日航ジャンボ機はなぜ「尾翼」がなくても飛び続けられたのか

(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

 今日、8月12日は32年前の1985年、羽田発大阪行きの日航ジャンボ123便が御巣鷹山に墜落した日だ。中年以上の人は「あの日」に自分が何をしていたか、よく覚えているのではないだろうか。

 筆者は、渋谷のバーで飲みながら仕事の打ち合わせをしていたが、店のママが突然「キューちゃん死んじゃった」と叫び始めた。キューちゃんとは坂本九のことだ。彼と旧知の間柄だったママらと一緒に、店でテレビのニュース速報を見て彼も犠牲者となった事故のことを知った。

垂直尾翼の破損が主原因か

 乗客乗員524名のうち520名が亡くなった事故(重傷4名)がなぜ起きたのか、いまだに諸説紛々としているが、国土交通省の運輸安全委員会がまとめた「日本航空123便の御巣鷹山墜落事故に係る航空事故調査報告書についての解説」によれば、1978(昭和53)年に同機が尻もち事故を起こし、その際に後部圧力隔壁に不適切な修理が施され、事故当日の飛行時に客室の与圧に耐えきれず、隔壁から尾部構造への損傷へつながり、垂直尾翼と油圧操縦系統の損壊が起きた。その結果、飛行性能の低下をまねき、操縦機能を喪失して墜落したことになっている。

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事故を起こした機の尾翼部分。墜落地点で発見されたのが尾翼の前縁下部のみだったのがわかる。「付図-27 J垂直尾翼損壊図」:国土交通省運輸安全委員会「日本航空123便の御巣鷹山墜落事故に係る航空事故調査報告書」より

 当時、新聞報道などでは、垂直尾翼を喪失した航空機がどんなことになるか解説していた。その中に使われていた用語で記憶に残っているのが「ダッチロール(Dutch Roll)」という言葉だ。オランダ人をあらわす「ダッチ」のついた言葉は多いが、これは酔っ払ったオランダ人が左右によろめきながら歩く様子から、航空機が左右に大きく振られながら不安定に飛行する状態を言うらしい。

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垂直尾翼(Vertical Tail、VT)の損傷割合による航空機の安定度を示した図。右のグラフは翼の仰角(-5度から20度)による安定度の変化で、垂直尾翼が喪失されるほど不安定になる。左のグラフは機首のふらつき角度の変化を示し、ヨーイング(頭を振るような左右方向の挙動)から横滑りを戻す。垂直尾翼損失の割合で安定性が著しく損なわれている。

尾翼喪失後、約32分間も飛行を継続

 事故を起こした日航ジャンボ機は、このダッチロールと激しい周期的な上下動である「フゴイド(Phugoid)運動」が生じていた。ダッチロール状態は、正常な航空機でも横滑りを起こし、主翼が左右に大きく傾けば生じる。だが、垂直尾翼を喪失した同機を正常に操縦することは難しく、こうした不安定な挙動を繰り返すことになる。

 下の図は同機の飛行経路の略図だが、伊豆半島にさしかかる手前で事故が起き、この際に垂直尾翼が破損したと考えられている。その後、操縦士らが羽田へ引き返そうと必死に操縦を試みた。操縦室から垂直尾翼のほとんどを喪失してしまっていることがわからなかったからだ。18時24分の事故発生から18時56分30秒の墜落まで、約32分の間、同機は飛行を続けた。

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同機の航路略図。離陸から12分後の18時24分に事故が発生し、18時56分30秒に墜落した。約32分の間、同機は飛行を続けた。「付図-1 JA8119飛行経路略図」:国土交通省運輸安全委員会「日本航空123便の御巣鷹山墜落事故に係る航空事故調査報告書」より

 垂直尾翼を喪失した航空機による事故は、アメリカン航空587便によるものが知られている(乗客乗員と墜落地点で巻き込まれた住人の計265名が死亡)。この事故は2001年11月12日、アメリカン航空のエアバスA300が米国ジョン・F・ケネディ空港を離陸した直後、前の便の後方乱気流によって操縦ミスを起こし、垂直尾翼がこの操縦操作に耐えきれずに損傷したことが原因とされている。

 また、米国空軍のB52が垂直尾翼のほとんどを損落したという事故もある。1964年1月10日、試験飛行中のB52は米国カンザス州ウィチタを飛び立ち、ロッキー山脈上空で乱気流に遭遇し、あやうく墜落しかけたが、操縦士はなんとかコントロールを保った。その後、F100戦闘機が救援に飛行し、外部からB52の損傷を報告すると、垂直尾翼がなくなっていることがわかる。操縦士は自機の状況を把握し、地上と連携しつつアーカンソー州ブライスビル空軍基地へ同機を戻し、事故から6時間後に無事に着陸させることに成功した。

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このB52Hは、垂直尾翼を破損したものの、油圧系統などのコントロール機能は残っていた。画像提供:アメリカ空軍(USAF)

油圧系統も喪失していたジャンボ機

 垂直尾翼を失っても航空機を飛行させることは不可能ではないが、日航ジャンボ機の場合、全ての油圧の喪失を示していたことが大きかった。音声記録には航空機関士(当時は正副操縦士と航法などをする航空機関士の3名搭乗)の「ハイドロプレッシャーオールロス(油圧全て喪失)」という声が残されている。

 エンジンと電気系統は無事だったが、油圧系統は全く使えなかったことで主翼や水平尾翼の昇降舵(スタビライザー)が機能せず、B52のケースとは異なっていた。また事故を起こした日には、埼玉県上空に南西の風が、また秩父市上空で北東の強風が吹いており、同機はあらゆるコントロール機能を喪失した上にこれらの風にあおられ、迷走を続けた。

 現在の航空機ではこれらの事故を教訓にして油圧系統が全て喪失されないようなフェイルセーフを備えているが、ほぼ機体のコントロール機能を失い、垂直尾翼がなくなっているということさえわからず、エンジンスロットル調整やランディングギア昇降による空気抵抗などを駆使し、なんとか最後まで飛行を続けたクルーたちは賞賛されていい。

 だが、航空機の安全運航を目指す以上、けっして起こしてはならない事故だったのは明かだ。もし、垂直尾翼喪失をコックピットが知り得ていたら、という仮定の話をしても仕方ない。個人の技量には限界がある。原因となった修理ミスはもちろん、垂直尾翼と油圧機能を喪失するようなことを含め、あらゆる事故を繰り返してはならないのだ。

 この8月12日になると、慰霊登山などが報道される。だが、いくら時間が経っても事故が風化することはない。改めて犠牲者のご冥福をお祈りします。