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タバコを吸うと「膵臓がん」のリスクがハネ上がる

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 有名人がある病気で亡くなると、その病気が社会的に大きな関心を集めることがよくある。その病気と闘い抜いた故人のためにも、関心を持つ人はその病気について理解し、予防してリスクを少しでも下げ、早期発見診断・早期治療へつなげるべきだろう。

 ちょっと前は肺腺がんに注目が集まっていたが、今はやはり膵臓がんに対する関心が高い。膵臓がんは、発生率が比較的低いわりに死亡率が高いが、その理由は治療しても予後が悪く、生存率が低いからだ。

膵臓がんも早期診断・早期治療

 日本の場合、膵臓がんの年間の死亡数は男性1万7100人(がん全体に占める割合8%)、女性1万6600人(11%)で罹患率は男性が、死亡率は女性がそれぞれ少し高い(※1)。また、膵臓がんは年齢により発生率が高くなる傾向がある。

 外科手術を含めた治療を開始してからの5年生存率(相対生存率)は、ステージIで41.2%、IIで18.3%、IIIで6.1%、IVで1.4%、全症例9.2%となっている(※2)。胃がんがそれぞれ98.1%、66.4%、47.3%、7.3%、74.5%(※2)となっているから膵臓がんの予後が悪いことがわかるだろう。

 ただ、治療法も日々進化していることもあり、やはり早期の発見治療が重要となる。また、生存率は平均数値であり、個々の患者それぞれで大きく異なる。外科手術以外の治療法も進化しつつあり、手術や放射線療法、抗がん剤などを組み合わせた治療法により、生存率も少しずつ上がりつつあるので諦めずに治療を続けることが大事だ(※3)。

 膵臓がんのリスクを高める要因には、慢性の膵炎や糖尿病、膵臓がんにかかった遺伝的に近い血縁者の存在、そして肥満や喫煙、飲酒などがある。遺伝的要因も無視できないが、膵臓がんは発生率が国ごとに異なり、環境要因も大きいと考えられている。

 膵臓がんに限らず予防と早期発見が重要となるが、膵臓がんの場合、遺伝的な要因以外にかかりやすい生活習慣や環境があるということになる。だから、そのリスク認識があるとないとで、早期診断が難しいとされる膵臓がんの発見に影響を与える可能性は捨てきれない。

少しでもリスクを下げるために

 膵臓がんに対する喫煙の影響は、世界の全症例の約25%と見積もられている(※4)。また、膵臓がんと喫煙の関係を調査研究した82の論文を比較検討したシステマティックレビュー(※5)によれば、非喫煙者と比べると喫煙者の膵臓がんリスクは約75%増え、仮に禁煙しても最低10年間はリスクは下がらない。

 ただ、国ごとに要因が異なるため、日本における調査研究に注目してみよう。1997年の死亡データをもとに1988〜1990年にかけて40〜79歳(11万792人、男性4万6465人、女性6万4327人)の喫煙とその他の生活習慣について自己記入のアンケート調査から膵臓がんとの関連性を調べたコホート研究(※6)によれば、この期間に膵臓がんで亡くなったのは225人であり、年齢や肥満度、糖尿病と胆嚢疾患の病歴などを調整して統計分析した結果、男性で1.6倍、女性で1.7倍、喫煙者のほうが膵臓がんのリスク(相対危険度、relative risk、RR)が高かった。

 同じ研究調査によれば、1日40本以上タバコを吸う男性の場合、3.3倍にリスク(相対危険度)がハネ上がる。だが、10年以上の禁煙で喫煙に関するリスクは約15%減少していくようだ。

 ちなみに、糖尿病と胆嚢疾患は膵臓がんのリスクを上げる。日本人男性の場合、喫煙は明らかな危険因子であり、喫煙に飲酒が絡むと胆嚢がんのリスクがやや上がることがわかっている(※7)。

 これは米国での調査研究(※8)だが、膵臓がんの場合、喫煙と他の因子との相互作用があり、膵臓がんにかかった血縁者の存在とヘビースモーカーの関係は調整オッズ比(AOR)で最大12.8倍(女性、1日20本×20年以上の喫煙歴)、糖尿病との関係は最大9.3倍(女性、同喫煙歴)とそれぞれ高くなった。また、1日あたり60ミリリットル以上の飲酒は単独で膵臓がんのリスク因子となり、喫煙と遺伝、糖尿病、飲酒などが重なるとリスクはハネ上がる。

 膵臓がんに限らず、喫煙関連疾患は多い。がんは早期発見診断・早期治療が要諦となる。自分の遺伝的環境や生活習慣を認識し、少しでもリスクを下げるべきであり、タバコは自分ですぐに避けることのできる最大最悪の単独リスク因子だ。

※1:公益財団法人がん研究振興財団「がんの統計'16」(PDF)より。

※2:全国がんセンター協議会「全がん協 部位別臨床病期別 5年相対生存率(2006-2008年 診断症例)」:相対生存率とは「性、年齢分布、診断年が異なる集団において、がん患者の予後を比較するために、がん患者について計測した生存率(実測生存率)を、対象者と同じ性・年齢分布をもつ日本人の期待生存確率で割ったもの」。

※3:Christopher L. Wolfgang, et al., "Recent progress in pancreatic cancer." CA: A Cancer Journal for Clinicians, Vol.63, Issue5, 318-348, 2013

※4:Albert B.Lowenfels, et al., "Epidemiology and risk factors for pancreatic cancer." Best Practice & Research Clinical Gastroenterology, Vol.20, Issue2, 197-209, 2006

※5:Simona Iodice, et al., "Tobacco and the risk of pancreatic cancer: a review and meta-analysis." Langenbeck's Archives of Surgery, Vol.393, Issue4, 535-545, 2008

※6:Yingsong Lin, et al., "A prospective cohort study of cigarette smoking and pancreatic cancer in Japan." Cancer Causes & Control, Vol.13, Issue3, 249-254, 2002

※7:Kiyoko Yagyu, et al., "Cigarette smoking, alcohol drinking and the risk of gallbladder cancer death:a prospective cohort study in Japan." International Journal of Cancer, Vol.122, Issue4, 924-929, 2008

※8:Manal M. Hassan, et al., "Risk Factors for Pancreatic Cancer: Case-Control Study." American Journal of Gastroenterol, Vol.102(12), 2696-2707, 2007

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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