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祝・ミシュラン一つ星! 「銀座 八五」がラーメンに“タレ”を使わない理由

井手隊長ラーメンライター/ミュージシャン
「銀座 八五」の中華そば

グルメガイド誌「ミシュランガイド東京」の最新版『ミシュランガイド東京2022』(12月3日発売)の掲載店が11月30日に発表された。

「ミシュランガイド」はタイヤメーカーのミシュランが発行する、おいしい飲食店・レストランなどを紹介するガイドブック。ここで「星」を獲得すると日本中のみならず世界にもその名が知られる。

一つ星:そのカテゴリでとくにおいしい料理

二つ星:遠回りしても訪れる価値のあるすばらしい料理

三つ星:そのために旅行する価値のある卓越した料理

今までに『ミシュランガイド東京』のラーメン部門で「一つ星」を獲得したお店は3店しかなく、昨年は2店(「創作麺工房 鳴龍」、「SOBAHOUSE 金色不如帰 新宿御苑本店」)の掲載だった。今回の最新版では、新たなお店が1つ加わり、ラーメン部門では一つ星が3店となった。

今回新たに一つ星に輝いたお店は「中華そば 銀座 八五」である。

中華そば 銀座 八五
中華そば 銀座 八五

「銀座 八五」は京都全日空ホテル(現・ANAクラウンプラザホテル京都)の元総料理長・松村康史さんが立ち上げたお店。

松村さんはホテルの料理人としての36年のキャリアにピリオドを打ち、人生最後のステージに選んだのが“ラーメン”だった。2015年3月に水道橋に「中華そば 勝本」をオープンし、そのキャリアをスタートした。「銀座 八五」は松村さんが立ち上げた3店舗目のお店である。

「ホテル時代は高級なフレンチを作ってきましたが、一方で、もっと安い値段で美味しいものを提供してみたいという思いが強くありました。

ラーメンは昔から好きで食べてきましたが、1000円で誰もが美味しく幸せになれるというのは素晴らしいことです。55歳からのチャレンジは賭けではありましたが、今までの料理技術を使ってラーメンを作ってみたいと思い立ちました」(松村さん)

長年フレンチで腕を磨いてきた松村さんだったが、ラーメン作りはそう簡単ではなかった。

美味しいブイヨンは作れるのだが、スープが上品すぎると“ラーメン”として旨くならない。今までの技術では考えられない、えぐみや雑味がラーメンの核となることも分かってきた。試行錯誤の末、松村さんはフレンチの技法を封印してラーメンを作ることにした。

松村康史さん
松村康史さん

「水道橋の『中華そば 勝本』では煮干しの醤油ラーメンにチャレンジしました。こういったラーメンを作れない職人ではラーメン界にも失礼だと思い、まずはフレンチを忘れて基礎から学んで味を作り上げました。

開店から2年ほどである程度のレベルに持ってこられたので、今度は今までにないラーメンを作ってみたいなと思ったんです。そこで考えたのが醤油・塩・味噌に次ぐ“第4のタレ”を作ることです」(松村さん)

ラーメンというのは、丼にタレを入れ、スープを注いで、麺と具を入れて仕上げるのが基本的な作り方である。

今までにないラーメンは、醤油・塩・味噌ではない新たなタレを開発することで完成するのではという仮説からスタートした。

「“第4のタレ”を見つけようと決めたものの、苦戦しましたね。辛いラーメンが流行っているのでそれも考えましたが、これは“味”ではないなと。

結局、試行錯誤の結果、スープが美味しければタレはいらないのではというところに行き着いたんです」(松村さん)

「勝本」をオープンする時にぶつかったスープの壁。タレを使わずに“ラーメン”として成り立つスープとは何なのか。松村さんは一度諦めかけた、フレンチの技法のすべてを使ったスープ作りにチャレンジした。

名古屋コーチンと鴨をメインに、昆布、椎茸、イタヤ貝、ドライトマトなど様々な食材の味を重ね、中華の上湯スープの技法を応用して、生ハムのダシで味を調えた。こうして完成したのが「銀座 八五」のラーメンだった。

中華そば
中華そば

「ラーメンとしてのインパクトを出すためにはタレは必須と言われてきました。

一方で、『饗 くろ喜』『宍道湖しじみ中華蕎麦 琥珀』のように食材の味が生きたラーメンが近年は人気を博しています。これからの時代はこのような“素材を生かしたラーメン”というのが一つのジャンルとして成熟していくと思います。

『八五』のラーメンは“タレを使わないラーメン”とよく評されますが、どちらかというと“素材を生かしたラーメン”として作り上げたものなのです」(松村さん)

松村さんの培ったフレンチの技法のすべてを尽くした一杯だが、見た目には正統派のオールドスタイル。

見た目はノスタルジックなラーメンにまとめているが、作る工程や中身に技術のすべてが詰まっている。

「昭和の時代からラーメンが好きだった私としては、他にはないラーメンを作りたいと言いつつも、“奇をてらった”ラーメンは作りたくない。具材もチャーシュー、メンマ、ネギ、玉子だけでいい。

昔からあるラーメンのような見た目で、食べてみると『あ、何か違う』と思わせる一杯をこれからも作ろうと思っています」

松村さん(左)と筆者
松村さん(左)と筆者

ミシュランガイドの評価基準は以下の5つ。

1. 素材の質

2. 料理技術の高さ

3. 独創性

4. 価値に見合った価格

5. つねに安定した料理全体の一貫性

「八五」のラーメンはまさにこの5つすべてを兼ね備えたものである。ミシュランの星が全てではないが、「八五」が獲らずしてどこが獲るのかというぐらいの未知の美味しさだ。

「料理人として43年間やってきまして、今回の受賞は本当に嬉しいです。

お客様・食材・生産者・関連業者の皆様・スタッフに改めて感謝申し上げます。

美味しいラーメンは、人を笑顔にして幸せを感じていただけるものだと思って、これからもラーメン業界の発展のため精進して頑張っていきます」(松村さん)

「八五」の店名は「八=富士山」の「五=五合目」のいう意味で名づけられた。松村さんとしてもまだ道半ばだという。これから松村さんがどういうラーメンを作っていくのか。期待したい。

※写真はすべて筆者による撮影

ラーメンライター/ミュージシャン

全国47都道府県のラーメンを食べ歩くラーメンライター。東洋経済オンライン、AERA dot.など連載のほか、テレビ番組出演・監修、コンテスト審査員、イベントMCなどで活躍中。 自身のインターネット番組、ブログ、Twitter、Facebookなどでも定期的にラーメン情報を発信。ミュージシャンとして、サザンオールスターズのトリビュートバンド「井手隊長バンド」や、昭和歌謡・オールディーズユニット「フカイデカフェ」でも活動。本の要約サービス フライヤー 執行役員、「読者が選ぶビジネス書グランプリ」事務局長も務める。

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