「キャベツ♪!キャベツ♪!」と狂喜乱舞 南極観測隊の料理人が痛感した野菜の重要性

西荻窪「じんから」の店内で微笑む竪谷(たてや)博さん(小木田順子さん撮影)

2019年10月中旬の台風19号は、35都道府県に農産物の被害をもたらした。首都圏では、スーパーやコンビニで飲食品が買い占められ、パン売り場の棚が空っぽになった写真がSNSにアップされた。

食べ物をすぐ買いに行けない。日常的にそういう状況なのが、南極地域観測隊だ。コンビニやスーパーはない。1人年間1トンを目安に、派遣前に準備した食料品で1年4ヶ月間過ごす。究極の「食品ロスゼロ」空間ではないだろうか。

第55次南極地域観測隊のみなさん(竪谷博さん撮影)
第55次南極地域観測隊のみなさん(竪谷博さん撮影)

拙著(賞味期限のウソ)の編集を担当して下さった、幻冬舎新書編集長の小木田(こぎた)順子さんが、幻冬舎の月刊誌『ゲーテ』11月号滝川クリステルさんとの対談に同席して下さった。その際、小木田さんの長年のご友人である竪谷博(たてや・ひろし)さんの話を伺った。

竪谷さんは、南極地域観測隊の調理隊員として派遣された経験がある。2013年12月から2015年1月まで昭和基地に滞在した。2015年に帰国してまもなく、東京都杉並区西荻窪に「じんから」という居酒屋を開店した。帰国から4年以上経った2019年秋に、南極地域観測隊の調理隊員として再び派遣されるという。小木田さんが、竪谷さんとお会いする機会を作って下さった。

北海道・函館の小学校の南極授業に生放送で出演する竪谷博さん(写真手前左、関係者撮影)
北海道・函館の小学校の南極授業に生放送で出演する竪谷博さん(写真手前左、関係者撮影)

シンプルなのが一番

南極へ行く前と行った後で、人は変わるのだろうか。竪谷さんは、あるインタビューで「料理の仕方が変わった」と語っている。

―南極地域観測隊として渡航しての帰国後、「あまりごちゃごちゃ(手をかけて)調理するんじゃなくて、シンプルに変わった」って(インタビュー記事で)おっしゃっていたと思うんですけども。

第55次南極地域観測隊の調理隊員として派遣される竪谷博さん(関係者撮影)
第55次南極地域観測隊の調理隊員として派遣される竪谷博さん(関係者撮影)

竪谷博さん(以下、竪谷):結局、シンプルなのが、素材のよさを一番分かることができる料理だというのが、思ったことなんですよね。日本のいい野菜って、ただ塩をふって焼くだけでもバリバリ食べられる。おいしい味噌付けてキュウリをバリバリ食べられる。どうやって食べたら一番おいしいかなと、自然と浮かんでくる。冷やしトマトとか。ザクザクちぎったり、塩とおいしいオリーブオイルをかけただけだったり。

料理は野菜がすべて

竪谷さんは、南極に行ったことで、野菜の重要性を痛感したと語る。

―南極へ行くことによって、自分の可能性が開かれていったというのもありますか?

竪谷:あります。国内に帰ってきて一番思ったのが、料理って野菜がないとできないんだなと。

西荻窪「じんから」でインタビューを受ける竪谷博さん(小木田順子さん撮影)
西荻窪「じんから」でインタビューを受ける竪谷博さん(小木田順子さん撮影)

竪谷:野菜って、料理のおいしいまずいを左右するぐらい力を持っているなと。どんなにお肉がおいしいといったって、野菜が付いてこないと、そのお肉ちゃんが映えてこないんですよ、とんかつだけ出されても、キャベツの千切りがないと嫌なんですよ。冷凍キャベツのざく切りを戻して、サッとお湯で湯通ししたやつを添えるとか、お浸しみたいにして小鉢で出してやるとか、野菜がないとメインの料理が映えない。結局、食感を出すのは野菜しかないんですよ。お刺身食べたらシャキシャキしたガリを食べたくなるし。「肉野菜炒め」といっても、肉ばかりだったらただの焼肉で、野菜のシャキッとした感じが必要。食感は全部野菜。シャキシャキしておいしいとか、コリコリしていいとか、鶏の軟骨とかもポリポリしていても、野菜のポリポリとかシャキシャキとは全然違うじゃないですか。

―そうですね。

小木田順子(以下、小木田):ホクホクとかね。

竪谷:全部野菜のおかげなんです。野菜に感謝です。野菜がないと料理ができない。これは、はっきり言える。野菜が料理の根本なんですよ。南極に何を一番に持っていくかというと、野菜なんです。どんなに高いといったって、肉や魚よりは安い。野菜が雨で高騰して高いわとか言いながら、300円。肉は600円でも800円でも買うじゃん。料理の上手な人って、野菜を上手に使える人なんですよ。三ツ星レストランでもそう。いい野菜を上手に組み込んで料理をする。色もそうでしょ。ピーマン、パプリカとか、緑の野菜とか。

南極地域観測隊が栽培する野菜(関係者撮影)
南極地域観測隊が栽培する野菜(関係者撮影)

小木田:自然の色ってすごいよね。

竪谷:全部、野菜の色なんです。焼肉ばっかりでインスタ映えできないじゃないですか。全部茶色になっちゃうもん。魚は白か赤でしょ。野菜のおかげ。日本の野菜は世界一ですよ。ナンバーワン。あと日本の卵。

―卵。

竪谷:牛乳も。日本の野菜や卵はナンバーワンですよ。世界にも、おいしいのもいっぱいあるんだけど。日本の野菜ナンバーワンですよ。魚も。国産は、やっぱり全然違う。

小木田:冷凍しても違うの?

竪谷:違う。繊維が柔らかい。

―(竪谷さんが過去に南極で作った)メニューで、サーモンの水菜添えか何かが、主役が逆転して、水菜のサーモン添えみたいな。

サーモンの水菜添え?水菜のサーモン添え?(竪谷博さん撮影)
サーモンの水菜添え?水菜のサーモン添え?(竪谷博さん撮影)

竪谷:野菜のほうがみんな食べたくなっちゃってるのね。

小木田:20代の若者でも?

竪谷:日本にいる時は、とんかつ食べて、キャベツの千切りを残してご飯をおかわりするとか。それが南極だと、キャベツの千切りおかわりする。それぐらい、野菜に飢えてくるんですよ。そんなにキャベツ好きだったのかよ?ぐらい、いつの間にかみんな野菜に飢えてビタミン不足になってくる。シャキシャキした食感はフレッシュの野菜でしか得られない。

肉よりキャベツの千切りが主役?キャベツの千切りがてんこ盛り(竪谷博さん撮影)
肉よりキャベツの千切りが主役?キャベツの千切りがてんこ盛り(竪谷博さん撮影)

小木田:栄養だけでいえばビタミン剤を持っていけばいいという話だけれども、それじゃ満たされない。

竪谷:そう。宇宙飛行士と一緒ですよ。栄養補助食品みたいな宇宙食じゃ駄目なんです。疲れたとかお腹空いたっていったら病院に行って点滴を打ちゃいいんだけれども、栄養的には満たされても力にならないんだよ。噛んで脳が刺激されて、おいしいなとか、いい食感だわとか、自然と、当たり前のように食べているから・・・。向こう(南極)に行くと、よく分かりました。

―私も老人ホームの食事を試食したんですけれども、とろみ食とか、噛まないものを食べると、噛みたい欲求が出てきて、せんべいをバリバリかじったことがありました。ところで野菜で一番人気はキャベツなんですか?

竪谷:長持ちするのがキャベツなんですよ。ほうれん草とか小松菜は、ゆでたのを冷凍して持っていくんですよ。水耕栽培で、ほうれん草とか小松菜を作れるんだけど、日本の畑で育ったものとは全然違う。細い。スプラウトですよ。苦みとか、青臭さが弱い。力がないんですよ。

―サラダほうれん草みたいな。

竪谷:そうそう。それでも向こうではぜいたく品なんですよ。

―それぐらい飢えるんですね。

竪谷:飢える、飢える。

―竪谷さんの記事で、「野菜をたくさん持ってったけど、すぐ無くなった」と。その経験を踏まえて今回は・・・。

竪谷:前回の倍近いぐらい、野菜を持っていくんですよ。野菜が命。野菜なんかいくらあったっていいんです。余るぐらい持っていってもいいぐらいだと思ったの。余んないから。

小木田:余るほど持っていったってそんなに予算に響かないもんね。

竪谷:そうなんです。

生野菜の到着は「この世にこんな喜びがあっていいのか」というほど

南極地域観測隊は、年が変わるのと並行して、次の隊次に入れ替わっていく。次年度の南極地域観測隊は、新しい生野菜を持って来てくれる。

―次の隊次と入れ替えの時期、12月でしたっけ?次の隊次の隊員が持ってきてくれた、生野菜が到着した時の喜びが(当時の記事に書いてあって)。

竪谷:この世に、こんな喜びがあっていいのかというぐらい喜びます。結局、人間は食べないと生きていけないんで・・・。「めっちゃ元気になる点滴ですよ」という点滴がヘリコプターで運ばれてきたら嫌なんですよ。

小木田:(一番の喜びが)野菜、というのが面白いよね。

竪谷:キャベツと卵。長持ちするから。お米もパンも大丈夫。オレンジやグレープフルーツとか果物も。長持ちして味の分かるやつが喜ばれる。

小木田:キャベツは、最初フレッシュなのが、だんだんギリギリまで食べていって。

竪谷:採れて1カ月ぐらいのフレッシュなやつだぜ、採れたてだよ!って。ヘリコプターで第一便で運ばれる時点で、採れてから1カ月以上たっているんですよ。それでも6週間前の採れたてだぜ!最高だぜ!ワー!ってなっちゃうんです。

竪谷さん属する第55次隊が持ってきたキャベツや卵を喜ぶ第54次南極地域観測隊(竪谷博さん撮影)
竪谷さん属する第55次隊が持ってきたキャベツや卵を喜ぶ第54次南極地域観測隊(竪谷博さん撮影)

小木田:日本の冷蔵庫で考えたら、1カ月前のキャベツなんて、みんな捨てる。

竪谷:こんな黄色いの食べられないよ、って日本ならなっちゃうのに、南極だったら6週間、7週間前のを「採れたてだぜ、ワー!」って、アメリカ映画みたいに騒いじゃう。

―すごいですね。

小木田:面白いね。こいつを待っていた!みたいな。

竪谷:卵なんて、1カ月半も前に採れた卵なのに「フレッシュだ!」とか言って、生卵かけご飯だよ。

待ちに待った生卵で卵かけご飯(竪谷博さん撮影)
待ちに待った生卵で卵かけご飯(竪谷博さん撮影)

小木田:やっぱり卵かけご飯なのね。

竪谷:「竪谷さん、炊きたてのご飯、頼みますよ」「俺、もう5杯も食いました」って。

―(竪谷さんの行かれた)1年を通して見ていると、12月・1月のあたりで、グラフにすると、こんな山みたいに(感情が)盛り上がっているのが・・・。

竪谷:人の心は、だんだんすさんでいく。「嫌だな、日本に帰りたくねえ」って暗くなっていくやつもいれば、明るくなっていくやつもいて、最後に(12月から1月にかけて)新鮮な食料が届いた時は、全員、また1つになる。今までいろいろあったのが、全員1つになって、肩を組みながら「キャベツ♪!キャベツ♪!」みたいな。「そんなにキャベツが好きだったのかよ」って。

―面白い。

竪谷:「俺、もう、日本に帰ってとんかつ屋に入ってもキャベツを絶対に捨てないっす。1本も残さない。ありがとう」って気持ちになって、南極とさよならするんです。

賞味期限なんて気にしない

竪谷:今回はたくさん日本の卵を持っていくんです。オーストラリアでも買ってみるんですけれども、どっちが持つか、やってみようかなと思ってる。

―私の本で「卵は冬場は57日間、生で食べられる」と書いていて。

小木田:日本の卵はね。

竪谷:オーストラリアの卵、生食で食べられるのを購入するんですけど、コシがなくなっていくスピードが速いと思ったんです。卵もいくらあってもいいんですよ。みんな卵好きなんです。卵焼きがあったら食べちゃうでしょ。

小木田:家の冷蔵庫でも、卵を捨てないもんね。

竪谷:駄目になる前に、必ず食べきっちゃうでしょ。料理するのがてっとり早いんですよ。目玉焼きもいいし、炒り卵もいいし。卵も、いつもどこかにいる。いて悪くないやつ。卵も偉い。

残った刺身を「づけ」にして、づけちらし(竪谷博さん撮影)
残った刺身を「づけ」にして、づけちらし(竪谷博さん撮影)

―じゃあ、野菜と卵と・・・あと何ですかね?

竪谷:牛と鳥、豚も、本当に偉いなと思う。牛も、肉から皮から全部食べるじゃないですか。牛乳を出してくれるし、チーズを作ってくれるし。

小木田:牛乳はどうやって持っていくんですか?

竪谷:ロングライフ牛乳。半年ぐらい持っちゃうんですよ。向こうでは半年以上、期限切れは関係ない。そんなことをいったら、食べるものがなくなっちゃう。

―『賞味期限のウソ』。

竪谷:賞味期限が切れているとか、捨てちゃえポイとか、あり得ないです。そういう人が一緒に行っていたら「じゃあ食べなくていいよ」と。周りはおいしいおいしいって食べている。お腹が空いたら食べないわけにいかない。だからそんなの関係ない。(賞味期限は)目安だからいきなり腐るわけじゃないから、食べたほうがいいんだよって。

―この前、千葉で台風があって、ミネラルウォーターを備蓄していた。

小木田:あれ、すごかったですね。

ー市が市民に配ったんですよ。ところが賞味期限が1年以上切れていたんですって。そしたら市民がクレームして、これ切れていますといって、市が、申し訳ございませんと言って、それを新聞が報じていて。あれは飲めなくなる期限ではなくて、保管中に、だんだん蒸発して、内容量が減っていく。内容量を担保できる期限なんです。日本の計量法という法律では、内容量が欠けたらいけないんですね。表示の数字から減ったら計量法違反なんです。

竪谷:なるほど。

―飲めなくなる期限ではないし、普通の水なら腐敗の可能性もあるけど、ろ過しているし。

小木田:細菌は入っていないんですね。

―そうです。菌が発生しにくい。ところがクレームする。市民も分かっていないし、市も分かっていないし、メディアも分かっていない。

竪谷:教えてあげればいいのにね。

熊本でも同じことが起こっていて。熊本地震から3年以上経って、なお全国からの備蓄水が130トン残っていて、大半が賞味期限切れなんですって。で、熊本市が困って、花壇の水やりとか足を洗ったりとか使っているらしいんだけど・・・。

竪谷:何で(市は)教えてあげないで「すいませんでした」ばっかり言ってるの?

小木田:謝っちゃってね。

竪谷:知らないんだから。

―賞味期限が、論争を生んでいます。

小木田:開けて飲んでみて、臭いも何もしないし、色も味も変わっていないですと言えば済む話なのにね。

竪谷:子どもに勉強を教えるのと一緒で、教えてあげたら、ああそうなんだ分かったって。ましてやそんな状況下なんですから、みんな大事にしますよ。足なんか絶対洗わない。日本人はもったいないという心を持っているから、ガラッと変わるはずなんだ。

―南極観測隊は皆さん、賞味期限は気にしない方たちですね。

竪谷:もう、全然気にしないです。賞味期限を気にするような人がいたら、食べなくていいってみんなから言われる。

オーロラ(竪谷博さん撮影)
オーロラ(竪谷博さん撮影)

小木田:野菜は食べられるギリギリまで食べるの?

竪谷:そうです。キャベツも、まわりが黄色くなってくるんだけど、日本だったら捨てちゃうでしょ。でも全部千切りにして、黄色いパプリカが無くたって、色とりどりのキャベツの千切りになる。玉ねぎだって、すが入ってくるけど、スライスして玉ねぎと海藻の中華サラダにする。

南極観測隊派遣中に出会ったアザラシ(竪谷博さん撮影)
南極観測隊派遣中に出会ったアザラシ(竪谷博さん撮影)

小木田:南極に行くと野菜嫌いがなくなる?

竪谷:まあ、嫌いな人は嫌いなんだけど、食べますよ。「いらない」って言わなくなる。

小木田:自分で分かるよね。体が持たないって。

竪谷:やっぱり、ちゃんと食べますよ。

小木田:面白い話。

―竪谷さんが調理を担当した班は「カップ麺やお菓子の減りが少ない」と別の隊次の人から褒められた話が書いてあって。料理が充実していたから。

竪谷:おかげさまで、好評をいただきました。

隊員同士の協調性が大事

南極に憧れて南極観測隊に応募する人も多いだろう。だが、オーストラリア経由の渡航も含め、1年4ヶ月間もの長期間、30人前後が密室で顔を合わせ続けて、うまくいくのだろうか。

ー南極に行きたい方って多いと思うんですけど、競争率も高いんですか?

竪谷:毎年違うと思うので何倍かは分かりませんが、何百人も応募してくるとは考えにくいですよね。

―1回行かれた方が、また行かれるとか・・・。

竪谷:2回目以降の人を選ぶ基準は特に分かりませんが、やはり、前回越冬した時の仕事ぶり等を含め、熟考した上で決められていくものだとは思いますよね。

小木田:行っちゃえば帰ってこられないんですもんね。

竪谷:(派遣期間中は)帰ってこられない。そういう意味でも、宇宙に行った事はありませんが、前回初めて行ったときなんかは、SF映画で見た他の惑星に来た感覚になりました。

―私、青年海外協力隊のOV(OB・OGのこと)なんですけど、1次試験2次試験のうち、健康診断も適性検査もあります。派遣前に、2~3カ月間訓練所に入って。そこで挫折する候補生もいる。でも、南極は、一年以上帰れない。

竪谷:そうですね、究極の人間力を試されるところではあるような気もしますね。

小木田:結構、年上の人がいたよね?

竪谷:今年は、1番上の人は57歳かな。

―若い方、大学を出て間もない方もいらっしゃいますね。

竪谷:20代前半もいます。夏隊は、研究者の卵である大学生や院生が、研究者のサポートをしながら参加されているようです。

居酒屋「じんから」で頂いた美味しいお食事(小木田順子さん撮影)
居酒屋「じんから」で頂いた美味しいお食事(小木田順子さん撮影)

メニューはお風呂で決まる?

1年以上もの長期間、1日3食を担当する調理隊員。メニューはどうやって決まっていくのだろう。

―メニューって、どれぐらい前に決めていくんですか?

竪谷: 3~4日前ぐらいから、冷凍してある食材を冷蔵庫に移して解凍し始めておくんですよ。冷凍野菜は数時間後に解けるけど、肉とか魚はすぐ溶けないじゃないですか。

―解凍プロセスに間に合うタイミングで決めていくんですね。

3月11日には東日本大震災の被災地ゆかりの食べ物を使ってのメニューが提供された(竪谷博さん撮影)
3月11日には東日本大震災の被災地ゆかりの食べ物を使ってのメニューが提供された(竪谷博さん撮影)

ーメニューで何となく決めていたルールってありますか?

竪谷:最初は決めていくんですけど、だんだん「明日何にする?」ってなっていくんですよ。肉と魚どっちがいい?とか。今日は魚を食べたから、明日は肉がいいっすね、とか、

―その辺は臨機応変に・・・。

第55次南極観測隊の食事風景(竪谷博さん撮影)
第55次南極観測隊の食事風景(竪谷博さん撮影)

小木田:仲良くなってくると、だんだん呼吸で分かってくるってあるの?

竪谷:だいたいお風呂に入っている時に決まるんです。仕事終わって1杯やっている時とかね。誰かが寄ってくるんですよ。お風呂に入っている時「竪谷さん、明日何ですか?」「明日肉が食いたいですね」って。「明日もう決まっちゃいました?」って寄ってくる。

小木田:面白いね。いい大人が「明日ご飯何」って聞くんだもんね。

―楽しみですもんね。

隊員からリクエストを受けて作った、ラーメンのチャーシューを切っていく竪谷さん(関係者撮影)
隊員からリクエストを受けて作った、ラーメンのチャーシューを切っていく竪谷さん(関係者撮影)

竪谷:ラーメンだったら「味噌だったから今度はしょうゆにしてくださいよ」とか。若い人は背脂コテコテのとかやってくださいよって。

―バラエティに富んでましたよね。ラーメンでも、昆布でだしを取ったのとか、黒ごまの・・・。

竪谷:黒ごま担々麺。

―みそとか豚骨とか。

竪谷:そうね、いろいろやりましたね。自分でもよくやったなと思いますよ。

とことんまで食べる、残っても食べきる

南極観測隊は、ごみを全て持ち帰る。食べ残しはないだろう。

小木田:しらせの食料と南極観測隊とは別立てなの?

竪谷:別。しらせは170人、南極に行くまでの間は170人+70人=240人、生活しているんですね。氷に閉ざされるとか、こっちでは考えられないようなことが向こうでは起きる。暗礁に乗り上げて動けなくなったこともあったし、オーストラリアの船が動けなくなって助けて帰ってきた時もあった。オーストラリアの船の乗組員の何十人かをヘリコプターで輸送して2週間かけてオーストラリアに戻んなくちゃいけない。そしたらその人たちの分の食料もなくちゃ駄目。食料は命の綱なんで、余るぐらい満タンにしていきます。

小木田:助けに来た人にも食料がいるんだもんね。

竪谷:そう。最後、横須賀に帰ってくるんですよ。しらせの乗組員は、日本に着いたからと言って家に帰れない。ドックに入るなど、船の中で生活するんです。残った食材でご飯を食べる。しらせでも残ったら、官舎や、そこの港の人たちが食べる。無駄にしない。

小木田:とにかく残らないんですね。

竪谷:とにかく残らない。残るけど食べちゃうんです。

小木田:捨てるものは、腐って食べられなくなったものだけって。

―すごい、究極の・・・。

小木田:究極の食品ロス削減だよね。

竪谷:賞味期限に関しては、みんな慣れているから。切れたって食えるんだという人たちばかりなんで、ああいうところに行くと、そうじゃない人も、そうなんだって分かってくれる。普通に食べちゃうんですよね。

小木田:缶詰なんて、開けてみて食べられなかったら食べなきゃいいだけだもんね。

―そうですよね。缶詰は真空調理してあるんだから。

小木田:開けてみて、まずくて駄目だったら食べなければいいだけですもんね。

竪谷:そうなんです。

「サンピラー」といって、太陽が沈む直前に光の柱が立ち上がる稀少な現象だそう(竪谷博さん撮影)
「サンピラー」といって、太陽が沈む直前に光の柱が立ち上がる稀少な現象だそう(竪谷博さん撮影)

調理隊員の人柄が大事

毎日の食事は、身体の調子に影響するのはもちろん、精神状態にも影響する。調理隊員は責任重大だ。

竪谷:日本にいる時のようなお洒落な注文はだんだんなくなってきて・・・たとえば、パスタは、昔の喫茶店やレストランで出てきたような、ケチャップ味のナポリタンやミートソース。ハンバーグは、お子様ランチみたいに、各国の国旗が刺さって出される、デミグラス味の煮込みハンバーグなどなど・・・。調理隊員としては、みんな子供にかえっていくような時があって、笑えます。

第55次南極観測隊と第56次南極観測隊。談笑する隊員たち(竪谷博さん撮影)
第55次南極観測隊と第56次南極観測隊。談笑する隊員たち(竪谷博さん撮影)

小木田:難しいですよね。どこまで管理するかとか、どこまで自由にさせるかとかって、難しいじゃない?

竪谷:お菓子やジュース等の管理に関してはその隊次でルールを決め、争いが起こらないようにしますね(笑)。

小木田:今聞いて思ったのが、調理隊員の人柄も結構大きい。その人が、すごい仕切りたがりで何かやっちゃうと、すごい大変でしょう?

竪谷:あんまり仕切り屋さんだと隊全体の雰囲気に響いてきちゃうと思います。

小木田:でしょ?調理隊員の人柄って、普通の人の人柄以上に大きいじゃないですか。

竪谷:普通の人の人柄がどれくらいかは分かりませんが、私なんかは心が大きい人なんだと思い込ませて日々を過ごしていましたね。(笑)

西荻窪「じんから」の入り口(筆者撮影)
西荻窪「じんから」の入り口(筆者撮影)

取材を終えて

長期間、南極観測隊として任務を果たすうちに野菜に飢え、「この世にこんな喜びがあったのか!」と新鮮な野菜を喜ぶと伺い、そこまで飢えるんだ、と驚きがあった。筆者も青年海外協力隊で2年近くフィリピンに滞在する中で、やはり飢えたのは「日本の食」だった。白いご飯だけでいいから、パラパラしたご飯じゃなくて、モチモチした熱々のご飯が食べたい、と、滞在中、何度も思った。

取材する筆者(小木田順子さん撮影)
取材する筆者(小木田順子さん撮影)

賞味期限を気にしなくなる、というのも印象的だった。そもそも、人間が作った「美味しさの目安」に過ぎないのだから、南極でない日本が気にし過ぎなのだろう。

第55次南極地域観測隊へ行く前にも、別の飲食店で料理されていた竪谷さん。1度目の渡航から帰国されてすぐ、居酒屋「じんから」をオープンされた。厨房に閉じこもるのではなく、お客さんと触れ合ってきた。

以前取材した、東京・中目黒の「魚治(うおはる)」でも、他の飲食店から転職した店長は、「奥の厨房にこもって料理に集中するのではなく、お客さんと触れ合いたいからこの仕事に就いた」とおっしゃっていた。取材当日、竪谷さんは、満席の店内のお客さんから、何度も声をかけられていた。これまで、お客さんとのやりとりを楽しんでこられたのだろう。取材だとわかると、お客さんから冷やかされたり、記事を楽しみにしているという声をかけられたりしていた。竪谷さんの、南極での2度目の活躍が、今から楽しみだ。

謝辞

居酒屋「西荻窪 じんから」さん、取材場所として貴重な座席をご提供頂きお時間を頂戴した竪谷博さん、取材をアレンジしていただいた幻冬舎新書編集長の小木田順子さんに深く感謝申し上げます。