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本屋大賞翻訳部門1位『アーモンド』と大賞『流浪の月』の共通点とは?

飯田一史ライター
本屋大賞公式サイトより

2020年本屋大賞翻訳小説部門でソン・ウォンピョン『アーモンド』が第1位に輝いた。

この作品は、同年(つまり今年)の本屋大賞・大賞受賞作である凪良ゆう『流浪の月』はテーマ的に近しいものがある。

その共通点とは何か? 以下、簡単に作品を紹介しながらその現代性について考えてみたい。

■あらすじ――感情を感じられない少年と、本心とは異なる感情を周囲に巻き散らかして生きる少年の物語

『アーモンド』は、生まれつき人より大脳辺縁系に位置する扁桃体という部分が小さく、感情の起伏がほとんどまったくない少年ユンジェを主人公とし、身近で凄惨な事件が起こっても悲しみも怒りも抱くことのない彼が、幸福とはいえない幼少期をすごしたことでつねに周囲を威嚇し、強がって生きているゴニと出会い、徐々に、しかし決定的に変化していくさまを描いた韓国文学である。

■『流浪の月』とどこが通じ合っているのか?

この作品は『流浪の月』と似た部分がある。

『流浪の月』は、8歳の女児・更紗に声をかけて共同生活を送ったことで「小児性愛者の誘拐犯」と世間に指さされた男子大学生・文と、「さらわれて、犯人にひどい目に遭わされた」「洗脳された」と思われている更紗の、いわく言いがたい信頼関係を描いた作品だ。

両作は、誰からも理解されない人間同士だけが、周囲が勝手に貼っているレッテルや噂に左右されずに向き合い、お互いのことを理解しあう、という点で似ている。

片方は先天的に多くの人間とは異なる身体的特徴を持っており、片方は愛着なき家庭環境で育っている、という点も交通している。

興味本位の表層的な情報はあっという間に人々のあいだを駆け巡るけれども、心の深いところにまで踏み込んでくる人間はほとんどいない――その孤独感と、自分をわかってくれ、変えてくれる存在に出会えたというかけがえのなさを、両作は描く。

■いま、何を考えさせてくれるのか?

真偽不明な情報が洪水のように押し寄せ、人を不安にさせ、感情的にさせる昨今である。

フィルターバブルなどというものがなくても、先天的な遺伝によって、あるいは後天的な環境の影響で、人の認知は大きく違う。

人によって見えている世界は大きく異なるが、しかし、それに気付き、「このひとにはどんな風に世界が見えていて、どうしてそんなことをするのか」に想いを巡らせることは難しい。

表面的な情報と一方的な思い込みをもとに他人に感情をぶつけてしまうことは、人間である以上、避けられない。

しかし交流するなかで、自分の想像が及ばなかったこと、認識が間違っていた部分に気づき、相手のことをより深く知る。人間はそういうこともできる――そういうスタンス、そういうレベルでのコミュニケーションが今求められていることを、両作品がこのタイミングで同時に受賞したという事実が教えてくれている。

参考:本屋大賞受賞作『流浪の月』の読みどころとは?

2020年本屋大賞ノミネート10作をざっくり紹介

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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