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未開封のホットケーキミックス、ダニはどれくらい混入している?

堀向健太医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。
(写真:アフロ)

5月6日に、『ホットケーキミックスの買いだめにご用心!アレルギー科医が心配する”パンケーキ症候群”とは』を公開したところ、思いがけず多く閲覧いただきました。

すると、

『未開封の小麦粉にはダニはいない』

『いやいや、未開封でもダニはいる』

という2つの意見をいただいたため、『未開封の小麦粉には、ダニはアレルギー症状が起こるほどはいないという研究結果が報告されています』と追記しました。

すると、“アレルギー症状がおこるほどはいない”という点に関して、『ゼロじゃないの?』というコメントも見かけました。

ホットケーキミックスをはじめとした『調理用小麦粉』には、ダニは混入しているものでしょうか?

もし混入しているとして、どれくらいの数と頻度なのでしょうか?

文献から、すこし補足することにしましょう。

そもそも、自然の恵みである小麦粉に昆虫の混入を完全にゼロにすることは難しい

写真AC
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“ダニはアレルギー症状が起こるほどはいない”という記載にしたのは、『完全にゼロ』にすることは難しいからです(※1)。

(※1)J Food Prot 1983; 46:582-4.

これは当然ですよね。

小麦は工業製品ではなく自然から得た恵みなのですから。

もちろん、食品の安全性は重要ですので、各国で規制をきちんと定めています。ただし、ゼロにすることは困難なので、たとえばアメリカ食品医薬品局(FDA)は、小麦粉50 gあたり昆虫の破片75個までを許容しています(※2)。

(※2)CPG Sec 578.450 Wheat Flour-Adulteration with Insect Fragments and Rodent Hairs

一方でEUは、“ゼロ”を義務付けているそうです(※3)。

(※3)Annu Rev Entomol 2018; 63:553-73.

実際のところ、小麦粉にはどれくらいの頻度でダニが検出されるのでしょう?

写真AC
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とはいっても、EUでは定期的な検査は行っておらず、実際に英国の小売店で購入された7種類の穀物を調べると、購入後すぐに検査した小麦粉製品の21%、家庭で6週間保管した製品の38%でダニが検出されたという結果があります。ただし、ほとんどは5匹以下で、とても少なかったそうです(※4)。

(※4)Experimental & applied acarology 2001; 25:203-15.

では、日本の研究結果はどうでしょうか?

未開封の小麦粉製品176製品(ホットケーキミックス97製品、お好み焼きミックス55製品、蒸しパン13製品、その他11製品)のうち3製品から、ダニが検出されています。

やはり、その数は少なく、2製品の小麦粉10gにはそれぞれ約63匹と3匹のムギコナダニ、1製品の小麦粉10gには3匹のケナガコナダニのみでした(※5)。

ゼロではないけど、ほとんどいないといったところでしょう。

(※5)Pediatric allergy and immunology 2004; 15:469-71.

常温保存された小麦粉にダニが混入していた場合、どれくらいダニは増えるのでしょう?

イラストAC
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では、混入したダニはどれくらい増えるのでしょう?

タイで行われた研究があります(※6)。

(※6)Asian Pac J Allergy Immunol 2015; 33:123-8.(日本語訳)

6種類の市販の調理用小麦粉(調理用小麦粉3種類、パン粉、とうもろこし粉、タピオカ粉)を用意し、ダニを植え付けて4つの容器(元々のパッケージ、ビニール袋、プラスチックの箱、ガラス瓶)内で増加するかどうかを検討した研究です。

すると、植え付けた ダニの量は、どの容器でも6 週間後には大きく増え、8 週間後で最大の量に達しました

そして、調理用小麦粉のほうが、パン粉(小麦粉のみ)よりもダニは大きく増えたのです。

さらに、冷蔵庫で保存した場合はほとんど増えず、常温で放置した場合に特に多く増えたという結果でした。

Asian Pac J Allergy Immunol 2015; 33:123-8.から筆者作成
Asian Pac J Allergy Immunol 2015; 33:123-8.から筆者作成

では、未開封の小麦粉はどうでしょう?

イラストAC
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さて、『未開封の小麦粉には、ダニはアレルギー症状が起こるほどはいないという研究結果が報告されています』という、最初のテーマに戻りましょう。

前回、(特に)調理用小麦粉で増えやすいダニを食べることにより起こる『パンケーキ症候群』は、小麦粉1gあたりダニ500匹以上いるとアナフィラキシーという強いアレルギー症状が起こる可能性がでてくるというお話をしました。

つまり、購入したばかりで未開封の調理用小麦粉には、ダニが“完全にゼロ”は難しいながら、アナフィラキシーを起こすほどのダニはいないということになります。

ただし、保存状態が悪ければ、6週間ほどでダニは大きく増えて、アナフィラキシーを起こすほどになり、冷蔵庫保存であれば、そのリスクは大きく減ることになるわけです。

とくにホットケーキミックスやお好み焼き粉は、冷蔵庫に保管しましょう

写真AC
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ですので、特にこれからの高温多湿の季節には、

(1)小麦粉製品、とくに調理用小麦粉の保存に気をつけていただきたいこと

(2)できれば容器を問わず、冷蔵保存が望ましいこと

をお話したかったのです。

なにかの参考になればと思います。

【2020/5/12追記】

今回の記事は、製粉会社の方々を責める意図はまったくありません。

むしろ海外の報告(※4)よりも、検出頻度が極めて低い(※5)ことに率直に驚きました。

そして、海外の報告でも、健康被害があるような混入率ではありませんでした。

あくまで『未開封だとダニはゼロなのですか』という質問に対して、出典に基づいたお答えをしたとお考えください。ゼロリスクは、どんな業界でも難しいことだと思っています。

医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。

小児科学会専門医・指導医。アレルギー学会専門医・指導医・代議員。1998年 鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院・関連病院での勤務を経て、2007年 国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から現職。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初のアトピー性皮膚炎発症予防研究を発表。医学専門雑誌に年間10~20本寄稿しつつTwitter(フォロワー12万人)、Instagram(2.4万人)、音声メディアVoicy(5500人)などで情報発信。2020年6月Yahoo!ニュース 個人MVA受賞。※アイコンは青鹿ユウさん(@buruban)。

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