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大雨で停車、乗客に缶詰パン「賞味期限切れ」配布を毎回報じるメディアはいったい何を伝えたいのか

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
(写真:ロイター/アフロ)

2022年7月13日、JR東日本仙台支社は、大雨の影響で運転を見合わせ、列車内から動けなくなった乗客に対し、賞味期限が約3ヶ月切れた缶詰のパンを配布したと発表した。下車した乗客から電話で指摘があったそうだ。

読売新聞(1)が報じ、それをYahoo!が転載(2)、そのほか、共同通信(3)や河北新報(4)、knb東日本放送(5)が報じている。

管理の落ち度はあれど「おいしさの目安」が過ぎただけ

筆者もYahoo!ニュースに対し、オーサーコメント(6)を書いた。備蓄品の賞味期限を確認するという初歩的な管理を怠っていたJR東日本仙台支社は、確かに落ち度があった。本来なら、期限が過ぎる前に入れ替えすべきだっただろう。

だが、おおむね5日以内の日持ちの食品に表示される消費期限と違い、賞味期限は、おいしさの目安に過ぎない。おいしさの目安が過ぎた缶詰のパンを配り、健康上の被害も発生していない。

数ある食品の中でも、缶詰は、基本的に3年間の賞味期限がある。それも、缶自体の品質保持期限が3年間だから、「3年」としているだけで、真空調理してある缶詰は長期間食べることができる。食品の保存を長年研究してきた、東京農業大学の客員教授、徳江千代子先生は「味の濃いものや果物のシロップ漬けなら15年持つ」という趣旨を発言されている(拙著『賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか』に記述あり)。

ちなみに賞味期限と消費期限の違いは、現在の教育課程では、中学校の家庭科で履修していることになっている。気を付けるべきは、時間とともに急激に品質が劣化する「消費期限」である(下のグラフ参照)。

賞味期限と消費期限の違い(消費者庁の享保を基にYahoo!JAPAN制作)
賞味期限と消費期限の違い(消費者庁の享保を基にYahoo!JAPAN制作)

毎年のように繰り返す「非常時の賞味期限切れ備蓄食品配布」

同様のことは、定期的に発生している。

1)2017年 JR東海 賞味期限切れの缶詰のパン配布

2017年10月22日夜から23日にかけて、台風21号の影響により、東海道新幹線「こだま」705号が熱海駅で停車していた。東京駅を発車し、静岡駅まで向かう予定だった。23日午前3時ごろ、車内で夜を明かす乗客に、JR東海(東海旅客鉄道株式会社)は、備蓄していた5年間保存の缶詰入りパン128食を配付した。三島駅を過ぎたところで、乗客から賞味期限が2ヶ月過ぎていると指摘があった(7)(8)。

2)2019年 千葉県富津市 賞味期限切れのペットボトル水配布

2019年、千葉県富津(ふっつ)市で、台風15号の被災者にペットボトル水が配られた。そのうち約1800本が賞味期限切れだったため、市民からの指摘を受けて富津市がお詫びし、「飲用ではなく生活用水として使ってほしい」と呼びかけていると、2019年9月12日付の東京新聞夕刊が報じた(9)。

3)2021年 スカイマーク 賞味期限切れキットカット配布

2021年2月3日、朝8時10分、神戸発新千歳行きの便(乗客78人)のスカイマーク機内で、賞味期限が2021年1月のチョコレート菓子「キットカット」(ネスレ社)を配り、スカイマークが公式にお詫びした。それを2021年2月4日付の朝日新聞が報じた(10)。

健康被害はないのにメディアは何を伝えたくて毎回報じるのか

2017年から2021年に報じられた件は、いずれも健康上の被害はない。それもそうだろう。賞味期限=品質期限、ではない。おいしさの目安に過ぎない。備蓄食品は長期間保存することが前提だから、年単位の賞味期限がある。

缶詰は、前述の通り、缶自体の品質保持期限が3年間だから、便宜上、賞味期限が「3年間」とされているが、保管状態がよければそれを過ぎても飲食可能な場合が多い。

ペットボトルに入ったミネラルウォーターは、長期間保管していると容器を介して水が蒸発し、明記してある容量から欠けてしまうため、容量を担保できる期限が印字してある。飲めなくなる期限ではない。

キットカットに至っては、賞味期限を2日過ぎただけだ。

それを、毎回、仰々しく伝えるメディアは、いったい何を伝えようとしてこのニュースを報じているのか。

管理が悪かったということを責めたいのか。

流れてきた情報を、とりあえず、右から左に流しているだけなのか。

「賞味期限切れ」=「品質切れ」だと誤解しているのではないだろうか。

「賞味期限切れ」を非常時に配布することが悪いかのように報じることは、「賞味期限」があたかも品質期限であるかのような誤解を与えかねない。

どうせ報じるなら、賞味期限と消費期限の違いについて説明し、「賞味期限はおいしさの目安だから、適切な場所と方法で保管すれば、過ぎても飲食可能な場合が多い」ということも同時に伝えたらどうなのか。

府省庁は賞味期限が過ぎた缶詰も廃棄せずに活用

以前は賞味期限の過ぎた備蓄食品を全部廃棄していた府省庁は、現在、賞味期限の過ぎた缶詰も含めて、廃棄せずに食料支援などに活用し始めている(11)。

農林水産省は、国の災害用備蓄食品の提供ポータルサイトを立ち上げた(12)。

もちろん、提供するにあたっては安全性を確認した上ではあるが、国が、賞味期限切れの缶詰を廃棄せず積極的に活用しているのだ。メディアは、これこそ声を大にして伝えるべきではないのか。

食において重要なのは、安全性の担保と同時に、限りある資源の活用である。

そして、非常時には、命をつなぐために、まずは水、そして食料が必須である。

非常事態に際し、賞味期限を杓子定規に守ることと、命を守ること、どちらが大切なのか。

参考情報

1)賞味期限切れのパン、大雨で缶詰めの乗客に配布…下車した乗客から電話で指摘(読売新聞、2022/7/14、11:48)

2)賞味期限切れのパン、大雨で缶詰めの乗客に配布…下車した乗客から電話で指摘(Yahoo!ニュース、2022/7/14、11:49)

3)賞味期限切れ缶詰パン配る JR東、乗客48人に(共同通信、2022/7/14、00:49)

4)大雨の仙山線で配布のパン、賞味期限切れでした JR東日本(河北新報、2022/7/14、16:54)

5)大雨で停車中の列車の乗客に賞味期限切れ缶詰パンを配布 JR東日本仙台支社(knb東日本放送、2022/7/14、16:40)

6)筆者オーサーコメント

7)新幹線内で足止め客に賞味期限切れパン配付 なぜ6000件以上のコメントが殺到したのか(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2017/10/25)

8)新幹線内で夜を明かす足止め客に賞味期限が2ヶ月過ぎたパンの缶詰を配布したJRは謝罪すべきか?その是非(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2018/5/21)

9)賞味期限切れの水は飲めるので台風など非常時に捨てないで!消費者・行政・メディア みな賞味期限を誤解(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2019/9/13)

10)賞味期限が2日過ぎたキットカットを配って詫びるスカイマークとそれを報じる朝日新聞(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2021/2/6)

11)「賞味期限切れ」60〜90日後でも安全なら提供 消費者庁、備蓄活用で食品ロス削減と困窮者支援へ(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2021/7/14)

12)国の災害用備蓄食品の提供ポータルサイト(農林水産省)

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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