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3年間で30%の食品ロス削減 ミシュラン星取得に貢献したシェフが始めたケータリング会社の取り組みとは

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
ケータリング会社社長のロニー・ソウル(Ronny Saul)さん(関係者撮影)

デンマークの国全体の食品ロスを、5年間で25%も削減することに成功した立役者、セリーナ・ユール(Selina Juul)

セリーナは、デンマーク国内で食品ロス削減に取り組む、さまざまな団体や人物を紹介してくれた。8代目の魚屋、トミー・フィッシャー(Tommy Fishcer)もその一人だ。

いくつか紹介してくれた会社の一つが、コペンハーゲンのケータリング会社、Jespers Torvekoekkenだ。セリーナの団体とは、2019年3月4日に連携協定を結んでいる。

Jespers Torvekoekken。コペンハーゲンの中心地から北へ移動した郊外にある(筆者撮影)
Jespers Torvekoekken。コペンハーゲンの中心地から北へ移動した郊外にある(筆者撮影)

創設者は、コペンハーゲン市内のミシュランレストランでシェフをしているJesper Holmberg。日本語読みだと「ジェスパー」だが、デンマーク語だと「イェスパ」さん。

イェスパさんは、1989年当時、広告代理店のBBDOで、ランチシェフとして勤務していた。コペンハーゲンの会社員たちが、あまり味の美味しくない社員食堂や、健康とは言えない外食で昼食をとっていることをイェスパさんが知った。そこで「コペンハーゲンの企業に勤める会社員に、美味しく、かつ健康的な昼食を届けたい」と思ったのが、創業のきっかけだ。

2016年からの3年間で、生産者と消費者が排出する食品ロスを30%削減したという。どのような取り組みをしているのだろうか。コペンハーゲンの会社を訪ねた。

Jespers Torvekoekkenのオフィスの入り口(筆者撮影)
Jespers Torvekoekkenのオフィスの入り口(筆者撮影)

ケータリング業界では作った料理の66%も捨てている

ロニー・ソウル(Ronny Saul、以下、ロニー):社長のロニー・ソウルです。

ーはじめまして。よろしくお願いします。

ところで、御社の社員数が120人で、食堂の運営が33店舗だと、取材前に調べてきました。この数字は合っていますか?

ロニー:社員数は、今では、およそ200名になりました。直接運営している店舗は、企業の中にある食堂も含めて34店舗になりました。コペンハーゲンのここでは、およそ6,000食を作っています。

ー以前より社員数も増えたのですね。ところで、食品ロスを減らした量、こちらで調べた量だと「30%削減」とのこと。これは、いつから減らしたのか、教えていただけますか。

ロニー:3年前の2016年に食品ロス削減の取り組みを始めました。「30%削減」は、2016年と現在(2019年)の自社のケータリングサービス由来の食品ロス量を比べて、ということになります。

ー会社の創業が1991年と聞いています。合っていますか?

ロニー:そうです。イェスパ(Jesper Holmberg)という人が1991年に会社を始めました。

ー創業後、食品ロスを減らす取り組みを3年前から始めた、ということですね。

ロニー:はい。

社長のロニー・ソウル(Ronny Saul)さん(筆者撮影)
社長のロニー・ソウル(Ronny Saul)さん(筆者撮影)

曜日による食べ残しの種類や量をデータ化し、次のメニューに反映させていく

ロニー:実は、ブッフェで食べられている量は、全体の34%に過ぎません。残りの66%は、お客様のところで捨てている状況です。これが、自分たちも含めたケータリング業界の一番の問題です。これを何とかしなくてはいけない、と考えているわけなんです。

ロニーさんがデータを見せてくれた(筆者撮影)
ロニーさんがデータを見せてくれた(筆者撮影)

ーこの数字は、デンマーク全体の平均ですか?

ロニー:自分たちのお客さんの、一週間の平均です。では、具体的に、どのように食品ロスを減らすのか。SDGのプログラムで取り組んでいることの大きな一つは、食品ロスの数字を見て、お客様の嗜好に合わせ、適正な量をお届けする、ということです。

オフィスに貼ってある料理パネル(筆者撮影)
オフィスに貼ってある料理パネル(筆者撮影)

たとえば、月曜日には34%の食品ロスが出ています。火曜日には11%でした。ですが、水曜日には73%も残ってしまった。非常にばらつきがあります。お客様のニーズにあった適量をお届けするのが食品ロスを防ぐ一番効果的な方法の一つということが分かったので、今、取り組んでいるところです。

ロニー:一番やりやすいのは、製造段階と購入段階で食品ロスをなくすことです。そして、エネルギー消費に関しても最適な方法を選ぶことです。

厨房ではトマトやパプリカを調理していた(筆者撮影)
厨房ではトマトやパプリカを調理していた(筆者撮影)

お客様に「食品ロス削減への協力」の手紙を渡して協働を呼びかける

ロニー:難しいのは、レストランと違って、お客様のところに配送された後、どうなっているかがわかりにくいこと。ケータリング会社では、そこが一番難しいところです。

そこで、営業の担当者が、お客様の企業で、随時お話しします。「ストップ食品ロス」というステッカーが貼ってある手紙を渡して、「ぜひ食品ロス削減に、共に協力してください」という啓発をします。

お客様のところで、人気のメニューやそうでないものなどの情報を得ます。あまり人気でないメニューは量を減らし、人気のあるものを増やしていく。最終的に、食べ残ってしまうものが少なくなるよう、調整しています。

食材は、できるだけ生のものを使っており、サラダは野菜からこの厨房で作っている(筆者撮影)
食材は、できるだけ生のものを使っており、サラダは野菜からこの厨房で作っている(筆者撮影)

UNDP(国連開発計画)のSDGs推進プログラム唯一のケータリング会社

ロニー:私たちの会社は、国連(国際連合)の、SDGアクセレータ(推進)プログラムで、唯一のケータリング企業です。地球や気候変動への影響をできる限り抑えた、持続可能な食品企業を目指しています。関係者に「デンマークで唯一の会社なの?」と聞いたら、「デンマークでも唯一だし、世界でも唯一だ」と。なぜなら、ケータリング会社でのこのプログラムがデンマークで始まったからだそうです。

SDGs(国連広報センターHP)
SDGs(国連広報センターHP)

独自の管理ツールを開発して食品の量を調整し、顧客の食べ残しを削減

Jespers Torvekoekkenでは、独自の管理ツールを開発し、野菜やトッピング、温かい料理など、種類別にすべての食べ物の量を調整できるようにした。これにより、顧客の食べ残しが減ったという。

ロニーさんが厨房を案内してくれた。

案内してくれるロニーさん(筆者撮影)
案内してくれるロニーさん(筆者撮影)

「厨房」といっても、かなりスッキリしている。ちょうど夏休みの時期ということもあるが、あたかも、食品以外のものを扱っている工房のような趣でもある。

厨房の一角(筆者撮影)
厨房の一角(筆者撮影)

工程によってチームが分かれており、責任者が取りまとめている。

責任者の男性(左)とスタッフたち。箱には食材の量を示す細かい数字の表が貼り付けられている(筆者撮影)
責任者の男性(左)とスタッフたち。箱には食材の量を示す細かい数字の表が貼り付けられている(筆者撮影)

どのチームも、必要最小限の人数で、効率よく働いている雰囲気。

数名が1つのチームとして働いている(筆者撮影)
数名が1つのチームとして働いている(筆者撮影)

野菜や果物などの食材が入った箱には、細かいデータが貼り付けられている。

箱に貼り付けられたデータ(筆者撮影)
箱に貼り付けられたデータ(筆者撮影)

料理が入った青い箱は、細かく量を調整したような印象。

料理やパンが詰められた青い箱(筆者撮影)
料理やパンが詰められた青い箱(筆者撮影)

取材した日は小雨模様だった。

配達のための車(筆者撮影)
配達のための車(筆者撮影)

入り口には料理を運ぶための車が数台あり、スタッフたちがたくさん集まっていた。

配達するスタッフたち(筆者撮影)
配達するスタッフたち(筆者撮影)

規格外の野菜の活用は今後の課題

ーところで、ヨーロッパでは、規格外の野菜を販売するスーパーや、そういうものを使う食堂があります。規格外野菜は扱っていますか?

ロニー:規格外の野菜などは、買いたいと思ってはいるんですけれども、難しい問題がいくつかあります。

というのは、たとえば、卸の八百屋さんは、規格外のものを売っていないんです。規格外を使うためには、直接、農家と契約しなくてはならない。でも、農家も、私たちがほしい量だけ規格外野菜を提供するチャネル(流通経路)が、まだないんです。

「醜い野菜」という団体、ご存じですか?創始者はペートラさんという女性だそうです。今度、その方と会議する予定です。この団体から仕入れることができるのか、もし直接は無理なら、どの農家さんと話したらいいか、そういう情報を得ようと思って、今度の水曜日に会う予定です。

ーフランスに行ったときに「醜い野菜」みたいなブランドがあったんですけど、それとは違うんですよね?

ロニー:はい。このペートラさんのは、デンマークの団体です。規格外の野菜を宅配しているそうです。たとえば「トマトがほしい」と言ったら、どんな大きさか分からないけれども、とにかくトマトが運ばれてきます。

厨房の外観(筆者撮影)
厨房の外観(筆者撮影)

食品ロス削減と並行し、再生可能エネルギーの使用や二酸化炭素排出減にも取り組む

Jespers Torvekoekkenは、食品ロス削減の取り組みと並行し、再生可能(グリーン)エネルギーの採用や、食品廃棄物を再生可能エネルギーに換える取り組みも行なっている。

たとえば次のようなものだ。

  • 食品廃棄物を再生可能エネルギーに変換する事業をおこなっている「Biotrans」と協働している。すべての食品廃棄物を、電気や熱エネルギーにリサイクルしている。2018年1月には、11トンの食品廃棄物を3740kwt Elと4675kwhの熱(1店舗が1年間に使う電気量に相当)に変換した。
  • 二酸化炭素の排出にも考慮し、CO2 neutraltという、デンマークの二酸化炭素削減の宣言サイトにも社名を掲載している。
  • 2018年9月には、生分解性の容器包装の利用を進めていくことを発表した。これにより、かかる経営コストは2倍になるが、取り組んでいくと宣言している。
  • Soborgというところの店舗では、風力発電のみで経営している。
  • 昼食時の紙の下敷きを、ランチボックスとして再利用している。この紙は、環境配慮のFCS承認を受けたもの。
  • 商品の購入方法の最適化(フェアトレード)や、リサイクルに適した有機ごみを活用することで、持続可能な生産体制を整えている。
すべての食品廃棄物を再生可能エネルギーに換えている、そのための装置もロニーさんに見せてもらった(筆者撮影)
すべての食品廃棄物を再生可能エネルギーに換えている、そのための装置もロニーさんに見せてもらった(筆者撮影)

将来のビジョンは?

ロニーさんに、将来のビジョンを尋ねた。

ー改めて、将来のビジョン、これから目指すところを教えていただけますか。

ロニー:2016年と2020年に戦略構想を立てました。その中で、持続可能な可能性がある場合には、必ず、そちらを採用することを、ストラテジー(戦略)の中に盛り込んでおります。

もちろん、経営に差し支えのあるほど高い選択肢は適用できません。でも、少しぐらいコストが高くなるのは構いません。

たとえば、風力発電のエネルギーは、通常のエネルギーよりもちょっとコストが高い。でも、戦略を立てたときに決めているので、コストは高くても、風力発電を採用しているわけなんです。

電気自動車に関して、今はまだ高すぎるので採用できないんですが、もし購入できるくらいの値段に下がれば、電気自動車に変えていくように考えています。つまり、エネルギー消費と食品ロスの問題に果敢に取り組んでいくことを、私たちの戦略構想の中に入れているんです。国連の世界標準を見据えて自分たちも取り組んでいく、ということを、もう、しっかりと決めているんです。

取材を終えて

単に売り上げ目標だけ達成すればいい、というものではなく、地球や気候変動など、持続可能性まで思いを馳せて取り組んでいく。そのような姿勢に感銘を受けた。

もともとロニーさんは、サッカー業界の会社の社長だったそうだ。その会社がJespers Torvekoekkenを買収したそうで、それがきっかけでこの会社の社長になった。

4人のお子さんがいらっしゃり、6週間、日本に滞在したこともあるという(4週間東京、2週間京都)。

自社を支えてくれている地球環境への配慮の姿勢。日本の企業でも、このような取り組みが始まるよう、ロニーさんたちの取り組みをしっかりと伝えていきたい。

社長のロニーさん(右)と筆者(関係者撮影)
社長のロニーさん(右)と筆者(関係者撮影)

Jespers Torvekoekken公式サイト

謝辞

取材に際し、デンマーク語を日本語へ通訳して下さったウィンザー庸子氏と、団体の概要を調べて下さった本多将大氏に深く感謝申し上げます。

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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