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Wシリーズ優勝効果? 画家ロックウェルのレッドソックスゆかりの作品「ルーキー」が約23億円で落札。

一村順子フリーランス・スポーツライター

米国の人気画家がレッドソックスを題材に描いた「ルーキー」

アメリカの人気画家であり、イラストレーターとしても活躍したノーマン・ロックウェルの代表作「ルーキー」が22日(日本時間23日)に、大手の競売会社「クリスティーズ」の競売にかけられ、2256万5000ドル(約23億円)で落札された。前オーナーが同作品を購入した1986年には、当時60万ドル(約6100万円)の値がついた作品が、28年後で約37倍になったのは、レッドソックスの今世紀に入ってからの活躍と無関係ではないだろう。04年、07年、昨年と21世紀に入って3度ワールドシリーズ優勝を果たした”世界一効果”で、人気の名作の市場価値が更にアップしたようだ。

名画「ルーキー」(副題レッドソックスロッカールーム)
名画「ルーキー」(副題レッドソックスロッカールーム)

この作品は、ロックウェルが1916年から47年間に渡って、約300点にも登るイラストを表紙に提供した米国の雑誌「サンデー・イブニング・ポスト」紙の1957年3月2日号を飾ったもの。“ザ・ルーキー”という題名に、「レッドソックスロッカールーム」という副題がついている。殿堂入りしている最後の4割打者、テッド・ウィリアムスを始め、5人のレッドソックス選手が、春季キャンプ地のフロリダ州サラソタのクラブハウスで着替えている所に、スーツ姿で山高帽を被った新人が、スーツケースとバット、グラブを持って足を踏み入れた瞬間を捉えている。先輩選手の好奇心に満ちた表情や、値踏みするような視線。対照的に新人選手の静かな笑みを称えた口元が印象深い。一瞬の表情や細部の表現で、静止画の背景にある物語を鮮やかに伝える手腕は、ロックウェルの真骨頂。この作品は、今でもポスターや絵はがきの販売が好評なロックウェルの代表作の1つとされている。

1986年に匿名の収集家が所有して以来、私蔵されてきたが、レ軍がワールドシリーズで優勝した04年、07年は翌年に球団の本拠地フェンウェイパークから歩いて10分程(約8キロ)にあるボストン美術館で一般公開された。今年も昨年の世界一を祝して、4月末から6日間、同美術館で展示された後、今月5日には、フェンウェイパークにも展示され、競売の行われるニューヨークに移された。

モデルを務めた元レ軍戦士は今86歳

6日にフェンウェイパークで行われた交流戦レッズ戦の前には、この絵のモデルを務めたフランク・サリバン氏が当地を訪れており、実際に話を聞く機会があった。現在、86歳になったサリバン氏は、レッドソックスなどでプレーした元メジャーリーガー。1955年には、18勝を挙げて最多勝を獲得している。作品の中では、中央左寄りに肘を掛けた姿勢で背中向きに座っており、背番号「18」が半分こちら側に向いている。選手登録では6フィート6インチ(198センチ)となっている同氏は、快活な声で当時を振り返った。

6日にフェンウェイパークを訪れたサリバン氏
6日にフェンウェイパークを訪れたサリバン氏

「当時の私は、単なる野球選手だったんでね、ロックウェルなんて名前を聞いても、全然、誰だか知らなかったんだよ。単に球団から頼まれて、モデルをしにいったんだ。後になって、雑誌の表紙になると知って、へぇ! と思ったもんだが、それから、ずっと長い時間が経って、沢山の人に親しまれる偉大な作品になった。その中に自分がいるなんて、これほど光栄なことはないし、信じられない気分だよ」

ロックウェルが作品に着手したのは、雑記が発売される前年となる1956年の夏。球団の要望に応じて、サリバン氏を始め、右翼手のジャッキー・ジャンセン、捕手のサミー・ホワイト、二塁手のビリー・ゴールドマンの4人の実在したレ軍選手が、マサチューセッツ西部のストックブリッジにあるアトリエ(現在はノーマン・ロックウェル美術館)に赴き、モデルを務めた。背後のロッカーにあるプレートに、それらの名前を確認することができる。テッド・ウィリアムスだけが、実際にモデルを務めることはなく、ロックウェルは野球カードや野球を参考にして描いたそうだ。また、新人のモデルには、近郊の町、ピッツフィールド高校に通うシャーマン・サフォード氏が起用された。現在、75歳となったサフォード氏は、現在、ニューヨーク州ロチェスター在住。バークシャーイーグル紙の取材に対して、「1ポーズにつき60ドルのモデル料を貰ったが、その小切手を保管しておけば今頃、もっと価値が上がっていただろうね」と語っている。

高額落札は、ワールドシリーズ効果の現れか

アメリカの”古き良き時代”の一般大衆を暖かい眼差しで、生き生きと描き続けたロックウェル。57年前の「サンデー・イブニング・ポスト」は、一部15セント(約15円)。前オーナーが、60万ドルでこの絵を購買したのは、レッドソックスが悲願の優勝まで、あと一死と迫りながら球史に残る痛恨の失策を境にメッツとのワールドシリーズに敗れた1986年だった。21世紀に入って”バンビーノ”の呪いが解けたチームは3度のワールドシリーズ王者となり、作品の人気と市場価値はマックスに。今が売り時とばかり、最高のタイミングで掛けられた競売だったと言えるかもしれない。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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