紙の雑誌からマンガアプリへの移行は何を変えるのか?稀勢の里にラオウの化粧まわしを贈ったあの会社に訊く
リラックマ(サンエックス)やハローキティ(サンリオ)などのグッズやゲームを手がけるイマジニアが『北斗の拳』や『ワカコ酒』を手がけるマンガ版元コアミックスと組んでマンガアプリ「マンガほっと」をリリースした。
マンガは紙ベースからアプリファーストになるとどう変わっていくのか?
また、マンガほっとは、コアミックス社長・堀江信彦氏と稀勢の里に親交があったため、横綱昇進に際して『北斗の拳』に登場する”拳王”ラオウとケンシロウ、トキの絵を化粧まわしにし、同時に懸賞幕も作り、そこにアプリ名が書かれた――国技の土俵にマンガアプリの名が掲げられた史上初の存在となり、公式サイト上から「横綱に応援メッセージを送ろう!」という“拳王軍キャンペーン”が展開された。
「横綱」「ラオウ」「マンガアプリ」という結びつきそうもない単語が結びついたこの謎の企画はいかにして誕生したのか?
■「立ち読み」の場が書店からアプリに移行したのが今のマンガアプリである
――2017年6月1日にリリースされた「マンガほっと」は、コアミックスのマンガ作品やそのボイスマンガなどを配信して、ライフ(1ライフで1話を1回読める)が1日2回4ライフずつ配布・回復する基本無料のマンガアプリになっています。
花田健(コアミックス電子戦略部次長)いくつかのマンガアプリ同様、アプリでは基本無料で読んでいただいて、紙・電子問わずコミックスやグッズを買ってもらうというのが基本的なビジネスモデルですね。昔は本屋さんで雑誌もコミックスもガンガン立ち読みできた時代がありましたよね。それで「おもしろい」と思ったらガマンできなくて買っちゃったりして。そういう意味では、マンガで「入り口が無料」なのは、時代が変わってもいっしょだと思うんです。もちろん、アプリはデジタルなので、読まれた実数が全部見えちゃうのが違うところですけど。
――紙の雑誌やコミックスを中心にした状態からアプリをプラスオンすることで変わったことはありますか?
花田今までは電子コミックスを作るときも、もろもろ取次さんに渡してお任せするだけだったので、ファイルのちゃんとした納品体制自体ができていなかったんです。納品やチェック作業にどのくらいの時間がかかるのかも把握できていなかったですし、「アプリで配信するなら1回分は長くて20ページくらいがいいから月刊誌の原稿なら1話を2回か3回に分割しなきゃいけないものもあるね」とか「もとがカラーの原稿は単行本化するときにモノクロに処理していたものでも、やっぱりアプリではカラーで載っけようよ」とか「そもそも管理するためのファイルの名前の付け方や管理のルールを決めないと」といったことまで、行ったり来たりしながら……イマジニアさんには負担をおかけしました。
あとはご提案いただいて、やりとりにslackを使い始めるようになりました。「プロモーションの話題」「コンテンツの話題」とか6部屋くらいに分けて、スマホでも閲覧・書き込みするようになって、弊社の人間もだいぶ使いこなせるようになりました。ITの世界の人にとっては当たり前でしょうが、「slackってやりとりが可視化されて、便利だなあ」と今さらわかりました(笑)。
――アナログな世界から急速にIT化、デジタル対応してきたと。
■アプリのレギュレーションでは相撲マンガのお尻も要修正なのか!?
――紙でマンガをやられていた方からはよく、アプリになるとAppleやGoogleによる表現のレギュレーションに戸惑うという話も聞きますが、いかがですか。
花田そうですね。コアミックスでは紙の「コミックゼノン」だけでなくてウェブマンガサイト「WEBコミックぜにょん」やpixivコミック上で「ゼノンピクシブ」もやってきましたが、アプリの場合「性表現の部分でNGだ」といきなり連絡が来るという話は聞いていたので、あらかじめレギュレーションに引っかかるかもしれないと思った作品は配信予定に入れなかったり、危なそうな部分には修正したりしたんですけど……。
――そういう連絡があった、と……。
花田断っておけば、うちは基本的に、性欲を解消するためのマンガは作っていないんです。だけど、たとえばマンガのなかに登場する「マンガ家がエロマンガ家のアシスタントとしてエッチなシーンを描くことを指示される」という部分を修正するなど、思っていた以上に修正が必要になりました。
宇野智之(イマジニア株式会社モバイルメディア事業本部スマホビジネス事業部事業部長)リリース 前日の夜中まで、必死で直していましたよね。slackで延々やりとりして(笑)。
花田一度「ダメ」と判断すると自主規制のハードルが上がってしまって、「あれもダメか?」とか思い始めて、『北斗の拳』でもマミヤがレイにやられて胸がはだける有名なシーンも修正しましたし、中学生の男の子のお尻まで消したんですよ。夜通し作業しているうちに疑心暗鬼がエスカレートして、稀勢の里についてマンガ化した『横綱覇王伝説 稀勢の里』の予告編も配信予定でしたから「これはもう、山田俊明先生が作画された稀勢の里のお尻にも修正を入れなきゃいけないんじゃないか?」、最悪「関取の下乳トル」とかってやらなきゃいけなくなるんじゃないかと思いましたからね。
――(笑)。
宇野必死で一生懸命修正しているなかに花田さんがslackに「横綱のお尻は大丈夫でしょうか?」みたいな投稿をされて、みんなで笑っていましたね。
■アプリ界の常識がマンガづくりに反映されていく
――ほかにアナログベースからアプリに移行するにあたって、変化したことはありますか?
花田たくさんありますよ。たとえばアプリのアイコンひとつにしても、たくさんパターンを作って、アドネットワークにいろいろ出してもらってクリックのコンバージョンがどうかという検証してもらうというのも、アプリ業界では常識だったと思いますが、僕ら紙でマンガをやってきた人間にとっては非常に刺激的です。
配信作品のランキングもおもしろくて、「無料ではこれが読まれるのか」とか「このマンガが課金されるのか」というのが日次でわかりますから、これは絶対に作品づくりに活かしていけるなと。有名なジャンプのアンケートシステムには功罪あったと思いますけれども、ああいうものが週次どころかリアルタイムでわかる。しかも今まではアンケートハガキの数と売上しかわからなかったけれども、もっといろいろな数字がわかる。
週刊マンガ誌時代は小さいチャレンジと小さい失敗を頻度高くできて、そのなかでいけそうな芽を見つけやすかったんです。それが最近だと、月刊誌と数ヶ月に1回出せる単行本のペースで勝つか負けるかだけをやってきたので、なかなかチャレンジが難しくなってきていました。そこにアプリがあると、トライの回数自体が増やせる。これも大きい変化だと思います。
宇野まずはアプリのお作法に沿って、最初はあまり機能を詰め込まないようにしていますが、マンガに関するさまざまな情報が流れてくる「タイムライン機能」もアプリならではだと思いますし、マンガアプリとしては新しいものかなと思っています。
■マンガ本編のみならず、作品づくりの裏側を見せる「タイムライン」機能
――アプリを拝見すると「タイムライン」というタブでは「編集部制作記」とかインタビュー企画「漫画家デビューに迫る! 漫画がはじめて載った日」、新刊情報や舞台化などの情報が表示されますね。
花田たしかにそれも、今まではやっていなかったけれども、アプリになって気軽にやれるようになった部分ですね。
――この機能はどういう意図のものなんですか?
花田うちの会社のストロングポイントはなんだろうと考えたときに「作家と近いこと」だろうと。なんといっても『北斗の拳』の原(哲夫)さん、『シティーハンター』の北条(司)さん、『よろしくメカドック』の次原(隆二)さんといったマンガ家が役員の会社ですから。
実際、作家さんにはアプリリリースに合わせてお祝いイラストを描いていただけましたし(1枚約20円の有料チケットを使うと閲覧できる「とっておき」というものになっています)、Twitterとかでも積極的に拡散してくれて、まるで自分の会社を応援するみたいに応援してくれる作家さんが多くて。ありがたいですね。
話を戻すと、タイムライン機能でやりたかったことは、編集者が作家さんと打ち合わせしたときの様子とか、ネームや色校といったマンガの制作過程では必ず発生するけれども表には出ないもの、僕らにとっては日常だけれどもファンは見ることがなかったものをお見せすることで、おもしろがってもらえたらなということなんです。
宇野僕らの方から言ったんです。「それ、見たいですよ!」って。
――僕、以前『読者ハ読ムナ(笑)』という本の取材で藤田和日郎先生の『うしおととら』の原型となった『神剣破壊』のボツになったネームをノート18冊分見せていただいたことがあるんです。「これがとらの元になったキャラクターか。最初は弱っちい感じだったんだな」とか「連載が始まってから、ここでボツになったネタがかたちを変えて復活しているのか」とかわかって、すごくおもしろかったです。
花田そういうものも見たいんだ、それがわかるとおもしろいんだ、ということに今まで僕らは気づいていなかった。編集者や作家さんが、今まで作り終わったら誰にも見せずに捨ててきたようなネームやラフ、色校、打ち合わせの風景なんかにも価値があるのかもしれない、と。作家さんにマイナスにならない範囲で作品の裏側を見せることで、作品・作家との距離を縮めてもらえたらなと思ったんです。
配信作品のなかには、こうの史代先生の作品づくりの過程を載せている『「ヒジヤマさん」のタネと花』という企画もあるんですけど、これも、ファンの人は楽しんでくれるだろうし、マンガ家志望の人には参考になるんじゃないかなと思ってやってみています。
ひとまず僕らのほうで「これがいいのでは」と思ったことは提供したので、あとは使ってくださる方の声を聞きつつ、形を変えていければなと。
宇野めざすは「作家と読者が日本一近いマンガアプリ」ですから、読者さんの声を活かしていける企画も考えています。マンガアプリとしては後発も後発なので、振り切った企画、新しいこと、ゲリラ的なことをチャレンジングにやっていかなきゃと。
花田そこのゴールはお互い最初からズレていないんです。ITを使えばマンガにできることってもっとあるんだろうなと思いますし、イマジニアさんに外側から見てもらうことで、編集者が毎日作家さんとコミュニケーション取っているメリットを活かした新しい何かが生み出せたらなと。
――たしかに、「マンガアプリ」だからといって「マンガを読む」ことしかできないと、ユーザー的にはどうしても作品や作家さん、編集部との距離が遠い気がしますもんね。
■ラオウの顔に「ほっと」する!?
――「ユーザーの声を活かしたい」とのことですが、どういう方に使ってほしいですか?
宇野今のところセグメントは切っていません。まずはいろんな方に使っていただきたいと思っています。
花田もちろんコアファンはほしいと思っているんですけれども、マニアックにはしたくないんです。フラットに見てもらいたいなと。これはうちの会社の方針なんですが、たとえばお父さんお母さんがコミックスを買ってきてリビングに置いてあって子どもが読んでも楽しめるし、その逆もしかり、というのが理想なんです。
――気まずくなったりしないと。強いていえば「そういう楽しみ方を好む人」が想定ユーザーという感じでしょうか。そのあたりに「マンガほっと」という名前の由来もある?
花田「マンガほっと」というネーミングはイマジニア案ですね。うちのマンガを見てもらったときに、原哲夫的な「熱い(HOT)」ものと、『ワカコ酒』的な「ほっとする」ものがあるなというダブルミーニングで。アプリ名はお互いたくさん出し合いました。「マンガZ」とか……「マンガにゃん」とか(笑)。
宇野作者と読者が一番近いアプリということで「マンガファン」とか、いろいろありました。
――今は変わっていますが、リリース当初のアイコン、稀勢の里の化粧まわしに使われた『北斗の拳』のラオウのごつい表情の絵を背景に、やわらかい「マンガほっと」というロゴが入っていて、インパクトがありました(笑)。
■マンガアプリのティザーサイトで「稀勢の里にメッセージを!」という謎企画はなぜ生まれたのか?
――稀勢の里と言えば、3月場所のケガを押しての優勝、5月場所土俵入りでコアミックスさんが贈った『北斗の拳』ラオウ化粧まわしの着用、そしてさらに、「マンガほっと」のティザーサイトとTwitter上で横綱に応援メッセージを送れる「拳王軍キャンペーン」なるものが始まったときには「アプリと横綱に何の関係があるんだ???」と度肝を抜かれたのですが……。
花田ちょうど化粧まわしに使う絵を選びに稀勢の里が弊社にいらしているときに、宇野さんも打ち合わせで来ていたんですよ。
宇野「マジすか!」って興奮していたんですけども……。
花田打ち合わせに熱中していたら、稀勢の里が帰られてしまっていたという。
――(笑)。
宇野一目見たかったですね……。でも、相撲の懸賞幕でマンガアプリの名前が出たのは「マンガほっと」が初じゃないですか?たしか「化粧まわしを贈る時期とアプリを始めるタイミングがたまたま重なったのも何かの縁だし、いっしょにできたほうがいいんじゃないか?」とコアミックス代表の堀江(信彦)さんからお話をいただいて、拳王軍キャンペーンなどをやろうとなったんですよね。
花田普通、アプリの事前登録サイトは二週間くらい前から開けるのがセオリーらしいんですが、稀勢の里優勝からのもろもろがあって、五月場所開始に合わせでアプリリリースの一ヶ月前からティザーサイトをオープンしていただいて。……だいぶムリを言いました(笑)。
宇野大変でしたけど、お祭り感があって楽しかったですね。
花田残念ながら稀勢の里は5月場所を途中休場してしまいましたが、その後、稀勢の里の横でケンシロウの懸賞幕を付けていた稀勢の里の弟弟子である田子ノ浦部屋・高安が大関昇進を果たしたのも、「兄から弟へ」という『北斗の拳』的な展開があって、アツかったですね。
■ジャンプの最高部数を超えるダウンロード数をめざす
――今後の展望は?
宇野中長期では653万ダウンロードですかね(笑)。最盛期の「ジャンプ」の部数を抜く、と。
花田うちの社長の堀江が「ジャンプ」が一番部数があった653万部だったときの編集長なので、アプリのダウンロード数では勝ちたいなと(笑)。DL数がすべてではないんですけど、そういう報告をしたいなと。
――イマジニアさんは中国のWeChatや韓国のカカオトークなどのメッセンジャーサービス用にスタンプを提供しているそうですが、コアミックス作品が御社を通じて中韓に進出するという可能性もあるのでしょうか?
宇野もちろん、著者さんとコアミックスさんがよければぜひやっていきたいです。
花田いま、中国からはマンガの翻訳出版だけでなくて、映像化、ゲーム化などの引きがすごく多いですね。
宇野弊社は上海に事業所を置き、中国人スタッフも数名いてドラマのサイマル配信の仲介・翻訳をやったりしています。マンガやデジタルコンテンツに関しても具体的に話を進められればなと。中国といえば海賊版ばかりというイメージが強いですが、日本の実写やアニメは人気があり、最近はお金を払って正規のライセンスを取ってやりたいというところが増えています。
花田韓国で『シティーハンター』がドラマ化されたものが中国でも放映されて、それを観てくれた中国の方からまたオファーが来たりといったことがあるのですが、そういう流れをもっと作れればなと思っています。
宇野もちろんそれは先の話で、直近はひとりでも多くの人にダウンロードしてもらって、マンガを読んでもらえることを第一にやっていきます!
インタビュー前編はこちら。