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タバコ会社が自ら「健康への害」を大々的にキャンペーン

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
全米のテレビにタバコの害についてこうしたCMが流れる

 11月26日から全米で、大手タバコ会社自身が「タバコが健康に対して有害である」ことを示すテレビCMや新聞広告を出す。米国では1970年に議会がタバコのCMをテレビやラジオで流すことを禁じたが、これは実に約50年ぶりのテレビCMになる。

長年、嘘をついてきたタバコ会社

 だが、今回は商品の売り込みではなく、ネガティブなキャンペーンを会社自身がやるわけだ。テレビのCMは週に5回、1年間(52週)、新聞広告は50州で数ヵ月間に5回掲載される。

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このような文言が11月26日から52週、全米のテレビに流れる。文字と音声だけの映像になりそうだが、あまりにも魅力のない無味乾燥な内容で訴求効果がない、といった批判もある。※イラスト素材:いらすとや

 このキャンペーンは、もちろんタバコ会社が自ら喜んでやるものではない。米国におけるタバコ被害の訴訟は1950年代から行われてきたが、タバコ会社側の情報開示がなく、喫煙の影響を長期にわたって追跡した研究調査もなかったため、訴えは退けられまたは敗訴し続けてきた。

 その潮目が変わったのが1990年代だ。以前の記事でも書いたが、タバコ会社の研究担当副社長が「タバコ会社は害を知りつつ隠蔽してきた事実」を内部告発し、その後、全米各地で州政府がタバコ会社を相手取った訴訟を起こすことになる。その結果、タバコ企業側は続々と敗訴または原告側に有利な和解を迫られた。

 例えば1994年、ミネソタ州における裁判(筆者注:PDF)では、タバコ会社の隠蔽と陰謀が医学的・科学的な調査から明らかになり、彼らが出していた研究論文などが全て虚偽に満ちていたものだったことがわかった。フィリップ・モリス・インターナショナルなどのタバコ会社は3500万ページ分の内部資料を公開させられ、その内容が決定的なものだったのだ。裁判所は和解を勧告し、タバコ会社に対し、若者への広告訴求や一般向けの映画表現やテレビなどでの宣伝を禁じ、2億ドルを禁煙サポートやタバコの健康被害研究などへ拠出するよう求めた。

 各州での成果を踏まえ、米国司法省(Department of Justice)は1999年、喫煙によって生じた医療費の返還を求めて各タバコ会社を訴えた。そして今から約10年前の2006年、米国地方裁判所のグラディス・ケスラー(Gladys Kessler)判事は、医療費請求は棄却したもののタバコ会社の欺まん性を指弾し、自ら過去の過ちを悔い改め、タバコの健康への害を明らかにし、ニコチンの中毒性や受動喫煙を含めた喫煙の危険性を広く知らしめるよう勧告(筆者注:1683ページのPDF)した。

莫大な宣伝費に比べれば微々たるもの

 タバコ会社は控訴したが米国控訴裁判所(United States Courts of Appeals)は訴えを棄却し、タバコ会社の責任を認める。だが、その後にタバコ規制当局が食品医薬品局(FDA)になったため、タバコ会社は2006年の司法判断は無効と主張。この悪足掻きに対しても2011年にワシントンDCの地方裁判所が棄却した。内容の摺り合わせに10年以上がかけられた結果、タバコ会社はケスラー判事の勧告を受け入れ、今回のネガティブ・キャンペーンになった、というわけだ。

 テレビCMや新聞広告などの費用は、全てフィリップ・モリス・インターナショナルの親会社アルトリア(Altria)グループとブリティッシュ・アメリカン・タバコの米国部門R.J.レイノルズ(Reynolds)タバコ・カンパニーが持つ。表明しなければならない主な項目は以下の通りだ。

・喫煙は、殺人やエイズ、自殺、薬物、自動車事故、アルコールなどの全ての死者を合わせたよりも多くの人を殺している。

・喫煙は、ニコチンの中毒性により習慣化する。

・アルトリア、R.J.レイノルズ、ロリラード・タバコ・カンパニー、フィリップ・モリス・インターナショナルは、タバコの中毒性を増すための意図的な広告をしてきた。

・すべてのタバコは、がん、肺疾患、心臓疾患、などの原因になり、「ライト」や「ロータール」などの表示に意味はない。

・受動喫煙は、非喫煙者に肺がんや心血管疾患を引き起こし、乳幼児突然死症候群の原因となり、急性呼吸器感染症、中耳炎、喘息、肺機能低下を引き起こすリスクを高める。

・さらされる受動喫煙に安全なレベルはない。

 ようするに、長年にわたって嘘をついてきたタバコ会社に対するペナルティということになるが、米国でタバコ会社は宣伝費用に年間約8900億円(約80億ドル)も出しているとされ、今回のキャンペーンにかかる費用はタバコ会社が得ている利益に比べればごくわずか(数十億円:数千万ドル程度)だ。費用的には痛痒を感じないレベルだが、タバコに対するネガティブな印象を喚起する効果は大きいだろう。

 一方、日本のJTは、上記のように米国のタバコ会社がはっきり確認している受動喫煙の害を認めていない。また、日本では未だにテレビでJTなどのタバコ会社がCMをうっている。

 日本も加盟するWHO FCTC(WHO Framework Convention on Tobacco Control、たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約)では、こうしたタバコ会社の宣伝行為を禁じているが、受動喫煙防止対策強化がなかなか進まないように日本はタバコ規制に対して消極的と言われる。それはテレビや新聞・雑誌などのマスメディア、広告会社にタバコ会社から莫大な広告料が支払われていることと無縁ではない。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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