力を支える機能。情報の記憶だけでなく、作業や処理、操作の機能に関係し、作業記憶などともいう

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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