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『愛の不時着』『梨泰院クラス』人気が画期的な理由 日本における韓国ドラマビジネスの変化とは?

飯田一史ライター
Netflixアプリ上に表示されるランキングより(2020/05/17付け)

Netflixで独占配信中の韓国ドラマ『愛の不時着』『梨泰院クラス』が日本でも若い世代を中心に人気を呼んでいる。これは日本における韓国ドラマビジネス史上、画期的なことだ。どんな変化が起こっているのか?

■「日本の若者が韓ドラにハマる」のは新しい現象だ

『愛の不時着』は、韓国の女性起業家がパラグライダー中に悪天候に巻き込まれて北朝鮮に不時着。そこで北の兵士と恋に落ちるという物語で、主人公の女性が北の兵士から逃げるために地雷原をものともせずに突っ走ったり、北の兵士たちがみんなダメダメだったりという思わず突っ込みたくなるコミカルな要素もあって序盤から目が離せなくなる。

『梨泰院クラス』は韓国のウェブトゥーン(フルカラー縦スクロールマンガ)が原作(日本ではカカオジャパンが運営するマンガアプリ「ピッコマ」にて『六本木クラス』というタイトルで登場人物名や地名が日本ローカライズされて配信中)。韓国最大の外食企業「長家(チャンガ)」に勤める父がその経営者の息子に交通事故で殺されるも、代理の犯人を仕立てられ、もみ消されたことから長家の会長とその息子への復習に燃える主人公が、「甘い夜」を意味する居酒屋「タンバム」を始め、仲間とともに長家を超える企業へと歩みを進める様子を描いた物語だ。

どちらもめっぽう面白く、日本でも数々の著名人が絶賛し、Netflixの人気ランキング上では両作ともに連日トップクラスの順位となっている。

このことの何が画期的か?

日本において韓国ドラマは、若者が好んで観るものではなかったからである。

■おもしろければヒットするのは当たり前、ではない――従来型ウィンドウとその問題点

周知のように、日本における第一次韓流ブームは『冬のソナタ』(日本では2003年から放映)に始まった。

韓ドラは中高年女性を主たるターゲットとしてビジネスが展開されてきた。

しかもそのウィンドウ(1つのコンテンツを期間をずらして複数の媒体に登場させる戦略)は、長らく固定されてきた。

まずCSの「KNTV」などの専門チャンネルで放映し、次にDVDを販売し、DVDレンタルを始め、地上波で流す……というのが基本だ。

つまり最速で日本語で観たいという熱心なファンは有料のCSチャンネルを契約し、お金を払うまででもないという層は韓国での放映から2,3年遅れで日中放送されるものを観る、というものになっていた。

地上波の韓ドラのほとんどは、生徒・学生や社会人がリアルタイムで視聴できる時間帯には放送しておらず、挿入されるCMは多くが中高年向けの健康食品のものだ。

いくら内容がおもしろくても、日本の若者が自然と観ようと思うような環境にはなかった。

■NetflixやAbemaの登場で流れが変わった

筆者は以前、サイバーエージェントが運営する動画配信サービスABEMA(旧AbemaTV)の「韓流・華流チャンネル」「K WORLD」という韓国コンテンツを配信するチャンネルのプロデューサーに取材したことがある。

Abema上では韓ドラ『あやしいパートナー』などが中高年女性以外にもっと若い10代~20代のユーザーを多数獲得しているが、韓国のテレビ局の人間はAbemaの視聴属性のデータを見て「こんなに若い子が観ているんですか?」と驚いたという。

もともと韓ドラ関係者の中には『冬ソナ』から20年近く経ち、「日本での韓国ドラマのファンの平均年齢が上昇してきた」という危機感があったそうだが、前述した従来型ウィンドウでは新規に若年層を開拓することは難しかった。

そこに若いユーザーを持つAbema――従来型ウィンドウの最後に位置し、韓国での初放映から2,3年後に韓ドラのライトユーザー層向けに配信――、そして従来型ウィンドウをすっ飛ばしていきなり全世界同時配信権を買うNetflixが登場してきたことで、景色が変わりつつある。

中身がよくてもウィンドウの問題で特定層以外には届きにくかったコンテンツが、広い層に届くようになってきた。

K-POPや韓国のファッション、コスメ、食に続いて、韓ドラが日本でも若者向けポップカルチャーのひとつになりつつある。

このことはポン・ジュノ監督の映画『パラサイト』がアカデミー賞作品賞を受賞したことに比べれば大きなニュースになるものではないが、5年10年単位で見た場合には、日本の(そしてアジアの)映像産業やサブカルチャーに対して決して小さくない影響を及ぼすだろう。

『愛の不時着』はある種の誤配が生んだ奇跡のラブストーリーだが、この作品自体がもたらす影響もまた、思わぬところにまで飛んでいく気がしてならない。

参考:『梨泰院クラス』原作マンガも配信するピッコマのAWARD2020に見る韓国ウェブトゥーン人気の高まり

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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