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15億円はどこへ?大阪府、18歳以下140万人に米10kg配布80億円の内訳とは

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
(写真:アフロ)

2022年11月25日、大阪府の吉村洋文知事が、大阪府内の18歳以下の子どもに米(コメ)10kgを配る方針を示した。国の地方創生臨時交付金を活用し、予算規模は80億円程度だという。議会で承認が得られたら2023年3月から配布するとのこと。

大阪府で子どもを育てている女性は、子どもが給食ではなく、毎日お弁当持参なので、米をもらえるのはすごくありがたいと話していた。

スーパーでは精米して1ヶ月で商品棚から撤去

ほとんどの人が知らないかもしれないが、米は、一般消費者には見えないところで食品ロスになっている。多くのスーパーでは、精米して1ヶ月で商品棚から撤去する。百貨店の中には、賞味期限接近食品など、一般の流通ルートに載せられないものを「フェア」として販売する。ある百貨店では、精米して間もない米が、安売りで出されていた。それだけ、小売店は「鮮度」を求めるということだ。

2018年に、Yahoo!記事で、袋入りの米が、精米してわずか1ヶ月で商品棚から撤去され、廃棄される現状を書き、もっとこれを緩和すべきではということを書いた(1)。が、2022年11月、ある食品小売の方に伺ったところ、今でも精米1ヶ月経った米は、商品棚から撤去するとのことだった。

食料支援の現場で非常にニーズが高い

食品ロスを活用するフードバンクは、国内で200近くある。20年前の2002年には、わずか1つしかなかったのが増えてきた。ひとつの転換期となったのが、2015年に施行された生活困窮者自立支援法だ(2)。生活困窮支援に食料は欠かせない。

2019年には、筆者も成立にかかわった「食品ロス削減推進法」が成立・施行され、食品ロス問題が注目され、企業も着手せざるを得なくなってきた。

2022年には、コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻により、ますます生活困窮者が増えてきた。その過程で、フードバンクやフードドライブ、子ども食堂など、食料支援の場は増え続けている。

筆者は2008年から食品メーカーとしてフードバンクに食品を寄付し、2011年からフードバンクの広報として食料支援の現場に携わってきた。その現場で非常にニーズが高いのが米だ。

日本では貧困支援と食品ロスが縦割り、先進国では一緒に扱われるべき問題

2022年11月、永田町へ政策提言に行き、食品ロス関連の6省庁と国会議員の方にお話しした。その際、厚生労働省は「食品ロスに関する施策はとりたててない」「農水省がやっているフードバンクについて、サポートできることがあればやる」という趣旨の発言をしており、非常に後ろ向きな姿勢を感じた。

筆者が10年前に厚生労働省へフードバンクの提言をしに行ったときにも、担当者は「フードバンクは農水(農林水産省)です」と答えた。他人ごとで、福祉の分野でも食品ロスは重要課題であるという考えがない。

一方、先進諸国では「貧困支援」と「食品ロス」は、一緒に扱われるべき問題である。

英国では、政府が2000年に立ち上げた組織WRAPが、食料のヒエラルキーとして、優先順位の2番目に「(必要な)人々への再分配」を挙げている(3)。

食料物資のヒエラルキー(WRAP)
食料物資のヒエラルキー(WRAP)

米国のUSDA、つまり日本でいう厚生労働省に相当する省庁は、「現在捨てられてしまっている、安全で健康的な食品は、今日、食べ物がなく飢えている人々に食料を供給し、食料不足を解消するのに役立つ」という趣旨を公式サイトに書いている(4)。

ひるがえって、日本は、福祉を司る厚生労働省は「食品ロスの問題は関係ない」と言っている。人々は「貧困支援」と「食品ロス」がまったく別の問題だという、行政と同じく、縦割りの認識を持っている。日本の食料自給率は38%しかなく、60%以上を海外に依存しており、522万トンもの食品ロスを出しているというのに。

筆者は、これまでも、食品ロスを福祉の分野で活用するフードバンクの日本の事例(5)や、米国で国ぐるみでおこなわれるフードドライブの事例(6)、コロナ禍であえぐ困窮者に食料を支援することについて提言(7)してきた。

食品ロス問題と困窮者支援は、別々の問題ではなく、本来、地続きのはずである。SDGsが国連で採択され、資源の活用や持続可能性が問われる昨今、それは当然のことである。

そして、今回の大阪府の米10kg140万人配布に80億円を費やす件だが、これまで述べてきたように、余剰食品である食品ロスを困窮者支援につないで活用するという考えを持てば、食品ロスを減らせて食料を必要な人を救えるという、持続可能性のための食品ロス削減と困窮者支援を、すべてではなくとも、ある程度、同時に解決することができる。

実際、消費者が米10kgを購入するといくらかかるのだろうか。

米10kgの小売価格

1)通販 送料無料の最安値2,780円、140万人で39億円

通販大手の楽天市場で米10kgの価格を調べてみると、最安値で2,780円。送料無料だ(8)。Yahoo!ショッピングで同様に検索すると、最安値は2,890円(9)。

SNS上では「(送料がかかるので)米ではなく、現金で配ったほうがいい」という意見があった。現金で配ると、最安で2,780円ということになる。

現金2,780円を一回受け取り、それにより家計が助かる、という家庭は限られるのではないか。

ちなみに、現金2,780円を140万人に配った場合、必要な予算はおよそ39億円、振込み手数料などを入れても40億円以内でおさまるのではないだろうか。単純計算だが、通販でこの米を購入すれば、合計39億円で、140万人に米10kgを送料無料で送ることができる、ということになる。

2)スーパー こしひかり3,434円、140万人で48億円

筆者の住む近くのスーパーでは、こしひかり10kgで消費税込み3,434円だった。

140万人に掛け算すると約48億円。

5kgでは1,280円から2,000円以上まで幅があった。

こしひかり10kg 3,434円、2022年11月27日現在(筆者撮影)
こしひかり10kg 3,434円、2022年11月27日現在(筆者撮影)

3)総務省小売物価で4,646円、米価は下落傾向、140万人で65億円

農林水産省による「米穀販売事業者における販売数量及び販売価格の動向(速報) 」(10)をみると、小売事業者向けの価格は2022年9月時点で94.1%、中食・外食事業者向けの価格は89.9%と下がってきている。

総務省統計局の小売物価指数を見ると、2022年11月時点で、うるち米(単一原料米「コシヒカリ」1袋5kg)の価格は2,323円(11)。10kgになれば多少割安になるはずだが、2をかけて10kgに換算すれば4,646円。この価格に大阪府の18歳以下の140万人を掛け算すると、約65億円ということになる。1)の通販価格、送料込みの39億円や、2)のスーパーの48億円よりは高いが、80億円よりは安い。

仲介事業者に支払う額を最小限にし、市民に最大限活用すべきでは

以上、1)〜3)まで見てみると、子ども一人あたりに2,780円〜4,646円程度の支援ということになる。

最も高い見積もりの(3)でも、予算80億円なら、残り15億円の余裕がある。(1)だと40億円でおさまる。

今回の「子育て支援」には80億円を計上するとのことだが、米の代金65億円、残りの15億円を人件費と送料に使うにしても、もう少し工夫ができないだろうか。

宅配にしても郵便にしても、大量の場合、小口で送るのとは違い、送料は半額以下など安くなる。筆者が、ある食料支援に関わっていたときは、宅配便1箱で300円の契約だった。法人が郵便局と結ぶ契約では、通常料金の半額以下の設定もある。

もし、予算として80億円が使えるのであれば、40億円〜65億円を子育て支援に使い、残りの15億円〜40億円で、生活困窮世帯にもっと多くの食料を提供できるのではないか。

同じ80億円を使うのであれば、仲介事業者に支払う額を最小限にし、市民に最大限活用するのがよいのではないか。

せっかくの食料支援のお金が、配送費や人件費で消えてしまうのはもったいない。

旅行にも塾にも習い事にも外食にも行けない子どもがいる

昨日の記事(12)を書いたところ、「知事は子育て支援と言っており、貧困支援ではない」との意見があった。それは承知しており、記事でも「食料費が高騰する今、貧困支援よりも子育て支援を優先すべきなのか」と書いた。

全国旅行支援を活用して旅行できる子育て世帯がある。

塾や習い事に行ける子どもがいる。

外食に行ける子どもがいる。

一方で、旅行にも塾にも習い事にも外食にも行けない子どもがいる。

大阪府の年収分布をみると、年収300万円以上が過半数を占める(51%)。一方、年収200万円未満の世帯割合は21.4%。同じ子育て世帯でも、食品が満足に買えない人もいれば、旅行にも塾にも外食にもなんなく行ける人がいる。これだけ差があるのに、一律で米を配給する必要があるのだろうか。

統計情報リサーチ 大阪府の世帯年収の統計分布より
統計情報リサーチ 大阪府の世帯年収の統計分布より

また「所得制限はおかしい」という意見もあった。これも記事に書いたが、あらたに審査をするのではなく、児童扶養手当を受けている世帯や、就学援助世帯を対象にしたらどうかという提案をした。

米国のSNAPは所得制限

米国の食料支援策である「SNAP」(Supplemental Nutrition Assistance Program)では、所得制限を設けている(13)。

米国には、余剰農産物処理法がある。これは日本も含め、同盟国への食料援助という名目で、米国の余剰農産物の在庫処理を図るという負の側面もあるが、政府が国内に210あるフードバンクに配布することもある。カリフォルニアのフードバンクが扱う食料品を調べた際、半分以上が農産物で、その中には政府から支給された穀物や農産物も多かった。

米国以外に目を向けても、韓国や欧州では、一定の所得以下の世帯が食料を無料もしくは低額で入手できる制度がある。

海外では、食料を必要な人が直接、取りに来るシステムが多い。もちろん、それができない人へは支援がある。

古いデータで恐縮だが、日本は、生活困窮者を国が援助すべきと考える人が47カ国で最も少ない。米国のシンクタンクであるPew Research Centerの調査によると、「政府(国)は、最も貧困状態にある人を援助すべきである(State Should Take Care of the Very Poor)」という質問に対し、「完全に同意する(Completely agree)」と回答した人の割合が、調査対象47カ国中、最も低かったのが日本(15%)という結果になっている(グラフ、下から2番目のグループの一番下、JAPAN)(14)。「ほとんど同意(Mostly agree)」の割合も日本が最低(59%)である。

 「政府(国)は、最も貧困状態にある人を援助すべきである」(Pew Research Center)
「政府(国)は、最も貧困状態にある人を援助すべきである」(Pew Research Center)

食品ロス削減推進法では、食品ロスを貧困支援に活用するフードバンクの推進が求められている。そして、日本政府は、食品ロス削減及びフードバンク支援緊急対策事業に令和4年度補正予算を計上した(15)。

何度も繰り返すが、食品ロス問題と困窮者支援は、本来、同時に扱われるべきものである。

フードバンクでは、予算の10倍相当の食料品に変換できるという(フードバンク関係者談)。たとえば80億円の予算があれば、800億円相当の食料品として困窮者支援に活用できるというものだ。ただでさえ食料危機が報じられる昨今、食品ロスを困窮者支援に活かさない手はない。

米そのものは食材として助かるのは間違いない。だが、予算を使うのであれば、見かけ上の"平等”ではなく、また、仲介する事業者の懐にまわるのではなく、より市民に分配し、中でも困っている子どもや個人に目を向けてほしい。政治とは、弱い立場の人に寄り添うものではないのだろうか。

参考情報

1)捨てられる米(コメ)をどうすれば減らせるか(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2018/5/25)

2)生活困窮者自立支援法(厚生労働省)

3)Food Material Hierarchy(WRAP)

4)Why should we care about food waste?(USDA)

5)食品ロスと貧困を扱う「フードバンク」は資金不足 持続可能なあり方とは(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2018/2/28)

6)アメリカで毎年5月第二週目に実施されるフードドライブ 子ども食堂でもフードバンクでもない食の支援の形(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2018/5/11)

7)コロナ禍の困窮者へ食品を 世界の食品寄付の法律や政策が地図で一目でわかるサイト(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2021/7/26)

8)楽天市場 「米10kg送料無料」で検索

9)Yahoo!ショッピング「米10kg送料無料」で検索

10)米穀販売事業者における販売数量及び販売価格の動向(速報) (農林水産省)

11)総務省統計局 小売物価統計調査

12)なぜ所得制限なし?大阪府が80億円で18歳以下140万人に米10キロ配布、3つの「なぜ」(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2022/11/26)

13)SNAP

14)Chapter1. Views of Global Change(Pew Research Center, 2007/10/4)

15)食品ロス削減及びフードバンク支援緊急対策事業(農林水産省、令和4年度補正予算)

追記:筆者の専門分野である食品ロスについて追記しました(2022/12/1、7:52am)

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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