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『M−1グランプリ』漫才はどうやって終わるのか コンテストだと使われない言葉

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

優勝しなくても有名になれる「M−1」ファイナリスト

M−1がいよいよ開催される。

開催時期もあって、いまや国民的行事である。

優勝するかどうかは大きいが、最終決戦(決勝戦)10組(ファイナリスト)に入るかどうかでも芸人人生は変わってくる。

テレビ放送で印象的なパフォーマンスを見せれば、優勝できなくても、翌年のテレビ出演が桁違いに増える。でもすべてがそうなるわけではない。

ロングコートダディ、男性ブランコ、ヨネダ2000など、優勝はしていないが、テレビで見る機会が多い。

漫才の終わりは「もうええか」か「いいかげんにしろ」

だから爪痕を残そうと若手芸人たちは必死である。

パフォーマンス後の司会とのやりとりや、暫定3位から陥落するときの対応など、すべてに何かを見せて、印象づけようとしている。

漫才パフォーマンスでは最大限の工夫を凝らす。あたりまえだけど。

最後のセリフを見比べればわかる。

本来の漫才の場合、最後のセリフはだいたい限られている。

「もうええわ」か「いいかげんにしろ」である。

基本はこの二種類だ。

それは『THE MANZAI』を見ればわかる。

『THE MANZAI マスターズ』の出演者は23組

『THE MANZAI』はかつてM−1の中断期に開催されていた賞レースであるが、いまはM−1優勝者やベテラン実力者たちが一堂に会するイベントになっている。

『THE MANZAI マスターズ』がいまの正式な番組名であり、順位は決められない。

安定しておもしろい漫才師が集まる祭典である。

2023年は23組の漫才師が出ていた。

『THE MANZAI』では「もうええわ」終わりが半数越え

彼らのパフォーマンスを見ているとわかる。

「もうええわ(もういいよ)」で終わるものが多く、「いいかげんにしろ」が幾組かいるという感じである。

2023年だと「もうええわ」で終わる漫才が13組だった。半分を超えている。

「いいかげんにしろ」が7組だ。

「もうええわ」がサンドウィッチマン、NON STYLE、銀シャリ、千鳥、やすよともこ、フットボールアワー、ウエストランド、ギャロップ、マヂカルラブリー、テンダラー、かまいたち、中川家、笑い飯。(明確に「もういいよ」と関西弁ではなく終わったのはサンドウィッチマンだけ)

「いいかげんにしろ」は、アンタッチャブル、タカアンドトシ、さすらいラビー、おぎやはぎ、パンクブーブー、ナイツ、爆笑問題。

(ベテランでない組は昼のプレ大会で選ばれた若手)

この基本2パターンで終わるのが23組中20組なのだ。

『THE MANZAI』決まり文句で終わらなかったのは3組だけ

残りは霜降り明星が最後までネタを演じて、何も言わずに礼をして帰った。

錦鯉と華丸・大吉が最後のツッコミなしで「どうも、ありがとうございました」と頭を下げて帰っていくばかりだ(錦鯉の渡辺のセリフは、どうも、ありがとう、ございました、とゆっくり区切って発音するのが特徴)

ベテランの漫才は、最後は型どおりに終わる。

「M−1」では型どおりの終わりは半数

でもM−1だとそうはいかない。

昨年2022年の出場10組、ファーストステージできちんと型どおりに終わったのは半分の5組だけである。

残り5組は締めの言葉でも爪痕を残そうとする。

スタイリッシュな真空ジェシカ、ネタをねじこんだキュウ

ネタをやりきって、そのまま言葉を発せずに頭をさげて出ていくという、ちょっと気取ったパターンは真空ジェシカ。

彼らがなんとかスタイリッシュな漫才をやろうとしているのは、とてもよくわかる。そこが魅力でもある。

キュウは、「もういいでしょう!」で終わった。

型をなぞってはいるが、「〜でしょう!」と大声で言うネタの流れの最後での発言で、考えに考えているんだなとおもわせる締めであった。

歌手型のヨネダ2000、研ぎ澄ましたオズワルド、一人で完結させたウエストランド

ヨネダ2000はずっとリズムネタで歌って、そのまま「センキュー!」と叫んで終わった。歌手の終わり方である。

オズワルドは「いや、そこじゃねえよ」というセリフで終わり、本来ならそのあと「もういいよ」なり「いいかげんにしろ」と付けたほうが型どおりになるのだけれど、そのまま頭を下げて帰っていった。

たぶん、M−1はあまりに研ぎ澄まされた場なので、一言、ときに一語を削りに削ってパフォーマンスを見せているから削ったのだろう。

そのことをつくづく感じさせる終わり方であった。

優勝したウエストランドは、河本がおとなしく「言いたいだけだろ」と指摘したのを受けて、井口が「正解! どうも、ありがとうございました」と終えていた。

ネタを最後まで言い切って、礼を言って去る、というパターンである。井口が支配したまま終わった。

M−1では使われない「締めの言葉」

ちなみに残り5組(カベポスター、ロングコートダディ、さや香、男性ブランコ、ダイヤモンド)はすべて「もうええわ」で終わっている。(ダイヤモンドだけ、東京言葉のもういいわ)

「いいかげんにしろ」で終わった組は存在しない。

2023年のM−1にはいなかった。

どうも意識的に「いいかげんにしろ」という言葉を避けているように見える。

「もうええわ」で終わる世界と、「いいかげんにしろ」で終わる世界は、ほんの少しだけど印象が違う。

「もうええわ」は世界を丸くおさめようとしている部分があるが、「いいかげんにしろ」には突き放している気配がある。

「もうええわ」でほんの少しでも印象を良くして終わりたいのではないだろうか。

あまりにも研ぎ澄まされた世界で戦う彼らは、0.01秒を競う競技のように、言葉も極限までつきつめているように見える。

江戸ネタからの「もうええど」

2022年の2本目(ファイナルステージ)で、ロングコートダディは江戸時代タイムスリップネタだったので最後は「むずかしすぎるやろ、もうええど」で締めていた。

こういうところに才覚を感じさせるコンビは、優勝できなくてもだいたいバラエティ界で生き残っていく。

M−1はあまりに注目度が高く、いろんな部分の実力も査定されているようだ。

ただぼんやり見ているほうにとっては、ただ楽しいばかりである。

もうええわで終わらない組が今年も勝つのか

そういえば、「やめさせてもらうわ」という締めの言葉はTHE MANZAIでもM−1でも聞かなかった。ちょっと古くなってるのかもしれない。

研ぎ澄まされた感覚の者たちが、世界を少しずつ変えていく。

2023年のM−1では、どういう締めの言葉で優勝するのだろうか。

ここのところ、もうええわ、ではない組が勝っているので、そこも見どころである。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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