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しばらく「地磁気の逆転」起きないってよ

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
千葉県市原市にある「チバニアン」の地層(写真:アフロ)

 地磁気の逆転というと大変なカタストロフィが起きそうな語感がするが、地球では過去に何度も起きてきた現象だ。直近の完全な逆転は約77〜78万年前で話題になったチバニアンの由来でもあるが、地磁気の逆転はいつどんな規模で起きるのだろうか。

地磁気逆転の証拠がチバニアン

 地質時代でいうと、我々が生きているのは新生代の第四紀、完新世(Holocene、約1万1700年前〜)だ。この完新世の前は、更新世(更新統、Pleistocene、約258万年〜約1万年前)となり、更新世は大きく最も古いジェラシアン(Gelasian)からカラブリアン(Calabrian、約180万年前〜)、中期(約78万1000年前〜)、後期(約12万6000年前〜)の4期に分けられる(※1)。

 最近、話題になった千葉県のチバニアン(Chibanian)は、更新世の中期の命名案だ。中期の前のカラブリアンの由来は、その前のジェラシアンと時代区分するイタリアのカラブリア地方の地層的な境界(※2、GSSP)からきている。千葉県に時代区分するGSSPがあるので、チバニアンという名前になるかもというわけだ。

 約77万年前にこれまでの最新の地磁気逆転が起きたが、この時の地磁気の逆転の証拠を示す地層をGSSPにすることが国際地質科学連合(The International Union of Geological Science、IUGS)で決められた。千葉県市原市を流れる養老川の地層に地磁気逆転の証拠とGSSPがあり、今後に開かれるIUGSの委員会審査によってチバニアンが認められれば、初めて地質時代の名前が日本由来のものになる。

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千葉県市原市にあるチバニアンの位置。地層は「千葉セクション」と呼ばれる。もしかすると2018年の秋にはチバニアンに決まるかもしれない。Via:九州大学のプレスリリースより

 地磁気というのは、地球を巨大な磁石に見立てた場合にできる地球の磁場(磁界)のことで、現在の地球では北極にS極があり南極にN極がある。方位磁針(コンパス)でそれぞれN極が北を、S極が南を指すのは磁石のN極とS極が地球の磁場と引き合うからだ。

 地磁気は太陽からの高エネルギー粒子(太陽風)や宇宙から飛んでくる放射性粒子を防ぎ、磁気嵐は高緯度地域でオーロラを見せてくれる。また、渡り鳥などは地磁気を帰巣本能に利用しているようだ。

 現在の地磁気、つまり地球の磁場は北極がS極で南極がN極になっているが、この南北が地球の歴史でしばしば逆転してきた。その証拠を最初に発見したのはフランスの地球物理学者ベルナール・ブリュンヌ(Bernard Brunhes)だ。ブリュンヌは1906年に岩石や粘土の磁気の向きが地層によって異なり、現在とは逆の向きの地磁気の時代があったのではないかと推論した(※3)。

地磁気逆転を証明した日本人

 地球の地磁気が過去に逆転したという仮説はしばらく研究者らによって検証されて議論が続いたが、その後、日本人の地球物理学者、松山基範が兵庫県や朝鮮半島、中国北東部などから採取した火山岩の磁気を測定し、1929年に地球磁場逆転の証拠を発表した(※4)。松山の研究は戦後になってから国際的に高く評価され、最後の地磁気逆転現象を証明したとして「ブリュンヌ松山逆転(Brunhes-Matuyama reversal)」と呼ばれている(※5)。

 そもそも北極や南極の磁極は不安定で、常に極地の一定の場所にあるわけではない。こうした地磁気の揺れ動きにより、地球は自分で地磁気を逆転させる。これまでの地球の歴史の間、平均で20数万年〜数十万年ごとに地磁気が逆転してきたようだ(※6)。

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 地磁気がなぜ生じるのかについては諸説あり、地球が一種の永久磁石だからという説、地殻の中にある熱いマントルによって地球全体がダイナモ(dynamo、電磁石、発電機)になっているからなどの説がある。地磁気によって地球の各地で磁場の強弱も観測されるが、欧州宇宙機関(ESA)が2013年に打ち上げた地磁気観測衛星(SWARM)は2017年3月に海洋などで地磁気の乱れや海洋でのストライプ模様を報告した。

 チバニアンの地磁気逆転は約77万年〜78万年前とされ、この数百年間で地磁気が弱まってきたことがわかっている。2000年に発表された地殻内のマントルの1590〜1990年の間の磁場を測定した研究(※7)によれば、17世紀以前には8万3000カ所以上の地点で特徴的な地磁気の減衰が観測され、17世紀だけでも8000カ所以上で同じような地磁気の減衰があったという。

 1840年以降の計測では100年に5%の割合で地磁気が弱まっているとする2006年に米国の科学雑誌『Science』に発表された研究(※8)によれば、1590〜1840年までの250年間の地磁気は、それ以前の時代に比べて一定の割合で減っていたことがわかっている。この減衰の原因は、南半球における地磁気逆転の兆候と関係していると考えられると研究者はいう。

 こうした研究を背景に数十万年に一度の割合で起きている地磁気の逆転がいつ起きるかが研究者の間で議論になってきたが、南大西洋における最近200年間の地磁気の移動や強弱を推定した2016年の研究(※9)によれば、地磁気の逆転の兆候がうかがえるものの、差し迫った状態ではないと結論づけている。2018年に発表された南アフリカ北部の地磁気異常についての研究(※10)では、マントルの熱を逃がすことができなくなった場合に地磁気が弱まり、それが地磁気逆転の引き金になるのではないかとする。

 地磁気の逆転は、どのくらいのスパンで起きるのだろうか。従来の研究では数千年をかけてゆっくりと進行すると考えられてきたが、2014年に発表された研究によれば、前回の場合は100年くらいの間に急速に逆転したことがわかっている(※11)。ただ、磁極が不安定になるような逆転の前兆は、数百年単位のスパンで起きていたようだ。

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前回の地磁気逆転では、78万6100年前から約100年後に南極と北極が逆転したらしい。この研究では、77万3100±800年〜77万6000±2000年前とした従来のブリュンヌ松山逆転の時期を78万1300±2300年前に変えて推定している。Via:Leonardo Sagnotti, et al., "Extremely rapid directional change during Matuyama-Brunhes geomagnetic polarity reversal." Geophysical Journal International, 2014

地磁気逆転はいつ起きるか

 ただ最近の研究(※12)によれば、地磁気逆転はすぐには起きないという。これは英国のリバプール大学などの研究者によるもので、確かに南大西洋や南アフリカでは地磁気の不安定化や連続的な減衰が起きているが、過去の似たような現象と比較すればその程度はずっと弱いとする。

 ごく短期間の地磁気逆転は、約77〜78万年前のブリュンヌ松山逆転とは別に4万1400±2000年のラスチャンプ(Laschamp)イベントという現象が知られ、これは約440年間続いた。また米国カリフォルニア州にあるモノ湖で採取されたサンプルによる地磁気逆転の記録は約3万4000年前とされ、この二つのイベントと比べても現在の地磁気の不安定化や減衰は大きくないという。

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日本で地磁気を測定する総本山が気象庁の地磁気観測所だ。茨城県石岡市にあり、貴金属類などが計器に変調を及ぼすため、部外者が観測所に近づくことは止められている。写真:撮影筆者

 ラスチャンプやモノ湖の地磁気イベントは、極の揺らぎのようなもので完全な地磁気逆転ではないとする研究者もいるが、こうした研究を読むと、地磁気の不安定化で極が移動したり一時的に逆転したりするのはかなり頻繁に起きているようだ。地磁気は有害な宇宙線から地球をまるで蚕の繭のように守ってくれているが、地層に残された地球の歴史を知れば、地磁気逆転はいつかかならず起きるだろう。

 地磁気の逆転時にどんなことが起きるか、まだよくわかっていないが、オゾン層に変化が起きて紫外線が地上へ降り注ぎ、太陽風がGPSなどの電子機器に変調を起こす可能性がある。米国の安全保障のために2015年に報告された推計(※13)によれば、地磁気逆転によりオゾン濃度は20〜40%減少し、中緯度地域で紫外線が20%増加すると考えられている。太陽風のプラズマの直撃を受け、通信電力インフラや人工衛星、金融経済、農業、食料供給に甚大な影響を与えるとし、政府行政は早急な対応を考えるべきと結論づけている。

※1:日本地質学会:International Chronostratigraphic Chart(国際年代層序表、2017年2月、PDF)

※2:国際標準模式層断面及び地点(Global Boundary Stratotype Section and Point、GSSP)

※3:Bernard Brunhes, "Recherches sur le direction d'aimantation des roches volcaniques." Journal de Physique, Vol.5, 705-724, 1906

※4:Motonori Matuyama, "On the Direction of Magnetisation of Basalt in Japan, Tyosen and Manchuria." Proceedings of the Imperial Academy, Vol.5, No.5, 203-205, 1929

※5:Allan Cox, et al., "Reversals of the Earth's Magnetic Field." Science, Vol.144, No.3626, 1964

※6-1:Yohan Guyodo, et al., "Global changes in intensity of the Earth's magnetic field during the past 800 kyr." nature, Vol.399, 249-252, 1999

※6-2:Jean-Pierre Valet, et al., "Geomagnetic dipole strength and reversal rate over the past two million years." nature, Vol.435, 802-805, 2005

※7:Andrew Jackson, et al., "Four centuries of geomagnetic secular variation from historical records." Philosophical Transactions of the Royal Society A, Vol.358, Issue1768, 2000

※8:David Gubbins, et al., "Fall in Earth's Magnetic Field Is Erratic." Science, Vol.312, Issue5775, 900-902, 2006

※9:F. Javier Pavon-Carrasco, et al., "The South Atlantic Anomaly: The Key for a Possible Geomagnetic Reversal." frontiers in Earth Science, Vol.20, doi.org/10.3389/feart.2016.00040, 2016

※10:Vincent J. Hare, et al., "New Archeomagnetic Directional Records From Iron Age Southern Africa (ca. 425-1550 CE) and Implications for the South Atlantic Anomaly." Geophysical Research Letters, Vol.45, No.3, 1361-1369, 2018

※11:Leonardo Sagnotti, et al., "Extremely rapid directional change during Matuyama-Brunhes geomagnetic polarity reversal." Geophysical Journal International, Vol.199, 1110-1124, 2014

※12:Maxwell Brown, et al., "Earth’s magnetic field is probably not reversing." PNAS, doi.org/10.1073/pnas.1722110115, 2018

※13:Williams J. Tyler, "Cataclysmic Polarity Shift is U.S. National Security Prepared for the Next Geomagnetic Pole Reversal." Defense Technical Infromation Center, Technical Report, AD1040918, 2015

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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