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ストライクゾーンの違いを逆手に、新境地を広げたカブス・今永。高目直球でメジャーを無双する。

一村順子フリーランス・スポーツライター
5月1日ニューヨーク州メッツ・シティ・フィールド(写真:REX/アフロ)

 カブスの今永昇太投手が1日(日本時間2日)の敵地メッツ戦で、自己最長7回を投げ、3被安打無失点の好投で、開幕から無傷の5勝目を挙げた。相次ぐ先発陣の故障もあり、初の中4日登板。その影響も多少あったのか、平均球速は前回よりやや落ちたが、それでも、球数87球で13度の空振りを奪い、7奪三振1四球。ストライク先行で追い込んでいくピッチングは、いつも通り痛快だった。

 試合前。ホームのクラブハウスでは、右肩痛で負傷者リスト入りしているメッツの千賀滉大投手が、トレーニングを終えてロッカーに戻ってきた。2日前に負傷後初めてライブBP登板。翌日の肩の調子も良さそうで、表情は明るい。「今日は今永のピッチングを見なくっちゃ」と、自主トレを一緒に行ったこともあるという、今永のニューヨーク初登板を楽しみにしていた。千賀の目に今永の投球はどう映るのだろう。

 「あのアングルで、高目に、あの真っ直ぐをどんどん投げ込んでいければ、なかなか打たれないでしょうね。上手くこっちのストライクゾーンを使っていると思います。日本は、高目のストライクゾーンは”無い”ですから」

 日本に高目は無いー。そう、千賀は言い切った。え、無いんですか?

 「ええ。無いんです。ストライクはベルト付近から膝まで。ベルトの上をストライクとコールをする文化がないですから。日本には」。そう言って、両方の親指と人差指を直角にして横に長い長方形をつくった千賀は、「これが、日本」。そして、そのまま両手を90度回転させ、縦長の長方形をつくって「こっちが、メジャー」。明快な説明だった。 「ただ、体に掛かる負担は大きいと思いますよ。あれだけ低いところから高目に狙って投げるんですから、腰もそうだし、背中や肩も。負担は掛かると思いますね」

 身長の1メートル78センチの今永は、スリークォーター気味の腕から回転効率の高いボールをリリースする。落ち幅が少ない直球の軌道は、実際には重力で落ちているが、打者の目からはホップするように見える。本格派の長身投手が投げ下ろすボールもやっかいだが、今永は逆のアングル。加えて、低目に落ちるスプリットで高低差をフル活用。これが、面白いようにハマっている。

 三塁側ベンチではカブスのホイヤー編成部長が、上機嫌でメディア対応していた。

 「今永と契約する上で、我々が確信していたのは、彼の直球のクオリティーの高さだ。彼のボールの軌道が我々の目を引いた。こっちのストライクゾーンは日本よりずいぶんと高目に広いから、多分、日本の時より有効なんじゃないかと思えた。彼は、それを実戦している。今、現実に起きていることは、我々がまさに期待していたこと。高目の直球と低目へのスプリットを使って、まるで、Halo Game をプレーしているみたいだ」と、的を射撃するビデオゲームを例えに説明した。そして、「日本から来る投手が、メジャーの公式球とストライクゾーンにどう適応できるかは未知の部分だけれど、彼は見事に適応している。彼の制球力が間違いなく優秀だということ」と、称えた。

 公式球の違い、マウンドの違い、ストライクゾーンの違い。それらは、これまで海を渡った投手たちを戸惑わせてきた。日本で実績を積んだ投手には、マイナス要素であり、克服しなければならない関門だった。今永は、それを逆手に取ってプラス要素に変換。自分の長所に組み込み、投手としての新しい領域を広げたかのようだ。

 結局、メッツ戦で1四球を与えた今永は、ここまで6試合で34回2/3を投げ、4与四球35奪三振。与四球率と奪三振の比率は、2日現在メジャー4位の8・75となった。登板後、ストライクゾーンの違いを問われた今永は、「確かにMLBはストライクゾーンに忠実だなという感じはします。打ちに行く胸の高さから膝の高さ。そういうのがちゃんと画面で出るので、それに忠実にやっている感じがある」と印象を述べた。

 野球ファンの間では、球審のストライク判定の正確さを採点をする「umpscorecards.com」という英語サイトが人気だ。ボストン大学の統計学選考の学生らが運営しており、全試合の球審判定で、何割の正解率だったか、どっちのチームに有利な判定が多かったか、勝敗を左右する場面でミスしたコールはどれか。これらの情報が翌日の朝、全てデータで表される。一般のファンも、疑問に感じた1球をチェック出来るという訳だ。試合中、ベンチに下がった選手がタブレットを覗き込んでいる光景をよくみるが、選手にもリアルタイムでストライクゾーンを可視化できるツールがあり、確認作業を行っている。球場のファンも、ストライク・ボールの判定に敏感で、バックネット裏から沸き起こるブーイングの大きさも思い当たる。マイナーではロボット審判が導入された。千賀が、両手で縦長の長方形をつくってみせてくれた、あの、ストライクゾーンの認識が、米国では明確なのかもしれない。

 「スプリング・トレーニングの頃は、めちゃめちゃ大変でした。今の高目に投げているところは、僕の感覚では全部ボールなので。ボール球を投げているという違和感はずっとあって。これをどうやって修正しようかなと試行錯誤してました」と、今永は言った。感覚のズレを修正し、メジャー仕様に標的を定め直して、縦長のストライクゾーンを最大限に有効活用した結果の5連勝だ。

 日本は、リトルリーグや高校野球でも指導者が口酸っぱく低目を指導するなど、伝統的に低目のボールが称賛される傾向がある。「低目に集めて」と言えば、大抵、好投を意味し、「高目に浮いた」、「高目に甘く入った」と失投を表現することも多い。腕の長い大リーガーは低目への対応が上手いし、『フライボール革命』以降、打球を上げようとする打者に、高目は打ちづらいコースになっている。強く角度のついた打球を追求する今流行りの『バレル打法』を手玉にとって、新人左腕がメジャーを無双している。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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