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なぜ「夏の夜」に心筋梗塞が増えるのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 心臓は全身に血液を出し入れするポンプだが、この心臓自体に血液を送っているのが冠動脈血管だ。冠動脈血管がなんらかの理由で詰まったり狭くなったりし、血液の流れが阻害されると心臓に栄養や酸素が送られず、止まったり壊死したりする。これがいわゆる心筋梗塞(心臓麻痺、心臓発作とも)で、心血管疾患の中の虚血性心疾患の1つだ。最近、この心筋梗塞が夏の夜に起きやすいという研究結果が出た。

心筋梗塞のリスクを上げる喫煙

 広い意味での心臓病は日本人の死亡原因の第2位だが、心筋梗塞(狭心症を含む虚血性心臓疾患)は日本人の3大死因の1つでもある。急性の心筋梗塞(acute myocardial infarction、AMI)の場合、年間約15万人が発症し、そのうち30%が死亡している。

 心筋梗塞の原因としては、動脈硬化(アテローム性動脈硬化)などによって血管が狭くなったり詰まったりして起きるのが一般的だ。国立循環器病研究センターによれば、タバコを止め、塩分や糖分、脂肪分の摂り過ぎに注意してバランスのいい食事を心掛け、高血圧や糖尿病、高脂血症などを予防すること、またストレスを避け、規則正しい生活を送ることが大事とされる。

 特に喫煙は血管の機能を悪化させ、高血圧や動脈硬化を引き起こしやすいリスク因子だ。日本人の男女約4万人を約11年間、追跡した疫学調査(※1)によれば、タバコを吸わない男性に比べて男性喫煙者の心筋梗塞のリスクは3.6倍、女性喫煙者のリスクは2.9倍となっている。また、35本以上で4.4倍と、1日に吸う本数が増えるほどリスクは上がる。

 こうした生活習慣や遺伝的な要因のほか、気候の急変や環境変化などでも起きることが知られ、1日のうちでも発症しやすい時間帯があることがわかっている。急性心筋梗塞の患者1252人の発症時刻を調べた日本の大阪の研究(※2)によれば、朝(8〜12時)と夜(20〜24時)に2つのピークがみられ、朝は女性と65歳以上が多く、夜は男性と65歳未満、飲酒者、喫煙者、就業者が有意に多かったという。

 心筋梗塞は世界的にも主要な死因の1つだが、国際的な共同研究グループによる世界各国の調査研究(※3)により、急性心筋梗塞が夏の夜間に増えることがわかった。この研究グループは、2004〜2014年の期間、地球南北両半球、計7ケ国(日本、イタリア、英国、フィンランド、中国、シンガポール、オーストラリア)で発症した急性心筋梗塞の2270症例を対象に検証した。

 前述したように、急性心筋梗塞の発症パターンにはサーカディアン・リズム(概日リズム)との関係が知られている。1日のうち、発症しやすい時間帯があるように、季節でも冬に増加して夏に減少する傾向があるが、逆に四季のある国では夏の夜間に発症しやすい傾向もある。

四季のある日本では夏の夜に要注意

 サーカディアン・リズムは太陽の日没とも関係するため、季節によって微妙にリズムが変わってくると考えられる。研究グループは、こうした季節による日照時間と急性心筋梗塞の発症との関係を調べたというわけだ。

 その結果、急性心筋梗塞の発症時刻と日照時間との間には密接な関係があることがわかった。例えば、赤道直下で四季の影響を受けないシンガポールでは、雨天や曇天など日照時間が少なくなると夜間の発症数が上がり、四季のある国で夏は日中(6〜18時)から夜間(18〜6時)へ発症パターンがシフトする傾向(サマーシフト)があったという。

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夏とその他の季節とで日中と夜間の急性心筋梗塞数を比較した差(%)。夏とその他の季節とで、日中と夜間との差はフィンランドやスコットランドで小さく、極地へ近づくほど急性心筋梗塞の発症が夏の季節において昼から夜へシフトする「サマーシフト」の影響が少なくなる。右下の折れ線グラフは、フィンランド(F1、F2)で差が小さく、スコットランドは中ぐらい、イタリア、日本、中国、オーストラリアで差が大きいことを示す。Via:国際共同研究グループの1つである京都府立医科大学のプレスリリースより(PDF)

 つまり、日本のように四季があり、日照時間が長くなる夏に日中に起きるはずだった急性心筋梗塞が夜に起こりやすくなるというわけだ。

 研究グループによれば、太陽光によるビタミンD合成が急性心筋梗塞の発症に関係しているのではないかという。この因果関係の考察には注意が必要としているが、ビタミンD合成はアテローム性動脈硬化症に関係し、ビタミンDの欠乏で急性心筋梗塞の有病率が高くなることはわかっている。

 もしかすると、今後はビタミンDに関係した心筋梗塞予防の創薬や診断マーカーなどの開発の可能性もあるという。また、その地域や国ごとで季節や時間帯によって、急性心筋梗塞の救命医療体制を整備することにも利用できるかもしれない。

 心筋梗塞は致死率20%といわれ、発症後48時間以内の致死率が高い病気だ。そのため、早期発見、早期救命治療が重要となる。こうした研究結果を踏まえ、喫煙者や高血圧症の人などは夏の夜間には特に急性心筋梗塞が起きるリスクに備えておいたほうがいい。

※1:S Baba, et al., "Cigarette smoking and risk of coronary heart disease incidence among middle-aged Japanese men and women: the JPHC Study Cohort I." European Journal of Cardiovascular Prevention and Rehabilitation, Vol.13(2), 207-213, 2006

※2:Kunihiro Kinjo, et al., "Circadian Variation of the Onset of Acute Myocardial Infarction in the Osaka Area, 1998-1999." Japanese Circulation Journal, Vol.65, 617-620, 2001

※3:Carlo Vittorio Cannistraci, et al., "“Summer Shift”: A Potential Effect of Sunshine on the Time Onset of ST-Elevation Acute Myocardial Infarction." Journal of the American Heart Association, DOI: 10.1161/JAHA.117.006878, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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