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「余った生乳5000トンはバターにすれば廃棄せずに済むのに」乳業業界の回答とは?

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
バターと牛乳(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

2021年12月14日、金子原二郎農林水産相は、生乳の廃棄が5,000トンという過去最大規模に及ぶ可能性を示し、業界と連携して消費喚起に取り組むと述べた。

15日付の北海道新聞によれば、2021年は涼しかったことで、北海道以外の生乳生産量が増え、一方、コロナ禍による業務用需要が減ったため、供給が増え需要が減り、需給バランスが崩れている。需給調整のための廃棄は、2006年にホクレンが約900トンを処分したのが過去最大だった。

このことが報じられた際、「なぜ余った生乳をバターなどに加工できないのか」という声があった。乳製品に加工しておけば廃棄する必要はないのに、ということだ。これについて、業界団体のJミルクの回答を、Q&A方式でお伝えする。

「5,000トン」は処理能力と供給の差

ー「5,000トン」という数字はどのように算出されたのですか?

Jミルク:2021年10月時点の推計によれば、2021年12月下旬、脱脂粉乳やバターなどの加工用に供給される生乳量は75,000トンに達します。

一方、乳業メーカーが受け入れる量(処理能力)の予測は、最大で70,000トンです。

その差の5,000トンが行き場を失い、廃棄される可能性があるのです。

余った生乳はバターにすれば廃棄せずに済む?

ー「余った生乳はバターなどにすれば捨てないで済む」という声がありますが?

Jミルク:日頃から、バターなどの乳製品に加工しています。

生乳(牛から搾ったままの乳)は、次の順番で加工されていきます。

飲用向け(牛乳や、はっ酵乳など)

生クリームやチーズ

バターや脱脂粉乳

飲用向けの牛乳の需要が多いとバターなどの製造量を減らし、飲用牛乳の需要が減ると増えます。バターや脱脂粉乳は、いわば、生乳需給の調整弁の役割をはたしているのです。

例年、年末年始は飲用牛乳が減るため、バターや脱脂粉乳を多く製造します。

でも、2021年は、生乳料供給量は処理能力を大幅に上回り、全国の乳製品工場をフル稼働しても、その製造能力を超えてしまう可能性が高いのです。それで、処理しきれない生乳が発生してしまうと懸念されています。

バター
バター写真:アフロ

生乳の生産量を減らせばいいのでは?

ー「だったら、生乳の生産量自体を減らせばいいのでは?」という声があります。

Jミルク:生乳は、乳牛が生み出す乳、いわば命の源です。人間の思うまま、自由自在に生産量を増減させられる工業製品ではありません。乳牛は、搾乳を止めると病気になってしまうので、急に生産を減らすというのは難しいのです。

となると、生産量を減らすためには、乳牛そのものの数を減らすことになります。酪農家にとって、牛は、家族のような生き物です。単純に「処分すればよい」ということにはなりません。

いざ需要が回復し、再び生乳の生産量を増やす必要が出てきた場合、急増させることはできません。牛の種付けをしてから実際に搾乳を始めるまでには3年間の月日を費やします。

かつて、生乳需給が緩和して減産した際、その後、生産が回復せずに、生乳不足が続いた時期がありました。

乳業業界としては、そのような生乳不足の経験から、減産しないことを前提に、この難局を乗り越える考えです。生産者が実施する出荷抑制は、酪農経営に悪影響を与えない範囲で取り組みます。

乳牛と仔牛
乳牛と仔牛写真:ロイター/アフロ

前もってこういう事態は予測できなかったのか?

ー「前から準備しておけばいいのに」という声もあります。

Jミルク:生乳の生産量は、2018年までの15年間、斬減傾向にありました。

酪農家や乳業関係者が、牛の増頭や、生産性向上に取り組んだ結果、2021年度は増産の見通しとなりました。2021年12月は、北海道で対前年比104%、北海道以外の都府県で101%の生産見込みです。これは、新型コロナ感染症が拡大する以前から長期間かけて取り組んだ結果です。

ところが、2020年に入り、新型コロナ感染症が拡大し、外食産業や、お土産用などの業務用の需要が続くことになりました。これは、2019年末には予測が難しかったことです。

また、前述の通り、生乳の生産を増やすためには、3年以上かけて取り組まなければなりません。予測ができても、生き物相手ですから、そう簡単に増減できるわけではないのです。

年末年始は、例年、正月三が日の休業や、学校給食の休止で、年間で最も牛乳の消費量が少なくなります。コロナの影響に加えて、このような消費量の減少が、需給バランスのくずれに追い討ちをかけています。

千葉県いすみ市
千葉県いすみ市写真:つのだよしお/アフロ

酪農家や乳業業界はどのような取り組みをしているのか?

ー酪農家や乳業メーカー、乳業業界団体の方は、廃棄を防ぐために、どのような取り組みをしていますか?

Jミルク:Jミルクでは、「#1日1L(いちにちいちりっとる)」運動と称して、全国の酪農乳業関係者に年末年始の牛乳消費を呼びかけています。関連企業や団体でも、消費拡大の取り組みが進められています。

生産者は、酪農経営に悪影響を与えないことを前提として、2021年12月下旬から2022年1月上旬にかけて、適正な早い時期に、出産準備のための搾乳の停止(乾乳)・治療や、出荷予定牛の繰上出荷等を行うことで、一時的な生乳の出荷抑制に努めています。

乳業メーカーは、乳製品工場を年末年始に集中してフル稼働させ、乳飲料やはっ酵乳などの生乳使用率の引き上げや、量販店への販促活動に努めています。

また、生産者団体と乳業者が連携し、各乳業工場やクーラーステーション(生乳を貯めておく貯乳タンク)の貯乳能力のフル活用を図っています。

全国の業界関係者が一丸となって、こうした取り組みを進めています。

あとがき

「バターにすればいい」という声は今回の報道でよく見られた。ただ、酪農家が得る利益は、飲用より加工用の方が安くなるという。安易に「余ったらバターにすればいい」という問題ではないのではないか。

生乳よりはバターの方が飲食可能な期間は長いものの、作ったバターの在庫が長期間はけることがなければ、それらは、いずれ賞味期限が近づいてきて、廃棄の可能性が出てしまう。実際、2020年は、コロナ禍で需要が落ちたため、乳業メーカーにはすでに賞味期限が迫ったバターの在庫があり、それらの廃棄の可能性もありうると考えられる。

賞味期限はおいしさのめやすに過ぎないので、家庭内なら、賞味期限が過ぎても、自己判断で消費することができる。が、日本の食品業界には、賞味期限より前の納品期限や販売期限で処分せざるを得ない、「3分の1ルール」がある。3分の1ルールは、この、おいしさのめやすに過ぎない「賞味期限」を基に設定されている。

食品業界の3分の1ルールを基にYahoo! JAPAN制作
食品業界の3分の1ルールを基にYahoo! JAPAN制作

賞味期限が過ぎたものを販売すること自体は法律上問題ないので、それらを売る小売店も増えている。だが、もともと生乳から作られたバターである。販売者が、賞味期限が過ぎたバターを積極的に売るとは考え難い。実際、筆者も複数の「賞味期限切れスーパー」を訪問しているが、賞味期限が過ぎたバターが販売されているのを見たことはない。

生食より加工用の方が値付けが落ちるのは果物でも同様だ。規格から外れて出荷できない果物を「捨てないでジュースやジャムにすればいい」という声があるが、果物では、生食と比べて、加工用の価格は10分の1程度安くなる場合もあり、生産者が得られる利益は大幅に落ちてしまう。また、食品衛生法にのっとった加工場を作る必要があり、規格外の果物をジャムに加工して販売しようとしたある果物生産者は「保健所の要請に従った設備を作ると250万円かかるから諦めた」と話していた。

Jミルクのコミュニケーショングループ、林雅典さんに教えていただいた、この冬の激推しレシピは「鶏の牛乳レモンつみれ鍋」だそうだ。牛乳のカゼインをレモンで凝集させた「ホエイ鍋」。

他にも、牛乳を使った「ミルクレシピ」が公式サイトで紹介されている。

筆者は、12月15日付の記事で紹介した通り、ヨーグルトやインド風チーズ「パニール」を作っており、ほぼ毎日、1リットルパックの牛乳を消費している。

ちなみに、生乳5,000トンは、1リットルパックの牛乳500万本分だそうだ。日本の人口(1億2500万人)のうち、4%の人が1リットルずつ消費してくれたら解消できる。牛乳を、飲むだけでなく「食べる」というふうに考えれば、1リットルはすぐ消費できる。「自分ひとりぐらい(何をしても変わらない)」ではなく、ひとりの力を信じて、楽しく取り組みたい。

参考情報

年末年始の生乳需給に関するQ&A(一般社団法人Jミルク)

大切なお願い -緊急牛乳消費促進に向けて-(一般社団法人Jミルク、2021/12/15)

生乳大量廃棄の恐れ 需要低迷 過去最大級5000トン(北海道新聞、2021/12/15)

賞味期限切れの牛乳は飲んではだめ?意外に知らない、牛乳の正しい保存方法と賞味期限 Q&A(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2021/12/15)

「牛乳を食べよう!」水の代わりに牛乳でご飯も炊けるし肉じゃがも 新型コロナで捨てられる牛乳を救おう(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2020/4/22)

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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