ジュリアン・アサンジやオノ・ヨーコの本を刊行するニューヨークの小出版社ができるまで

(写真:アフロ)

アメリカなんかで出版されてしまったら、次は大学のテキストブックとして読まれるようになってしまう。

――ヘンリー・ミラー

 

『ベストセラーはもういらない ニューヨーク生まれ 返本ゼロの出版社』というタイトルから、どんな本を想像するだろう?

著:秦隆司
著:秦隆司

日本と米国の出版ビジネスの違いを比較しながら、NYでの成功事例を分析したもの?

そういう内容は、終盤10%くらいしか本書には書かれていない。

ではどんな本なのか?

1960年代から現代までの、ニューヨークの文学系出版界の一角を、数人のキーパーソンを軸にエピソードを重ねて描いたものである。

中心となるのは、物議を醸す小説を多数刊行・翻訳出版してきたグローブ・プレスの編集者を経て、「WikiLeaks」創設者ジュリアン・アサンジやオノ・ヨーコの本を刊行するORブックスを設立したジョン・オークスの物語だ。

オークスは「ベストセラーを出すために、売れる作家たちに多額のアドバンス(出版前の契約金)を支払い、大量に印刷・配本すれば、いつか大ヒット作画出る」というアメリカ出版界の体質がイヤだった。

また、経営者として、予想が難しく、資金繰りを困難にする本の返品問題からも解放されたかった。

だから電子書籍とオンデマンド出版、およびライツ販売(ハードカバー出版権などを売る)のみの「返品のない」出版社を立ち上げた。

そういう意味では、タイトルは間違いではない。

しかし繰り返すが、オークスの「現在」に至るまでのNYの文学の出版人たちの話が本の中核なのである。

彼のほかに他に登場するのは、

・トム・ウルフやトルーマン・カポーティらと並んでニュージャーナリズムの旗手として名を馳せたゲイ・タリーズ

・アメリカでカフカの本を出版したことと同じくらいにジャック・ケルアックやジョージ・オーウェル、ウラジーミル・ナボコフらの出版を断ったことでも有名な出版人アルフレッド・クノッフ

・サミュエル・ベケットやウィリアム・バロウズ、ジャン・ジュネ、大江健三郎、マルキ・ド・サドなどの作品を出版し、わいせつな文章であるとして輸入禁止になっていたヘンリー・ミラー『北回帰線』のアメリカでの出版を進めるために、同様に輸入禁止となっていたD・H

・ローレンス『チャタレイの恋人』の無修正版を出版するべく法廷で争う(ローレンスをいわば当て馬に使った……)など挑戦的な姿勢を貫いたグローブ・プレスの社主バーニー・ロセット

といった具合だ。

したがって基本的には、アメリカ東海岸の文学史/出版史/文化史に関心のある人間が読むべき本だ。

 

日本の出版業界人が、自分たちのビジネスの参考にするために買っても肩すかしを喰らうだろう。

オークスが小さな版元ながら年間100万ドルを売り上げるためにしているプロモーション施策は「メディアにメールを送り、書評家に手紙を書き、本を送り、時には直接会いも」すること、メーリングリストを活用すること、というありふれたものだからだ。

 

ただ、本稿で名前を書き連ねてきた人々(やその作品)のマインドに共感する人ならば、勇気づけられるだろう。

 

もうひとつ。

電子とオンデマンドを軸にした版元に関するこの本を、一般的には「電子書籍に関する事業をしている会社」とみなされているであろうボイジャーが、電子だけでなく紙の本も「版元」として、編集し、発行している点が、メタ的というか、読者や書き手、出版界に対する立場表明になっているであろう点も、記しておきたい。