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田中将大投手の処遇を巡る日米の”温度差”と、楽天が選んだ日本的着地。

一村順子フリーランス・スポーツライター
ウインター会議から2週間。ようやく、田中争奪戦にゴングが鳴る。

プロ野球の楽天は、25日、田中将大投手の来季の大リーグ移籍を容認することを明らかにした。新ポスティング制度では入札額に2000万ドルの上限が設けられたことに不信感を示していた楽天は、田中のメジャー志向を聞いた上で「預かりおく」形で態度を保留していたが、最終的に田中の希望を受け入れた。この間、世間では賛否両論、色々な意見が出た。日米の報道を見比べた時、マー君問題を巡る両国間の“温度差”を感じずには居られない。

日本では、「メジャーの言いなりになるな」と、日本球団側に不利となった新制度に不信感を示した楽天を擁護する声も挙ったが、一般的には「マー君がかわいそう」という世論が大半を占めた。24勝無敗で日本シリーズ制覇に貢献した右腕に対し「あれだけ頑張ったのだから、気持ちよく送り出してやれば」というものだ。

一方で、ウィンターミーティングなどで聞いた大リーグ関係者の多くは、「来てくれれば結構だが、楽天が残留させるのが、普通だろうな」というトーン。一部「ポスティング申請NO」という報道が出た際も「That's make sense」(道理に叶っている)という受け止め方が多かった。

ある米国野球記者は言う。「田中の市場価値は、ある程度確立されている。来年、よっぽど選手生命を脅かす怪我でもしない限り、入札額が激減されることはないだろう。つまり、楽天は来オフでも、2000万ドルは手に出来る。だったら、何故、急いで今年出す必要がある? 来年でいいじゃないか」

メジャー側の論調は、あくまでシビアなビジネス感覚に基づいている。50億円を超える入札額が期待できたからこそ、楽天は2年も早く保有権を早く手放すメリットがあったが、今年でも来年でも、入札額が上限一杯なら、何故、来季20勝は堅い看板選手を急いで放出するのか。マー君放出による放映権、観客動員、グッズの売り上げなど球団の損失は計り知れない。そもそも、優勝を目指して最善を尽くすのが球団の使命。田中放出で、ファンや株主を始めとするスポンサー陣営をどう説得するのか、という見方だった。

田中が去年の契約更改の席でメジャー志望を表明した時、楽天は「今年頑張ってくれたら、前向きに検討する」というような事を田中に伝えていたかもしれないが、その時点では、球団がメリットを計算できたからである。 青天井の入札額が見込めた旧制度なら、田中を“旬”の時に市場に出す方がいい。松坂大輔やダルビッシュの過去の例から判断して、旧制度なら田中の入札額は50億円とも60億円とも噂された。実質30億円もの差額が出るようなルール改正があれば、楽天が難色を示すのは当然の話である。

そんな中、日本では「50億円なら出すくせに、20億円なら出せない楽天はケチ」という意見もあったようだ。断っておくが、30億円というのは決して“はした金”ではない。今季なら巨人、中日以外の日本球団では、チームの総年俸を上回る巨大な額だ。球団によっては2年分の総年俸に相当するだろう。

それでも立花社長は、25日の会見で何度も田中の「貢献」を口にし、功労者だからこそ、球団として容認すると説明した。つくづく日本は、功労者に手厚く、情に厚い国だと思う。メジャーでも、球団が功労者に特別の敬意を示す例はあるが、それは、フランチャイズ選手、又はそれに準じる形で、長期に渡って活躍した選手に限られる。今季限りで引退したマリアノ・リベラは、ヤンキース一筋19年プレーした。チッパー・ジョーンズはブレーブスで19年、トニー・グィンはパドレスで20年。マイク・シュミットはフィリーズで18年等々。田中の成績にケチをつけるつもりはないが、楽天での実働は7年しかない。松井秀喜がヤンキース在籍7年目で、ワールドシリーズMVPに輝いたにも関わらず、翌年構想から外れたことは、日本的には“あり得ない非情さ”だが、ヤンキースは淡々としていた。話が逸れるが、 連続試合出場等の記録を更新し続けるベテラン選手に、おいそれと引導を渡せない日本球界の土壌もその辺りに根ざしているのではないか。

「マー君が可哀想」とは言うが、現状ルールでは海外FA権取得には9年かかる。「夢の実現云々」と言っても、来年ポスティングされる可能性もあったし、更には完全にFAになる再来年でも、メジャー移籍の夢を叶えることはできる。ただ、今回の騒動の中、田中が世論を盾にした発言を一切せず、プロらしく「万一残留してもモチベーションは変わらない」と語った姿には好感を持った。楽天としても、米国市場進出を進める親会社を含め、「カネで縛りを掛けた」というマイナスイメージは避けかっただろう。球団が正式発表して以来、ネット等の書き込みでは、「おめでとう」「応援します」という肯定派が、「残念」「寂しい」という否定派を上回っているという。楽天の苦渋の末の決断は、日本では概ね歓迎され、好感を持って受け止められたようだ。

ハーバード大学院卒の米国的ビジネス感覚を備えた三木谷オーナーを擁する楽天でも、結果的に、世論を納得させる結論を選ばざるを得なかったのは、いかにも、“和を持って尊とし”とする日本的な“着地”だった。功労者の夢の実現を応援し、功績には情で対応する国、日本と、ビジネス最優先のメジャー。その温度差は大きい。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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