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世界の科学者30名が3年協議した、100億人の食を支える持続可能な食事とは?16日付ランセットで発表

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
イタリア・フィレンツェの市場にて(筆者撮影)

2019年1月16日付の英医学誌「ランセット(Lancet)」に、2050年までに100億人に達する世界人口を支えるための食はどうあるべきかを提言する論文が掲載された。世界の科学者30名が3年間にわたって協議した、世界各国の政府が採用できる案だという。

論文は47ページにわたり、引用文献357という大作だ。

2019年1月16日付で Lancet(ランセット)に掲載された論文

Food in the Anthropocene: the EAT-Lancet Commission on healthy diets from sustainable food systems

食の持続可能性について何年も特集記事を掲載しているNATIONAL GEOGRAPHIC(ナショナル・ジオグラフィック:通称ナショジオ)も2019年1月25日付で『肉を半分に減らさないと地球に「破滅的被害」』という記事にしている。

肉・砂糖の摂取を控え、野菜や果物、豆類などの摂取を増やす

では、世界の科学者30名が3年間にわたって協議した内容とはどのようなものか。

論文には10のキーメッセージが載っており、その中の5番目には「ナッツや果物、野菜、豆類などの摂取を増やし、赤身の肉や砂糖の摂取を減らすこと、ただし、(そのように変える必要性は)地域によって大きな差がある」と書いてある。

Transformation to healthy diets by 2050 will require substantial dietary shifts, including a greater than 50% reduction in global consumption of unhealthy foods, such as red meat and sugar, and a greater than 100% increase in consumption of healthy foods, such as nuts, fruits, vegetables, and legumes. However, the changes needed differ greatly by region.

出典:Food in the Anthropocene: the EAT-Lancet Commission on healthy diets from sustainable food systems (Lancet, January 16th, 2019)

前述のナショナル・ジオグラフィックの記事では、米国では肉の消費を減らすべきと書かれている。

肉と砂糖の消費は、半分に減らす必要があるという。ただ、削減すべき地域とそうでない地域があると、論文の著者で米ジョンズ・ホプキンス大学の食料政策と倫理学教授であるジェシカ・ファンゾ氏は言う。例えば、米国では肉の消費量を減らし、果物と野菜の量を増やす。対して、栄養不足が深刻な国では、食事の約3%に肉を取り入れるといった具合だ。

出典:2019年1月25日付 ナショナル・ジオグラフィック記事

2018年10月には「Nature(ネイチャー)」も「肉と砂糖の摂取を減らすべき」

2018年10月10日付で、学術誌「Nature(ネイチャー)」にも、「肉と砂糖の摂取を減らすべき」とする内容が掲載されている。

2018年10月10日付で学術誌「Nature」に掲載された論文

Options for keeping the food system within environmental limits

牛肉は、育てるために大量の資源(水や飼料など)を必要とするため環境負荷が高い。そのことは、環境問題の場で多く語られてきている。2018年12月に開催されたCOP24(気候変動枠組条約第24回締約国会議)では、食事の多くがヴィーガンやベジタリアン向けの食事だった。

参考:

アニマルライツセンター公式サイト

「食品の無駄を減らすべきという提案は広く受け入れられている」(ナショナル・ジオグラフィック)

「ランセット」の論文には、一日2,500kcal(キロカロリー)摂取するための健康的な食事の内容として、摂取源とその割合まで細かく提示されている。

たとえば、タンパク質だけ見ても、次のように9つに分類されている。

牛肉およびラム1日7g(0〜14gの範囲で)

豚肉7g(0〜14g)

鶏肉や他の家禽類29g(0〜58g)

卵13g(0〜25g)

魚類28g(0〜100g)

乾燥豆・レンズ豆など50g(0〜100g)

大豆類25g(0〜50g)

ピーナッツ25g(0〜75g)

ナッツ類25g

だが、国による食習慣の違いや個人の嗜好の問題もあり、厳密にはいかないだろう。実際、科学者の全てが前述の提言に賛成しているわけではない。ナショナル・ジオグラフィックの記事では、米国酪農会議の最高科学責任者であるグレッグ・ミラー氏が、牛乳の栄養価の利点や、酪農や乳業業界で働く100万人の人の生活に触れ、米国の食生活を大幅に変えることに慎重な姿勢を示している、としている。だが、記事では「食品の無駄を減らすべきという考え方は広く受け入れられている」としている。

「ランセット」の論文の後半には5つの戦略が述べてあり、その5番目に、SDGsに基づき、食品の無駄を少なくとも半分に減らすべきと書かれている。

Strategy five: at least halve food loss and waste, in line with global SDGs

出典:Food in the Anthropocene: the EAT-Lancet Commission on healthy diets from sustainable food systems

賞味期限や消費期限の理解、食品の保管方法や残り物の活用法について知るべき

「ランセット」では、賞味期限や消費期限、買い物の仕方や調理技術、食品の保管方法や残ったものを活用する方法をレベルアップさせるための啓発の必要性について触れている。

The Commission envisages use of campaigns to promote improved planning of purchases, understanding of best before and use by labels, storage practices, assessment of portions needed, food preparation techniques, and knowledge of how to use leftovers.

出典:Food in the Anthropocene: the EAT-Lancet Commission on healthy diets from sustainable food systems

ナショナル・ジオグラフィックは2014年「90億人の食」特集をシリーズで掲載

ナショナル・ジオグラフィックは、2014年に「90億人の食」という特集をシリーズで掲載した。

ナショナル・ジオグラフィックの取材を受ける筆者(撮影:藤谷清美氏)
ナショナル・ジオグラフィックの取材を受ける筆者(撮影:藤谷清美氏)

当時、筆者も取材を受け、インタビュー記事が3回シリーズで掲載されている。

File7 日本の食品ロス 井出留美 第1回 コメの生産量と同量の食品が日本で廃棄されている

File7 日本の食品ロス 井出留美 第2回 食品ロスを助長する根深い日本の食品消費文化

File7 日本の食品ロス 井出留美 第3回 年間500万トンを超える食品ロスを減らすには

米ミネソタ大学環境研究所所長の5つの提言では「食生活を見直し、食品廃棄物を減らすべき」

同じ2014年のナショジオ5月号「90億人の食」で、米国ミネソタ大学環境研究所の所長であるジョナサン・フォーリー氏(Jonathan Foley)は、世界の食料問題を解決するための、次の5つの提言を述べている。4つめが「食生活を見直す」で、5つめが「食品廃棄物を減らす」だ。

  1. 農地を拡大しない(Freeze agriculture's footprint)
  2. 今ある農地の生産性を高める(Grow more on farms we've got)
  3. 資源をもっと有効に使う(Use resources more efficiently)
  4. 食生活を見直す(Shift diets)
  5. 食品廃棄物を減らす(Reduce waste)

ジョナサン氏は、家畜に与える穀物のカロリー(エネルギー)を100とすると、人間が牛乳から得られるカロリー(エネルギー)は40、卵は22、鶏肉12、豚肉10、牛肉では3しかないと述べている。

For every 100 calories of grain we feed animals, we get only about 40 new calories of milk, 22 calories of eggs, 12 of chicken, 10 of pork, or 3 of beef.

出典:Jonathan Foley's direction; National Geographic May, 2014

次世代や社会的弱者を配慮した食生活を

ランセット委員会は、2019年1月17日から、世界30カ国以上で関連イベントを開催している(ナショナル・ジオグラフィック 2019年1月25日付記事より)。ノルウェーのオスロで開催されたローンチイベント(世界30カ国以上での開催の皮切りとなるイベント)の一部は映像で見ることが可能だ。

2019年1月30日に生出演したTOKYO FMの「クロノス」でも、ヨーロッパなどと比べて、環境配慮の意識が格段に低い日本のことが話題になった。

COP24では15歳のスウェーデンの活動家が「生活を持続可能なものにすべき」と提言

前述のCOP24では、なんと15歳のスウェーデン人活動家、Gerta Thunberg氏がスピーチし、「生活を、当たり前のように持続可能なものに変えるべきだ」「子どもを愛すると言いながら、その目の前で彼らの未来を奪っている」と、世界の大人たちへ提言している。

目先のことや今だけでなく、次の世代のことや、社会の中で弱い立場にある人のことも考えた食生活をしていきたい。知らずに「加担」していることもあると思う。知ることは大切だし、自分がいかに知らないかを知ることも大切だ。

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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