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持続可能な日本の食料システムを実現するために EU並みに真摯な食品ロス削減対策を

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
徳島県上勝町八重地の棚田とかやぶき民家(株式会社office 3.11撮影)

*本記事は『SDGs世界レポート』(1)〜(87)の連載が終了するにあたって、2022年11月1日に配信した『ほころびた食料システムの処方箋(日本)#1 SDGs世界レポート(84)』を、当時の内容に追記して編集したものです。

総務省によると、2022年9月の消費者物価指数は前年同月比で3.0%上昇。ここまで物価が上昇したのは消費増税の影響を除くと31年ぶりのことだ(1)。2023年3月の消費者物価指数は、前年同月比で3.2%上昇している。

帝国データバンクは、年内に値上げされる食品の値上げ率平均と、総務省の二人以上世帯の消費支出データを基に、食品の値上げによる家計負担額は年間68,760円になると試算している(2)。

しかし、輸入商社は食品スーパーなどへ販売する価格を年間契約で決めていることが多く、費用上昇分の全額を売価に反映することができないという(3)。日本農業法人協会が、2022年5月10日〜18日にかけて全国2,080の農業法人を対象に、ロシアのウクライナ侵攻や円安などの物価高騰について行った調査がある。農業法人の98%は、前年(1-5月)と比べて燃油・肥料・飼料価格が「高騰」または「値上がり」していると感じているが、96%は価格転嫁が「できていない」という現状が明らかになっている。価格転嫁ができない主な理由は、「農業者サイドの価格交渉力が弱い」、「食品製造・流通業等サイドのバイイングパワーが強い」から、というものだ(4)。

2022年10月には約6,699品目の食品が値上げされ「値上げの秋」となっているが、果たしてこれで全部なのだろうか。2022年10月16日付の日本経済新聞は、「円相場が145円程度の水準を維持し続けた場合、2022年度の世帯(2人以上)支出額は全体の平均で21年度に比べて8万1674円増える。これは政府の輸入小麦の価格抑制策などを反映させており、それがなければ10万円以上負担が増える計算になる」と報じている(5)。

欧米では消費者物価指数が10%前後の物価高がつづいている。日本は3%程度に抑えられているが、価格に転嫁できない日本の苦しい状況を物語っているように思えてならない。政府は物価上昇を抑制しようと39兆円もの巨額の財政支出を伴う経済対策を示している。

国費をつぎ込んで物価上昇を抑えるのではなく、食料システムに関わる生産から小売にいたるまでのすべてのセクションが円滑に価格転嫁を行い、商品に価格変動をきちんと反映させる。そして、それと同時に誰もがきちんと食料を入手できるような社会保障体制を整えることこそ必要なのではないだろうか。

食料システムのほころび

京都大学人文科学研究所准教授の藤原辰史さんは、2022年3月5日付の朝日新聞でこう指摘している(6)。

「(日本では)食卓のほとんどの食材が化石燃料に依存しています。また、食用油は、CO2を吸収して貯蔵する熱帯林を大規模に破壊して作られている場合が多い。食料を生産し、運び、消費するという一連の流れ『フードシステム』は、気候変動と密接に結びついています。日本が輸入して消費する食品の多くが、熱帯林を破壊しないと安く大量に作れない仕組みの上で作られています」

マレーシアやインドネシアでは熱帯雨林が焼き払われてアブラヤシ農園がつくられ、そのアブラヤシからつくられるパーム油は加工食品や洗剤の原料として日本に輸入されている。ブラジルではサバンナやアマゾンの熱帯雨林が切り開かれ大規模な大豆農園がつくられている。そしてブラジルは日本にとって米国に次ぐ第2位の大豆供給国である。

東京大学大学院総合文化研究科准教授の斎藤幸平さんは、マガジンハウスの情報誌『Hanako』のインタビューで次のように語っている(7)。

「途上国の土地を奪って、先進国の人々が食べる牛の飼料やアボカドを作っている。そして、ファストフードが安いハンバーガーやサラダを提供している。この仕組みをドラスティックに変えない限り、生活の中での節制や努力だけではSDGsの目標達成は遠いでしょう。企業から個人まで、SDGsとされる取り組みについて、私たちは常に検証し、本質を見抜こうとする態度を持っておくべきです。」

筆者は「ほころびた食料システムの処方箋」と題して世界各国の取り組みを報告してきた(8,9)。

日本の食料システムのほころびはどこにあり、どうしたら地球温暖化に加担することなく、食料安全保障を高め、持続可能な食料システムに転換させることができるのだろう。

食料安定供給の問題点

まず、農林水産省が2022年6月に公表した「食料の安定供給に関するリスク検証」をみてみよう(10)。

これは日本の農林水産物・食品の安定供給に影響を与える国内と海外の25のリスクを対象に、「起こりやすさ」と「影響度」をもとに分析したものだ。

・日本の食料供給は、輸入上位4カ国(米国・カナダ・豪州・ブラジル)に48%を依存しており、特定国への過度な依存となっている。国産化の推進とこれら主要輸入先との関係を維持していくことが必要不可欠

・飼料穀物と小麦、大豆、なたねなど輸入食料の「価格高騰」と「その起こりやすさ」は「重要なリスク」

・国内生産については、労働力・後継者不足が「重要なリスク」

・燃油と肥料の価格高騰も「重要なリスク」

・地球温暖化は「注意すべきリスク」

なぜ日本の食料自給率は低下しているのか?

農林水産省は2021年産の主食用米の需要量が702万トンだったと発表した。8年連続で前年を下まわり、2022年産にいたっては需要量が692万トンと700万トンを切る見通しだ。新米が出まわる前(6月末)の民間在庫量は213〜217万トンで、余剰感が意識される200万トンを超えている。つまり、日本では米の需要は年々減少傾向にあり、生産が余剰になっているということだ。原因は一人当たりの消費量や人口減少等の影響だとしている(11)。

日本の農地面積も1961年から2021年の60年間に609万haから435万haに3割弱減少している。耕作放棄地の増加や宅地への転用が原因だという。現状のままだと2030年には農地面積が392万haまで減少すると予測されている。一方、そのままでは作物の栽培ができない「荒廃農地」の面積は2020年時点で28.2万ha。耕作放棄地は放置後、時間がたてばたつほど農地への復元が難しくなり、すでに7割弱は再生困難な状態にあるという(12)。

また、専業農家は1985年から2020年までの35年間に347万人から136万人に減少し、年齢構成も60代が39万人、70代以上が70万人で、全体の80%を占めており、農業従事者の高齢化も進んでいる(13)。

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の山下一仁氏は、著書『日本が飢える!』(幻冬舎新書、2022)で、米の減反政策について「40年以上も水田を水田として利用しないどころか、食料安全保障や水資源涵養、洪水防止といった多面的機能に必要な水田を潰してきた」と指摘している。

東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授は、著書『農業消滅』(平凡社新書、2021)で、「貿易自由化の進展と食料自給率の低下には明瞭な関係がある」と述べている。1962年に81あった輸入数量制限品目が現在の5まで減る間に、食料自給率は76パーセントから38パーセントまで低下していること。また、OECD(経済協力開発機構)のデータによれば、日本の農産物の関税率は11.7パーセントと低く、多くの農産物輸出国の2分の1から4分の1程度であること。日本の農業補助金は先進国の中で最も低いことが日本の農業衰退に影響していることを指摘している。

その上で、鈴木宣弘教授は次のように主張する。

「農産物の貿易自由化は農家が困るだけで、消費者にはメリットだ、と考える人がいる。だが、(中略)輸入農産物が『安い、安い』と言っているうちに、エストロゲンなどの成長ホルモン、成長促進剤のラクトパミン、遺伝子組み換え(GM)、除草剤の残留、イマザリルなどの防カビ剤と、リスク満載のものが大量に日本に入ってくることになるのだ。これを食べ続けて病気になる確率が上昇するなら、明らかに安いのではなく、こんなにも高くつくものはない」

東京農業大学名誉教授で発酵学と醸造学の権威である小泉武夫先生は、特に94%を輸入に依存する大豆の食料自給率について次のように憂えている。

「日本の食文化の原点の一つは大豆です。味噌、醤油は大豆がなければできませんから、大豆がなくなると日本の調味料の原点が失われることになります。同時に納豆や豆腐もなくなってしまいます。だから、日本人本来の食べもの、つまり和食を中心とした民族の食が消えてしまうわけです」

農林水産省によると、2021年時点で主な大豆の供給国は米国(76%)、ブラジル(15%)、カナダ(8%)となっている(14)。つまり、わたしたちが日頃口にしている、しょうゆ、みそ、豆腐、納豆などの大豆製品は米国産大豆でつくられている可能性が高く、2020年時点で米国の大豆生産量の94%は遺伝子組み換えであったことを考えると、日本人は米国産の遺伝子組み換え大豆を使った食品をそうとは知らずにせっせと食べているのかもしれない(米国市場向けは有機大豆である)。はたしてこれを日本の食文化と誇っていいのだろうか?

日本で食料危機は起こるか?

FAO(国連食糧農業機関)によると、食料安全保障のためには、食料の(1)入手可能性、(2)アクセス、(3)利用、(4)安定性の4つの条件がすべてそろっている必要があるという。自分の住んでいるところに十分な食料があるか?スーパーや市場で合法的に食料を入手できるか?安定して食料を入手し、利用できるか?

そして食料危機に陥る原因としてあげられるのは、(1)紛争、(2)自然災害、(3)経済の停滞や低迷の3つである。紛争が起こり、道路が封鎖されたり、爆撃を受けているような状況下では食料を入手できないし、干ばつや大洪水に見舞われたら食料生産が被害を受ける。貧困状態にあれば、食料を買うこともできない。

鈴木宣弘教授は、2008年の世界食料危機は、干ばつなど気候災害による不作の影響というよりも、食料輸出国による輸出規制や、他国の関税を削減させ、食料輸出国からの食料輸入に依存させるという米国の食料戦略による「人災」の側面が強かったことを指摘している(15)。

山下一仁氏は、日本の主な小麦供給国である米国、カナダ、オーストラリアを引き合いに、「これらの主要輸出国では、生産量の相当部分が輸出に向けられており、生産量がかなり減っても余力はある。そして価格上昇時こそ主要輸出国にとって稼ぎ時であり、このときに輸出制限をするようなことはしない」と、輸出規制による日本の食料危機を否定している(16)。

ただし、台湾有事や日本が海上封鎖され、物理的に海外からの輸入が止まった場合、食料自給率の低い日本では深刻な食料危機が起こると予測している。

日本は食料危機にどう備えるべきか?

山下氏は、日本が食料危機に備える上で以下のことをすべきだと提言している(17)。

「食料危機への対応は、短期的には平時の国内生産と備蓄、中長期的には食料増産である。最も効果的な食料安全保障政策は、減反廃止による米の増産とこれによる輸出である。平時には米を輸出し、生産量を大幅に増やす。平時の米輸出は、危機時のための米備蓄と農地の確保の役割を果たす。日本政府は、財政負担を行なって米や輸入麦などの備蓄を行なっているが、輸出は財政負担の要らない無償の備蓄の役割を果たす。同時に米の増産によって農地など農業資源の確保もできる。そして有事に輸入が途絶えた時には、輸出にまわしていた米を食べて飢えをしのぐとともに、米輸出によって維持された農地でカロリーの高いイモを育てる」

米の輸出で気をつけたいことをあげておく。高価な日本米を購入できる市場は限られており、おそらく中国の富裕層がターゲットと考えられていると思われるが、これまで中国は何度も食料を外交の道具に使ってきた。世界第2位の経済力と14億人の胃袋を武器にして、海外から輸入する農産物や水産物に規制をかけることで、意に沿わない相手国に圧力をかけるのだ。過去十年ほどの事例をみてもこれだけある(18)。

2010年 人権活動家・劉暁波氏にノーベル平和賞授与後、ノルウェー産サーモンの通関規制強化

2012年 南シナ海をめぐる領有権紛争で、フィリピン産バナナの輸入規制

2020年 豪州が新型コロナ発生源の国際調査を要求後、豪州産ワインに反ダンピング関税適用

2021年 台湾の蔡政権に圧力をかけるため台湾産パイナップルの輸入停止

中国向けの米輸出を推進することは、有事以前に日本の農業が人質に取られることになりかねない。それよりも記録的な円安(10月には一時1ドル=151円90銭台となった)で求めやすい価格になっている日本米を欧米市場に日本製の炊飯器と一緒に売り込む方がいいのではないか。

東京大学の鈴木宣弘教授は、「日本は主食であるコメの減反政策をやめ、フードバンクや子ども食堂などを通じた人道支援のためのコメの政府買い入れをしたらどうか」と提言している。米国には、政府が農産物を直接買い入れて低所得者層を支援する「SNAP」と呼ばれる栄養補助支援プログラムがあり、米国の農業法予算である年間1,000億ドルのほとんどは、このプログラムに当てられている。2015年には米国民の約7人に1人がSNAPを受給したという(19)。

さて、ここで、これまであげてきた日本の食料システムの問題点をまとめておこう。

日本の食料システムのほころび

・国内の食料自給率の低さ、特定国への過度な食料供給の依存

・醤油・味噌・豆腐など和食に欠かせない大豆においては94%を輸入に依存

・食の安全リスク(輸入農畜産物に含まれる成長ホルモン、遺伝子組み換え、防カビ剤、除草剤)

・食生活の変化と生活習慣病の増加

・食料供給国の自然環境への配慮が欠けている(バナナ農園の農薬問題や熱帯雨林の消失など)

・国内での農薬使用量が多い

・化学肥料の使用量が多い

・畜産・酪農用飼料は輸入穀物に依存している

・農業従事者の高齢化、労働力・後継者不足

・施設園芸、農機具、肥料など過度に化石燃料に依存した農業形態になっている

・事業規模が小さく、生産性が低い

・農業補助金が海外の農業国と呼ばれる国と比較すると少ない

・減反政策で食料安全保障や水資源涵養、洪水防止といった多面的機能に必要な水田面積が減少

・耕作放棄地の拡大

・食料システムに関わる生産から小売にいたるまでのすべてのセクションが価格転嫁を円滑に行えるようになっていない

・誰もがきちんと食料を入手できるような社会保障体制が十分ではない

・食料安全保障の脆弱性(農業生産基盤も備蓄量も十分ではない)

・食品ロスが年間522万トンも出ている

ないがしろにされる食の安全

日本国内では収穫後に農薬をかけるのは禁止だが、海外から果物や穀物を船で運ぶ際には農作物にカビが生えてしまうので、ポストハーベスト(収穫後)に防腐剤や防カビ剤などの農薬散布が行われている。

東京大学の鈴木宣弘教授は、「農水省の2017年の輸入小麦の残留調査では、米国産の97%、カナダ産の100%から除草剤のグリホサートが検出されている。しかも、世界的にはグリホサートへの消費者の健康や安全への懸念が高まり、欧州各国に加え、米国、カナダ、アルゼンチン、ブラジル、オーストラリア、インドなど多くの国々で規制が強化されているなかで、逆に日本は米国からの要請に応じて小麦から摂取されるグリホサートの限界値を5ppmから30ppmへと6倍に緩めた」と指摘している(19)。

農林水産省が、日本と米国、カナダ、オーストラリア、EU、中国、韓国、台湾、タイ、ベトナムなどの17の国と地域と、米、茶、野菜、果物など13の作物で残留農薬基準値を比較する調査を行ったところ、ほとんどの作物で日本の農薬基準の方がゆるかったという。

ポストハーベストの農薬散布のされた輸入農産物を避けて国産農産物を購入しても、日本の農薬基準が諸外国よりも低ければ意味がない。「食料安全保障」も大切だが、「食の安全」がないがしろになっていないか。

食の安全のために

「有機農業」とは、化学的に合成された肥料・農薬を使用せず、遺伝子組み換え技術を利用せず、環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法のことだ(20)。

千葉県いすみ市では、2015年に「いすみ生物多様性戦略」を策定し、市内での有機稲作に取り組みはじめ、2017年の秋から市内すべての小中学校の学校給食に使うコメを100%市内で生産される有機米に切り替え、翌年からは有機野菜も使いはじめた(21)。

いすみ市のように行政のバックアップがあると、有機農家は販路を心配せずに生産に集中できる。子どもの頃から有機野菜に親しんだ記憶は、将来の有機野菜の生産者や消費者としての背中を押すものになるだろう。

有機農業先進国のフランスでは、2022年から外食産業の事業者に地元産または品質認証を受けた有機農産物を最低50%使用することを義務づけている。学校給食についても同様である。

「食の安全」のためにも、日本も本気で有機農業を普及させたいのであれば、農家の努力だけではなく制度や国や自治体との連携が重要となる。

耕作放棄地の再生

農林水産省は耕作放棄地の再生のために、農地中間管理機構(農地バンク)が荒廃農地を借入れ、農地の集積・集約化を促し、民間企業が新規事業をはじめやすいようにする。その上で高収益作物等を導入し、高付加価値化を図るとしている。

茨城県では荒廃農地をサツマイモ畑に転用する生産者に補助金を支給している。制度を活用した栽培面積は2022年3月時点で129haに達した(22)。他にも千葉県のオリーブ栽培、神奈川県のキウイやレモン栽培、埼玉県の観光農園に再生した事例などが報告されている。

種苗法改定

日本では種子法が廃止され、公共の種は企業に譲渡され、野菜の種子の実に9割が外国の圃場で生産されるようになった。また種苗法の改定で、これまで農家に認められてきた種の自家採取まで禁止され、毎年、企業から外国産の種を買わなくては農作物を生産できないようになってしまった。食料自給率を問う前に、農産物の種まで海外に依存することになってしまっているのだ(19)。

農業補助金

明治学院大学経済学部の神門(ごうど)善久教授は、「正当な理由があるならば、それに応じて補助金を授受するのは当然なことだ。だが、補助金のもとをたどれば国民の税金だ。どれだけの補助金がどういう目的で使われるかは公明正大でなくてはならない。正当な理由とみなせるかどうかや金額が妥当かどうかは、広く公衆によって監視されるべきだ」と主張している。

神門教授は、ドイツでは政府が、定期的に誰がどういう名目でどれだけの補助金を受給しているのかをオンラインで公開しており、受給者には誰にみとがめられるかわからないというプレッシャーがかかるので補助金をめぐって不正が起こりにくい仕組みになっていることを紹介している(23)。

「みどりの食料システム戦略」は処方箋になるか?

日本の農林水産業は、地球温暖化による大規模自然災害、生産者の減少などの問題に直面している。持続可能な食料システム(食料の生産から消費までの各段階)を再構築するべく農林水産省が2021年5月に策定したのが「みどりの食料システム戦略」である。2022年7月には、持続可能な食料システムの基本理念等を定めるとともに、農林漁業における環境負荷低減事業の促進のために「みどりの食料システム法」が施行された(24)。

農水省が「みどりの食料システム戦略」として2050年までに目指す姿としてあげている主なものは次の通り。

・農林水産業からの二酸化炭素排出量を実質ゼロ化

・化学農薬の使用量を50%低減

・化学肥料の使用量を30%低減

・有機農業の耕地面積に占める割合を25%に拡大

・2030年までに食品製造業の労働生産性を3割以上向上

・2030年までに持続可能性に配慮した輸入原材料調達の実現

・2030年までに事業系食品ロスを2000年度比で半減

先行するEUの「農場から食卓まで(F2F)戦略」(2020年5月)は、2030年までに目指す姿として以下のものをあげている(25,26)。

・有害性の高い農薬の使用を50%削減

・化学肥料の使用量を少なくとも20%削減

・有機農業に使用する農地を25%に増やす

・家畜・水産養殖用の抗生物質の販売を50%削減

・小売・消費者レベルでの1人当たり食品ロスを50%削減

農薬・化学肥料・有機農業の目標達成年度が、EUは2030年(!)で日本は2050年と開きがあり手放しによろこべないが、目標値はほぼEU並みである。これまで日本の食品業界に欠けていた「持続可能性に配慮した輸入原材料の調達」に触れたことも評価できる。

食品ロスは食料システムの大きなほころび

しかし、食品ロス削減の取り組みについてはEUと日本でかなり隔たりがある。

EUのF2F戦略では、食品ロスに取り組むことが持続可能な食料システムを達成するための鍵であり、また、人々の食生活の変化なしに実現できないとしている。さらに、生産段階での食品ロスを調査し、それを防ぐ方法を模索すると踏み込んでいる。

2021年7月に発表されたWWFと英小売「テスコ」による報告書『Driven to Waste』から、全世界で25億トンの食品ロスが発生していることがわかった。それは国連食糧農業機関(FAO)が2011年に発表した13億トンという推定値を2倍近く上回るものだった(27)。

報告書では、25億トンの食品ロスの内訳を、農場(12億トン)、貯蔵・加工・製造・流通(4億トン)、小売・消費(9億トン)と推定しており、FAOの推定値との差は、これまで農場からの食品ロスが過小評価されてきたことにあるとしている。EUの取り組みは、この農場からの食品ロスに光を当てようとするものだ。

それに対して日本の「みどり戦略」では、食品ロス半減の目標が課せられるのは事業系のみで、日本の食品ロスの約半分を出している家庭の食品ロスにも、これまで食品ロスに含めてこなかった農場からの食品ロスにも踏み込めていない。

唯一、具体的な取り組みとして「外見重視の見直し、持続性を重視した消費の拡大」とあり、これが見た目が悪く規格外となっている農産物のことを指すのかもしれないが、実用化に向けた工程表にも入っていないので正確なところはわからない。

食品ロスは食料システムの大きなほころびである。このほころびをふさぐことなく、持続可能な食料システムが達成できるとは思えない。

参考文献

・井出留美著『食料危機』(PHP新書、2021/1/5)

・井出留美著『食べものが足りない!』(旬報社、2022/1/10)

・鈴木宣弘著『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書、2021/7/15)

・鈴木宣弘著『食の戦争 米国の罠に落ちる日本』(文藝春秋、2013/8/20)

・山下一仁著『日本の農業を破壊したのは誰か 「農業立国」に舵を切れ』(講談社、2013/9/17)

・山下一仁著『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書、2022/7/25)

・神門善久著『日本農業改造論』(ミネルヴァ書房、2022/3/20)

・神門善久著『日本の食と農』(NTT出版、2006/6/28)

・小泉武夫著『いのちをはぐぐむ農と食』(岩波ジュニア新書、2008/7/11)

・小泉武夫著『食べるということ 民族と食の文化』(NHK出版、2012/1/1)

・藤原辰史著『カブラの冬 第一次世界大戦期ドイツの飢餓と民衆』(人文書院、2011/1/15)

・藤原辰史著『ナチス・ドイツの有機農業 「自然との共生」が生んだ「民族の絶滅」』(柏書房、2005/2/25)

・藤原辰史著『食べるとはどういうことか 世界の見方が変わる三つの質問』(農文協、2019/3/1)

・塩見直紀著『半農半Xという生き方 実践編』(ソニー・マガジンズ、2006/1/20)

1)2020年基準 消費者物価指数 全国 2022年(令和4年)9月分(総務省、2022/10/21)

https://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/pdf/zenkoku.pdf

2)相次ぐ食品の「値上げ」家計負担は年間 7 万円の増加と試算 ~ 低収入世帯で食品値上げの負担感がより強く発生~(株式会社帝国データバンク、2022/9/22)

https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p220907.pdf

3)生鮮食品商社、輸入コスト重荷 牛バラ1割・バナナ2割上昇、転嫁難しく(日本経済新聞、2022/7/26)

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO62884300V20C22A7QM8000/

4)コスト高を「価格転嫁できていない」が96% ~ 農業法人の98%が燃油・肥料・飼料が高騰と回答 ~(日本農業法人協会、2022/5/31)

https://hojin.or.jp/information/2022costup/

5)円安、家計・企業に痛み 生活費、年8万円上昇も 内需型企業は半数で損益悪化(日本経済新聞、2022/10/16)

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO65184240W2A011C2EA2000/

6)環境と人を壊す黒幕なきシステム 専門家が訴える「軽装備」の農と食(朝日新聞デジタル、2022/3/5)

https://digital.asahi.com/articles/ASQ343VXZQ2PPLBJ001.html

7)経済思想家・斎藤幸平さんインタビュー「SDGsをブームではなく、豊かな社会へと移行するチャンスにする」(Hanako1210号掲載、2022/8/7)

https://hanako.tokyo/column/sdgs/315469/

8)ほころびた食料システムの処方箋 SDGs世界レポート(79)(Yahoo!ニュース個人、2022/6/1)

https://news.yahoo.co.jp/byline/iderumi/20220601-00297774

9)ほころびた食料システムの処方箋(米国編) SDGs世界レポート(81)(Yahoo!ニュース個人、2022/8/1)

https://news.yahoo.co.jp/byline/iderumi/20220801-00307089

10)「食料の安定供給に関するリスク検証(2022)」の公表について(農林水産省、2022/6/21)

https://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/anpo/220621_14.html

11)令和3/4年及び令和4/5年の主食用米等の需給見通し(農林水産省、2022年7月)

https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokuryo/220727/attach/pdf/220727-43.pdf

12)荒廃農地の現状と対策(農林水産省、2021年12月)

https://www.maff.go.jp/j/nousin/tikei/houkiti/attach/pdf/index-20.pdf

13)知ってる?日本の食料事情2022 〜食料自給率・食料自給力と食料安全保障〜(農林水産省、2022年3月)

https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/panfu1-7.pdf

14)大豆をめぐる事情(農林水産省、2022年9月)

https://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/daizu/attach/pdf/index-6.pdf

15)鈴木宣弘著『食の戦争 米国の罠に落ちる日本』(文藝春秋、2013/8/20)

16)山下一仁著『日本の農業を破壊したのは誰か 「農業立国」に舵を切れ』(講談社、2013/9/17)

17)山下一仁著『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書、2022/7/25)

18)(経済安保 米中のはざまで)「人権」で制裁、日本及び腰 法律が未整備、歴史問題も背景(朝日新聞デジタル、2021/4/25)

https://digital.asahi.com/articles/DA3S14883468.html

19)鈴木宣弘著『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書、2021/7/15)

20)有機農業をめぐる事情(農林水産省、2022/7/20)

https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/yuuki/attach/pdf/meguji-full.pdf

21)学校給食において100%有機米を実現(オーガニック給食マップ、2021/8/30)

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO64844560T01C22A0QM8000/

22)荒廃農地の復活、茨城首位 5年で東京ドーム781個分 鹿児島・志布志、和牛放牧に活用(日本経済新聞、2022/10/8)

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO65004460X01C22A0EA1000/

23)神門善久著『日本農業改造論』(ミネルヴァ書房、2022/3/20)

24)みどりの食料システム戦略トップページ(農林水産省)

https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/

25)Farm to Fork strategy(European Commission、2020)

https://food.ec.europa.eu/horizontal-topics/farm-fork-strategy_en

26)Farm to Fork strategy(European Union、2020)

https://food.ec.europa.eu/system/files/2020-05/f2f_action-plan_2020_strategy-info_en.pdf

27)Driven to Waste(WWF、2021年7月)

https://wwfint.awsassets.panda.org/downloads/driven_to_waste_summary.pdf

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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