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エイリアン「ヒアリ」の移動を考える

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

咬まれると火傷したように激しい痛みを感じる「ヒアリ」が国内で初めて発見され、環境省や国際港湾を持つ神戸市などの自治体が警告を発している。すでに台湾やマレーシア、中国沿岸部などでみられ、日本への侵入も時間の問題と水際で食い止める対策が強化されてきた。

ヒアリやその対処法については、榎木英介氏の「『ヒアリ』上陸〜正しく怖がるために知っておくべきこと」で詳しく紹介されているし、環境省のHP「ストップ・ザ・ヒアリ(PDF)」でも紹介されている。噛まれた際の治療などについては、これらの情報を参照して欲しい。

アリは人類とともに適応放散した

ところで、ヒアリを含むこうしたアリの遠距離「移動」について、新しい論文が発表された(※1)。これは、スイスの研究者たちが世界に生息する241種の「エイリアンアリ(alien ant)」の分布データをまとめた研究だ。このエイリアンアリというのは、人間の移動や物品の輸送などの媒介行為により、本来の生息域の範囲外へ分布を広げたアリのことだ。

これらのエイリアンアリはそれぞれ、女王が複数か単数か、巣の構造の種類、巣の集団の規模、熱帯か温帯か樹木か地面かなどの生息域などで分けられ、空間的分布(本来の生息域と移動した先の距離、その種が分布した国の数などの面積)のパターンに当てはめられた。

さらに、人類の活動とエイリアンアリの分布の変化の関係を調べるため、世界貿易の総額(各国の輸出入額)を世界の総額GDPで割った数値である「貿易開放」という経済指標を使って比較分析した。貿易額のデータは、実に1870(明治3)年から2010(平成22)年までのものを使っているが、これらのデータがない1750年からのアリの移動についても調べている。

この研究によれば、エイリアンアリは大きく4つのタイプに分けられる。本来の生息域から距離的に移動しないタイプ、やや離れた地域的な分布拡大を示したタイプ、そして大陸を横断するようなタイプ(ヒアリはこのタイプだ)、最後に地球規模で移動するタイプだ。

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主な三種類のアリの分布。発見地が丸印、国別にグレーで色分けされている。上段の「Brachyponera sennaarensis」はアフリカから中東にかけて分布する一般的なアリ。中段の「Solenopsis invicta」がヒアリ(Red imported fire ant)だ。生態に関係する気温と雨量のため、中緯度地域に広がっている。下段の「Tapinoma melanocephalum」は世界中に広く分布するアリ(和名:アワテコヌカアリ?)で、害虫として知られている。このアリは家の中へ侵入して砂糖などを食い荒らし、病院では感染菌の運び屋となっている。Figure:Via:C Bertelsmeier, et al., "Recent human history governs global ant invasion dynamics." nature Ecology & Evolution, 1, 22 June 2014

また、これらのタイプの中で36種について、1750年以降の移動を調べてみた結果、人類の経済的な活動や移動、戦争などの事象と重ね合わされることを発見したと言う。

たとえば、第一波の大きな移動は19世紀半ばの産業革命の頃に始まり、1914(大正3)年から1918(大正7)年の第一次世界大戦を経ても移動が続き、1929(昭和4)年の世界大恐慌で人類の経済活動が低迷するとようやくアリの移動も終息した。次に大きな移動の波は、1939(昭和14)年から1945(昭和20)年の第二次世界大戦から始まって現在に至るまで続いている。また、世界規模で大陸や海を越えて分布を広げたエイリアンアリは、小型の種が多く、多様な環境下で生息できる特徴を備えている、と研究者たちは言う。

ヒアリは温帯か亜熱帯の乾燥地を好む

ヒアリの「世界進出」は、2011年の時点で世界の75カ所で2144カ所の巣が発見され、これらは南米から9つの経路で各地へ進出してきた。ヒアリの主な供給源となっているのは、米国南部の地域らしい。さらに、米国南部からカリフォルニア州を経由し、台湾へ至る経路では連続したヒアリの侵攻が確認されている(※2)。

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ヒアリの分布と拡大。原産地は南米のブラジルなど。1942(昭和17)年に米国の南部で初めて観察され、その後、プエルトリコなどのカリブ海諸地域へ広がり、2001(平成13)年にはマレーシアやオーストラリアで発見される。さらに、2004(平成16)年には台湾とニュージーランドで、2005(平成17)年には中国へ侵入した。環境省の「ストップ・ザ・ヒアリ」より。どうでもいいが環境省の担当者は江口寿史のファンかもしれない。

ヒアリの大きさは体長2.5ミリ〜6ミリと幅がある。ヒアリの生態研究(※3)によれば、低温になる高緯度地域では生息に適さず、22℃から36℃の気温で最も活発に活動するようだ。また、気温だけでなく、乾燥状態によっても生息が制限されるため、あまり雨が多い湿潤な地域には適さないらしい。

大きなアリ塚を作るのもヒアリの特徴だ。乾いた開放的な土地を好み、高さ90センチにも達するアリ塚を形成する。環境省によれば、日本のアリの在来種でヒアリのように大きな蟻塚を土の上に作る種はいないそうだ。また、もしヒアリや巣らしきものを発見したら、触らずに地方環境事務所等に通報して欲しい。

なぜ、エイリアンと化したアリは、新たな生存環境で分布範囲を広げることができるのだろうか。研究者らは、移動先の新たな生態系で種間競争を回避できるため、共生を強めて成功を収めるのではないか、と推測する(※4)。ヒアリも競争相手のいない新天地で先住のアブラムシを捕食者から守りつつ、共生相手の彼らから利益を得てコロニーを形成することができるのだ(※5)。逆に言えば、侵入地に生態の似たアリがいてコンペティターになれば、エイリアンアリは定着しにくいと言える。

特定外来生物のアリはヒアリ以外にも、攻撃性が高く根絶が厄介なアルゼンチンアリ(すでに国内各地で繁殖を確認)、これも攻撃的で咬まれるとアナフィラキシーショックを引き起こすアカカミアリなどがいる。人類の移動や経済、戦争などにより、生態系は大きく影響を受けてきた。すでにセアカゴケグモは、ごく普通に我々の近くで見られるようになっている。ヒアリもそうならないように、今のうちに水際で食い止めることが重要だ。

※続報:国土交通省は6月23日、最初に発見された神戸港以外の主要港で「ヒアリ」の確認はできなかった、と発表した。ヒアリ発見後に、神戸港で見つかったアカカミアリなど、別種の外来アリに関する報告もなかった、という。

※続報:環境省によると、6月17日にフィリピンから大阪市住之江区の南港に到着したコンテナに、アカカミアリが数匹いるのが見つかった、とのことだ(6月27日)。

※続報:環境省は6月30日、名古屋港・鍋田ふ頭(愛知県弥富市)のコンテナターミナルで7匹のヒアリを確認した、と発表した。国内では兵庫県尼崎市、神戸港に続き3カ所目となる。このコンテナを運んでいた船は、名古屋港のほか、東京の青海コンテナふ頭、横浜の本牧ふ頭、福岡県の門司港に寄港していたとのことだ。

※続報:環境省は7月6日「ヒアリに関する諸情報について」を出した。

※1:Cleo Bertelsmeier, Sebastien Ollier, Andrew Liebhold & Laurent Keller, "Recent human history governs global ant invasion dynamics." nature Ecology & Evolution, 1, 22 June 2014

※2:Marina S. Ascunce, et al., "Global Invasion History of the Fire Ant Solenopsis invicta." Science, Vol.331, 6020, 1066-1068, 2011

※3:"Foraging in Solenopsis invicta (Hymenoptera: Formicidae): Effects of Weather and Season." Environmental Entomology, 16(3),1987

※3:Lloyd W. MorrisonEmail authorSanford D. PorterEric DanielsMichael D. Korzukhin, "Potential Global Range Expansion of the Invasive Fire Ant, Solenopsis invicta." Biological Invasions, Vol.6, Issue2, 183-191, 2004

※4:Shawn M. Wildera, et al., "Intercontinental differences in resource use reveal the importance of mutualisms in fire ant invasions." PNAS, Vol.108, No.51, 2011

※5:Ian Kaplan, Micky D. Eubanks, "Disruption of Cotton Aphid (Homoptera: Aphididae)-Natural Enemy Dynamics by Red Imported Fire Ants (Hymenoptera: Formicidae)." Environmental Entomology, 31(6), 2002

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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