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日本船入港拒否させた「クサギカメムシ」とは

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
クサギカメムシ:Photo: Jack Rabin, Bugwood.org

 ヒアリ侵入騒動は依然として続いているが、こうした有害動植物の移動は日本だけが被害者ではない。ニュージーランドのオークランド港で、日本からの新車や中古車を積んだ輸送船(Glovis Caravel号など3隻)からキウイフルーツなどに被害を及ぼすクサギカメムシ(Halyomorpha halys、Brown marmorated sink bug、BMSB)が発見され、船は入港を拒否された。

 クサギカメムシは、カメムシの仲間としては大型で、果樹や大豆などの病害虫の一種だ。日本、中国、韓国、台湾といった東アジア原産で、すでに世界各地に広がって被害を拡大させている。東アジア以外でのクサギカメムシの最初の発見は、1990年代の半ばの米国ペンシルベニア州アレンタウンだった(※1)。その後、米国各州やカナダへ広がり、さらにスイス、ドイツ、フランスなどヨーロッパ各国でも観察されている(※2)。

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クサギカメムシの成虫。Via:Hectonichus、under the Creative Commons Attribution-Share Alike 4.0 International license.

 日本でもクサギカメムシは有名な病害虫で、越冬時に家屋へ侵入して臭いを発する生活衛生害虫としても知られている。リンゴ、洋ナシ、柿、ミカン、サクランボ、大豆などへ被害を及ぼし、落果させたり果実表面に斑点状の食害を与えるなどし、商品価値が損なわれる。また、ブドウ、キウイフルーツへの被害も甚大で、ワイン生産にも大きな影響を与えかねない。

 日中韓のクサギカメムシに関する英語論文100件を横断的にまとめた研究(※2)によると、成虫は4月半ば(北半球、以下同)からリンゴや桃などに被害を及ぼし、卵は5月下旬頃からサクラなどへ約25個ずつ生み付けられる。成虫の一部は産卵後に死ぬが、越冬する個体もいて人家などへ入ってくる。

 越冬個体は、スギやヒノキなどの花粉を餌に活動を活発化させ、果樹園などへ飛来する。そのため花粉量の多い年には、カメムシ類の被害も多くなる傾向がある。

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クサギカメムシに関する日本、中国、韓国の論分数の伸び。1970年代から増え始め、2000年代に入ってから急増していることがわかる。Via:Doo-Hyung Lee, et al., "Review of the Biology, Ecology, and Management of Halyomorpha halys (Hemiptera: Pentatomidae) in China, Japan, and the Republic of Korea." Population Ecology, Vol.42, No.4, 2013

 クサギカメムシの駆除はなかなか困難で、森林を主に生息域とし、果樹などへ飛来して被害を与えてもずっとそこへとどまるわけではなく、殺虫剤の散布が効果的ではないからだ。天敵である寄生バチ(Trissolcus halyomorphae)の利用による駆除も考えられているが、ある種の波長の光を嫌う性質があるので夜間に黄色の蛍光灯を点灯させて侵入を防ぐなどして対策をとっているようだ。

 家屋へ侵入した成虫を駆除すると、その際にコリアンダー臭の刺激的な悪臭(trans-2-decenalとtrans-2-octenalなどのトランス-2-ヘキセナール)を放つ。そのため、屋内での駆除も難しい。

 今回、ニュージーランドの港で発見されたクサギカメムシは600匹近くで、そのうち12匹は生きていたという。ニュージーランド経済研究所(NZIER)の試算では、こうした外来のカメムシなどの病害虫による特産のキウイフルーツや洋ナシなどへの果樹被害は、2038年までの20年間に4450億円に達するとしている。

 中古車の輸入は、ニュージーランドにとって重要な貿易品目となっている。なぜなら、ニュージーランドはすでに国産車の製造を終えているからだ。日本に限らず中古車は米国などからも輸入するが、すでにクサギカメムシは米国でも広く分布するようになっているため、日本の農林水産省にあたるニュージーランドの第一次産業省(The Ministry for Primary Industries、MPI)は神経を尖らせ、臭い探索犬を使うなどして監視に当たっている。

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日本からニュージーランドへの中古車輸出の伸び。2017年は前年比110.6%(12万2329台→13万5238台)増えている。単位=台。Via:日本中古車輸出協同組合の統計より筆者がグラフ化

 クサギカメムシの成虫は、越冬時に車のソファなどへ潜り込むため、駆除はなかなか困難だ。今回の騒動でニュージーランドは1万台以上の車を輸入できなかったわけだが、すでに次のニュージーランド向け中古車輸送船が日本で出港を待っている最中だという。

※1:"Halyomorpha halys (Stal)(Heteroptera: Pentatomidae): a polyphagous plant pest from Asia newly detected in North America." Proceedings of the Entomological Society of Washington, Vol.105, No.1, 225-237, 2003

※2:Doo-Hyung Lee, et al., "Review of the Biology, Ecology, and Management of Halyomorpha halys (Hemiptera: Pentatomidae) in China, Japan, and the Republic of Korea." Population Ecology, Vol.42, No.4, 2013

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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