大今良時が「週刊少年マガジン」で連載しているマンガ『不滅のあなたへ』のTVアニメが放映中だ。

■あらすじでおもしろさを伝えるのは難しい

どんな話なのか?

まず、球体が誕生する。

球体は刺激を受けるとその物体をコピーし、模倣する能力を持っている(ただし、生物に関しては、オリジナルが死ぬまでコピーできない)。

球体は、ある少年の飼う狼となり行動し、少年亡き後は、その少年の姿になってさまざまな人と出会い、徐々に人間としての感情と能力、常識を身に付けていく。

そして何度死んでも蘇ることから「フシ」と名付けられる。

フシの目的は「世界を保存すること」――黒服の男はそう語るが、「世界を保存する」が意味することは謎だ。

『不滅のあなたへ』は、何も知らないフシが人々と出会い、別れ行くなかでアイデンティティを探求し、生の意味を求める物語だ。

不死身で、お金や食べ物を無限に複製でき、姿を変えられるフシには、たくさんの人物が利用しようと近づいてくる。

そんななかでも信じられる存在を守るためにフシは生きる。

だが、フシを殺してフシが保存した人物を、人々が持つ記憶ごと奪う「ノック」と呼ばれる敵が現れ、フシたちに襲い来る。

攻撃の手は徐々に強まり、戦闘は大規模になっていく。

ノックを退けるため、フシは自らの複製能力を拡張し、さらには多様な勢力と協力するようになっていく。

一応の筋立てはこうだ。だが、あらすじを聞いても、おそらく何がおもしろいのかは伝わらないだろう。

■先行作品の記憶を呼び起こすが…

本作は「生きるとは?」「記憶とは?」「死とは何か? 何をもって死とみなすのか?」「人はなぜ争い、誰かを守りたいと思うのか――どうせいつかは誰もが死に、忘れ去られていくのに」といった問いを多面的に投げかける。

その過程で、いくつもの過去の名作の記憶を刺激する。

たとえば、不死者が戦うさまを描いた沙村広明『無限の住人』。

さまざまな時代と場所を壮大なスケールで描いていく手つきからは手塚治虫『火の鳥』。

人間に寄生してフシと人類にコミュニケーションを試みるノックの姿は、岩明均『寄生獣』。

フシは人間のみならず狼や熊、モグラやフクロウにも変身し、無数の武器・火器を使ってノックと戦うが、その様子は原作者・大今がコミカライズを手がけた冲方丁『マルドゥック・スクランブル』のウフコックが、ふだんはネズミの姿だがさまざまな兵器になることができたことを想起させる。

フシは人間のために戦うが、その異形さゆえに「悪魔」扱いされることからは永井豪『デビルマン』。

人間に擬態して成り代わる生きものの物語といえばジャック・フィニイ『盗まれた街』以来、無数に描かれてきたが、筆者がこの作品ともっとも近いと感じた作品は、不死の生物がさまざまな生物になりきって地球のことを学び、人類の感情や振る舞いを学んでいくジョー・ホールドマンのSF小説『擬態』だ。

だがこれらいずれとも異なる地点をめざしていることが、読み進めるうちにわかってくる。

■「すべてが記録される時代」に人間の生はどう変容するか?

筆者は本作を「超大容量ハードディスクが人間のような感情を持ち、人間活動に関わるようになったら?」という話として読んだ。

いまや多くのデータが記録され、記録されたデータはコピーできる。

文字、画像、動画だけでなく、3Dプリンタを使えば立体物も複製できる。

今後、人類は大容量記録とデータ複製をますます、より多様な領域で可能にしていく。

そんな記録=複製媒体が意識を持ち、人間を助けるために行動し始めたら?

フシはそういう存在だ。

誰かが死んでも、その人に関する記憶を別の誰かが持ち続けるかぎりは、その人に関する記憶は生きている。

しかし誰かに関する記憶が、その人を知るすべての人から失われたとき、その人は二度目の死を遂げる。

それに抗うには文字や絵、写真や動画などで記録しておくしかない。

だが、それらは情報が欠落した不完全なものとならざるをえない。

――これがそれまでの人類の常識だった。

ところがフシは死なず、強い刺激を受けた物や食べ物は複製でき、生きものならその姿になれる。

フシが記録した複製可能な存在は、永久に死ななくなることに等しい。

フシが記録できる範囲はどんどん広がり、自然物や建造物、街全体すら複製可能になる。

1960年代には「意識の拡張」が謳われ、人々はホールアース(全地球的)な認識を獲得した。フシは60年代の夢さながらに自らの意識を自然と調和させ、地球と一体化させていく。それはニューエイジ的な精神世界の話ではない。

フシは一体化させたものを複製できる。

そうやって情報を蓄積した無数の自然物、建造物、武器、人々を縦横無尽に取り出し活動するフシの姿は、暦本純一が提唱する「人間拡張」(テクノロジーにより人間の能力を拡張し、接続しあい、いつでもどこでも利用可能なものとして遍在化させること)の行き着くだろう世界に似ている。

しかし一方で、現実世界に目をやれば、記録・複製・利用可能な範囲の増殖は、気味が悪いこととも思われている。

2019年の紅白歌合戦に出場したAI美空ひばりをめぐる議論やいわゆる「忘れられる権利」の存在、あるいは人々のライフログが国家に筒抜けの監視社会化が進む隣国のことを考えると、蓄積されたデータの勝手な利用を食い止め、記録を消し去ること、記録が消えていくことは、すべてが必ずしも悪ではない。

とすれば、保存と無断複製を続けるフシが正義と言えるのか、消し去ろうとするノックのほうが自然の摂理にかなっているのかは、微妙なところだ。

『不滅のあなたへ』は「すべてが記録され、複製され、第三者によって利用される時代」が訪れたときに何が起こるかを描いた寓話である。