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冷却ジェルシートは、熱中症予防に有効ですか?

堀向健太医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。
(写真:イメージマート)

先日、熱中症予防のキャンペーンのためのポスターがSNSで物議を醸しました。

なぜかというと、ポスターに描かれた子どもの額に冷却ジェルシートが貼り付けてあったからです。

冷却ジェルシートは、実際に熱中症予防に有効なのでしょうか?

今回は、このテーマに関して、根拠を元に考えてみたいと思います。

熱中症による『高体温』と、感染症による『発熱』の違い

写真:イメージマート

まず、熱中症による高体温と感染症による発熱を区別する必要性があります。

人間の平熱は、『セットポイント』といって、ある一定の温度に維持するように調節されています。

例えるならばエアコンの設定温度のようなものです。

すなわち『発熱』とは、エアコンの設定温度を上げるようなイメージです。

人間の体は感染症という相手と戦う体制を整えるために、設定温度を上げていると考えると良いでしょう。そして解熱薬とは、一時的に上がった設定温度を、下げるための薬です。

しかし、熱中症における体温の上昇は、『高体温』として区別されます。

すなわち熱中症とは、エアコンの設定温度をいくら下げても気温があまりにも高くなっているために室内の温度がどんどん上がってしまうような状態といえます。

すなわち、解熱薬は効果を発揮しません。

イラストACより筆者作成
イラストACより筆者作成

さて、熱中症を予防するには、そもそもそんな状況になる前に涼しい場所に退避する必要性があります。そして熱中症の可能性がある場合は、『全身を冷やさないといけない』のです[1]。

例えるならば、フライパンの上で加熱された肉をコンロから外しても、予熱でどんどん熱が加わってしまうので、急いで全身を冷ますことが重要なのですね。

冷却ジェルシートは、熱中症予防に有効でしょうか?

イラストAC
イラストAC

冷却ジェルシートは『冷たさ』を感じますよね。熱中症に有効なような気もします。

実際に、成人に対する冷却ジェルシートを検討した研究があります。

発熱、熱中症、頭痛、筋肉痛、歯痛といったさまざまな訴えのある20~40歳の男性48人を対象に、冷却ジェルシート、水によるスプレー、そして冷たいスポンジを比較したのです[2]。

しかし冷却ジェルシートは、熱中症のある人に使用されたものの12.5%にしか効果を発揮しませんでした。そして水スプレーと冷たいスポンジを使用した80%に有効だったのと比較して明らかな差があったそうです。

冷却ジェルシートでは熱中症に対する効果は期待できそうにありませんよね。

『冷感』のあるメントールは有効でしょうか?

イラストAC
イラストAC

冷却ジェルシートに、『冷感』を感じる物質としてメントールが含まれた製品も多くありますね。では、メントールを追加すると、有効性が上がるでしょうか?

氷、メントールを含んだジェル、メントールを含まないジェルを筋肉に塗った比較をした研究があります。

すると確かに、メントールを含んだジェルは『冷感』をしっかり感じました。しかし実際の筋肉の温度は、メントールを含まないジェルと変わりませんでした[3]。

すなわち、『冷感』と『本当に体を冷却している』は別と考えられます。

そして、運動時のパフォーマンスにメントールが有効かどうかをみた研究では、実際の発汗量、体温、心拍数を改善させなかったとされています[4]。

ただし、熱による不快な感覚を減らしてくれて、運動のパフォーマンスを上げる効果はあったようです。

そこで私は、冷却ジェルシートは実際に体温を下げる効果や熱中症予防に有効とはいえませんが、快適な感覚を増やす程度の効果はあるのかもと考えています。

熱中症を予防する効果は期待できなくとも、『気持ちがよい』ことを目的に使ってもいいかもしれませんね。

ただ注意点として、冷却ジェルシートは発熱のある小さいお子さんに使用した場合、貼った場所からずれて口を塞いで窒息する事故を起こしたという報告があります[5]。

まだまだ暑い日が続きます。

子どもは特に、大人よりも熱中症になりやすいことがわかっています[6]。

暑い場所に長くとどまらないように、エアコンなども適切に使用しながら予防に努めてまいりましょう。

そして厚生労働省の熱中症予防のための情報・資料サイトがわかりやすくまとまっていますので、リンクを確認していただければ幸いです[7]。

文献7より
文献7より

文献7より
文献7より

【参考文献】

[1]McDermott BP, et al. Journal of athletic training 2009; 44(1): 84-93.

[2]Hussain, et al. PAFMJ [Internet]. 25Feb.2021 [cited 20Jul.2023];71(1):328-.

[3]Hunter AM, et al.International journal of sports physical therapy 2018; 13 3:483-92.

[4]Kéringer P, et al. Scientific Reports 2020; 10.

[5]国民生活センターが警告、熱さまし用ジェル状冷却シートで乳幼児が窒息状態に陥る可能性(日経メディカル)(2023年7月27日アクセス)

[6]チャイルドヘルス 26(6): 420-422, 2023.

[7]熱中症予防のための情報・資料サイト | 厚生労働省

(2023年7月27日アクセス)

医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。

小児科学会専門医・指導医。アレルギー学会専門医・指導医・代議員。1998年 鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院・関連病院での勤務を経て、2007年 国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から現職。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初のアトピー性皮膚炎発症予防研究を発表。医学専門雑誌に年間10~20本寄稿しつつTwitter(フォロワー12万人)、Instagram(2.4万人)、音声メディアVoicy(5500人)などで情報発信。2020年6月Yahoo!ニュース 個人MVA受賞。※アイコンは青鹿ユウさん(@buruban)。

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