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『TOKYO MER』『ナイト・ドクター』救急ドラマ対決 救出する命に対する「0と3」の決定的な差

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:Motoo Naka/アフロ)

出向く『TOKYO MER』と待機の『ナイト・ドクター』の対決

7月からの夏のドラマでは「救急救命医」のドラマが重なっている。

TBS日曜劇場(日曜9時)の『TOKYO MER~走る緊急救命室~』とフジ月9(月曜9時)の『ナイト・ドクター』の2本である。

『TOKYO MER~走る緊急救命室~』の主演は鈴木亮平、『ナイト・ドクター』の主演は波瑠である。どちらも毎回、緊急を要する患者があらわれ、彼らが迅速に処置していく。緊迫した状況で、どうやって人を救っていくかが見どころとなっている。

TBS『TOKYO MER~走る緊急救命室~』は、医者のほうから出かけていく。

手術もできる緊急用車両で災害や事故現場に出向いて、負傷している人をその場でどんどん処置していく。レスキュー隊が救出作業をしているそのまっ最中に、救出を待つ人(たとえば、何かにはさまれて動けない状態の人)にその場で直接、オペを施したりする。なかなかすごい。

フジ『ナイト・ドクター』は病院で待機している。まあ、ふつうの医者はそうだとおもうが、彼らは夜間の専門医で、掛かってくる緊急電話に対応して、運び込まれる患者を手早く処置していく。

ときに「ドクターカーの出動」が要請され、多数の負傷者がいる災害現場に出向いて、トリアージののち、現場で次々と手早く処置をしていくこともある。

どちらの作品も、医者が置かれている状況はとても似ている。

ただドラマの狙いは違う。テーマが違うと言ってもいい。

『TOKYO MER』「死者は…ゼロです!」に込められた公的な使命

(以下、ドラマ2作品の第8話までの内容詳細に触れています。完全ネタバレしているので御注意)

『TOKYO MER』の MERとはモバイル・エマージェンシー・ルームの略称であり、つまり「走る緊急救命室」を意味している。(サブタイトルの「〜走る緊急救命室〜」はだから MERの訳でしかないので以下省略していく)。

このチームは、東京都知事直轄の公的な存在であり、その使命は、どんな大災害現場に行っても「死者を一人も出さないこと」というところにある。

無茶ぶりと言っていい注文であるが、その「知事(石田ゆり子)の無理めの要請」に応えつづけている。

8話(8月22日放送ぶん)まではまだ死者を一人も出していない。

毎回、関わった事件事故の軽傷者・重傷者・死者数を発表するのが恒例になっている(管理室内での内輪だけでの発表である)のだが、

「今回の出動、軽傷者26名、重傷者5名、そして、死者は……………ゼロです!」

こういう発表が毎回の決めセリフとなっている。

「死者は……」からタメを作るのもお決まりである。

発表するのは工藤美桜の演じる清川。

この型が第一話からずっと守られている。

MERが背負わされているのは「公的な使命」である。

『TOKYO MER』に流れる「我が身を顧みずに人を助ける」精神

チーフである喜多見医師(鈴木亮平)は、かつて国際的な紛争地域での医療活動を行っていた経験を踏まえ、自身がかなり危険な目に遭う現場であろうとも、身を挺して傷病者を救いにいく。

たとえ銃弾が飛び交い、自分がいつ撃ち殺されてもおかしくない状況でも、傷病者の命を救う処置を止めない。(実際に第3話は日本国内ながらそういう設定になっていた)

それでいて医療技術の正確さと迅速さは神がかり的に天才である。

卓越した能力と胆力を持ちながら、あくまで自分を小さくとらえ、救える命を大きく考え、行動している。

「人の命を助けるためなら何だってする」という決意が強くあらわされ、それがこのドラマ全体の方向性を決めている。

賀来賢人の魅力的な医師姿

表面上は(最初のうちは)敵対するが、やがてしっかり仲間になる医師音羽を演じるのは賀来賢人で、彼は喜多見(鈴木亮平)の「我が身を顧みずに人を助けようという態度」を強く非難しつづける。

でもそのセリフは「正しいことを言っているが、現場で説得力に欠ける言葉」として描かれ、そして彼自身もまた「危険を顧みず人を助ける」ために動く人になっていく。

音羽医師(賀来賢人)は言ってることとやっていることが違うところが、魅力になっている。

彼もまた「公的な使命で動く。そして誰も死なせない」というテーマに忠実な存在なのだ。

死なせない、というテーマはこれから(9話以降)変動される可能性もあるのだが、とりあえず8話までは変わらぬテーマとして存在している。

岸優太と北村匠海の演じる「使えないドクター」

いっぽう『ナイト・ドクター』には、医療に不慣れな若手の医者が複数出演する。

夜間の医療スタッフ6人のうち、岸優太演じる深澤先生と、北村匠海演じる桜庭先生は、重症患者の処置をほぼやったことがなく、緊急事態での対応はだいたい残り4人の医師に任されている。最初の設定はそうなっていた。

6人で一チームという一体感はまったくなく、使えない若い医者2人がまぎれこんだチームとしてお話は展開する。

使える4人を演じるは、沢村一樹(指導医)、波瑠、田中圭、岡崎紗絵。

生死を扱う現場での「ビルドゥングスロマン」

いかにも若者らしい理由と気配で、深澤(岸優太)と桜庭(北村匠海)は、医療現場で積極的に動かない。

素人が見ていても、おいおい、そんな覚悟で緊急医療現場に出て来ちゃだめだよとおもわせる存在だった。見ていてそうおもわせるところが、北村匠海はもちろん、岸優太もとてもいい役者だとおもう。

緊迫した現場では、ひたすら頼りなく、弱々しいとしか感じられなかった部分が、しかし、お話が進むにつれ、彼らの良い部分であることが描かれ、魅力的な部分へと転化していく。

また彼ら二人のその感覚が、激しく働く残り四人の異様さを照射する視点にもなっている。

使えないとおもわれていた二人は、そうやって存在意義を見つけ、居場所を確保し、意識が変わっていく。

やがて、過酷な現場でも積極的な医療に参加できるようになる。

つまり「若者の成長物語」である。

古い言葉でいうなら「ビルドゥングスロマン」というやつで、そういう古めかしい言葉を使いたくなるくらいに、とてもわかりやすい成長物語に仕上がっている。

なかなか素敵である。

『ナイト・ドクター』の現場は死者ゼロではない

そして、その使えない二人だけではなく、残りの優秀な医師たちにもそれぞれの問題があり、それぞれの悩みが一話ずつ描かれていった。

『ナイト・ドクター』の現場はなかなかリアルに描かれている。

だから、死者ゼロではない。

1話では、工事現場の崩落事故で発見が遅れた二十代男性は、朝倉医師(波瑠)が足を切断して何とか一命を取り留めたが、翌日には亡くなっていた。

運び込まれたとき「おれ明日、彼女とデートなんです、プロポーズする予定なんで、行けますかね」と聞いていた男性だった。

また同じく1話、四十代男性、コンビニの前で倒れているのを発見されたが、夜20時36分に死亡を確認、というシーンもあった。

医師が超えられない厳しい現実を描いている

3話でも自宅で倒れていた二十代男性は、運び込まれてきたが、死亡した。

主人公の朝倉医師(波瑠)はなかなか諦めず、蘇生のための心臓マッサージ(胸骨圧迫)を40分つづけ、本郷医師(沢村一樹)に、もういい止めろと言われていた。

もう少し早く搬入されていればと朝倉医師は悔やむが、当人には病状の自覚があったはずなのに、自分の意思で診察に来る気がなかったからこうなった、と本郷は指摘する。

おそらく医療保険に入っておらず、医者にかかるのを避けたかったからだろうと指摘は続き、この回は「保険に入っていないから医者にかかるのを避けたがる人たち」について描かれていた。

人を救いたいとおもう若い医師の前に、そういう現実的な壁が立ちはだかる。

『ナイト・ドクター』は医師が超えられない壁をリアルに描いている。

医者の強いおもいだけでは人は救えない、と示している。

成長物語ならではの厳しい現実が描かれているのだ。

それは『TOKYO MER』にはない部分である。

「縁日の屋台の爆発」などの類似した部分

ドラマの方向性は違っているが、同じ緊急医療現場が描かれるので、どうしても似てくるところがある。

事故現場の状況が似てしまう。

たとえば「工事現場での崩落事故」。

『TOKYO MER』では第一話の後半、『ナイト・ドクター』でも1話で起こっていた。

また「お祭り縁日での屋台の爆発事故」。

『TOKYO MER』では第二話の後半、『ナイト・ドクター』では第一話で起こっている。

そして「太ももを鉄材が貫通しているので、ドクターが現場で処置する」という状況も共通していた。

『TOKYO MER』では一話の崩落事故現場で二次被害に遭ったレスキュー隊員。『ナイト・ドクター』では第6話、重機の誤作動による暴走事故の現場で、太ももに鉄パイプが刺さった作業員を助けるため、不安定な足場をのぼって、朝倉医師は止血作業をした。ただ彼女自身も現場から転落し怪我をする。

もうひとつ、有毒ガスの発生現場もどちらにも登場していた。

『TOKYO MER』1話。『ナイト・ドクター』の4話。

どちらも「海浜」病院が舞台

ちなみに『TOKYO MER』が置かれているのは“東京海浜病院”であり、『ナイト・ドクター』がいるのは“あさひ海浜医院”である。どちらも“海浜”だ(読みはカイヒン)。

同じ緊急医療の現場を描いているから、いろいろと類似するところはある。

『TOKYO MER』チームは心肺が停止しても必ず蘇生させる

『TOKYO MER』は、失敗を許されない高度技術のプロフェッショナル集団が描かれている。

もちろんここにも「成長途中の若者」はいて、それを中条あやみが演じている(下の名でヒナ先生と呼ばれている。医者の雛という暗喩なのだろう)。

彼女は研修医で、他のスタッフに比べて圧倒的に経験が少なく、そのことに悩んだ回も放送されたが、でもそれは一回だけで、その後は彼女の経験不足はさほど気にせずに見られるようになっている。

彼女は成長しているのだが、物語の主軸はそこにはない。

スリリングな状況が次々と起こり、人を助け、無事に戻ってくる物語なのだ。

主人公とその仲間は、いつも危険な現場に飛び込み、そこで救いを求める者を救い出し、全員が無事に帰還する。

いわば冒険アクションヒーローものの骨格を持った物語である。

このタイプの物語の芯にあるのは「人を信じよう」という強い気持ちである。

そして『TOKYO MER』では、心肺が停止してしまった患者を、必ず蘇生させている。スリリングである。

これも「死にかけた人もまた生き返ることを信じよう」ということを示しているのではないだろうか。

『TOKYO MER』と『ナイト・ドクター』の救出者の差

『TOKYO MER』は、危機対策管理室」で番組内で数字報告された出動事案は8話までで10回。

その実績を合計すると「軽傷者123名、重傷者48名」、そして「死者は……ゼロです!」ということになる。

(第5話エレベーター閉じ込めの幹事長、臍帯脱出のすえに帝王切開で出産した母子はカウントされていない。カウントすれば軽傷2、重傷1プラスではないかとおもうが、そのへんの判断はわからない)。

『ナイト・ドクター』は正式な数字の発表がなく、救急隊員らの言葉から推測するしかないのだが、このチーム6人で救った数を何とか数えると8話までで「軽傷者38名、重傷者27名、死亡3」ではないかとおもわれる。

あくまで個人的に計測した大雑把な数字である。

たとえば、屋台縁日の爆発事故は、40名ほどの傷病者という報告から始まり、そのあとトリアージの色が「赤5、黄色7」だったので、重傷5、軽傷35でカウントしている。

救出者数は『TOKYO MER』が『ナイト・ドクター』の2.6倍

『TOKYO MER』は大きな災害現場に何度も赴き、現地で次々と処理をするから、救出数は多くなる。

単純に足すなら『TOKYO MER』のドラマ内での救出者数は171名、『ナイト・ドクター』は65名となる。およそ2.6倍の差である。

(繰り返すが『ナイト・ドクター』の数字はあくまで画面上から個人的に推測でした数字でしかなく、カウント基準によって変わってしまう数字なので、目安として見てもらいたい)

大きな違いは『TOKYO MER』の死者ゼロ、『ナイト・ドクター』の死者3名というところだろう。

死者ゼロと死者3(ないしはそれ以上)というのが、それぞれのドラマを象徴しているとおもわれる。

これは喜多見医師(鈴木亮平)&音羽医師(賀来賢人)チームと、本郷医師(沢村一樹)&朝倉医師(波瑠)チームの医療技術の差を示しているわけではない。

ドラマの方向性、つまり「彼らは何を大事にしているか」の差でしかない。

「とにかく人の命を助けることを第一とする」という医者チームと、「人はまた死ぬものであるからそのことも頭に置いて現場に挑め」という医者チームの違いでもある。

どちらもその姿勢として、正しいだろう。

救命救急ドラマ並立は楽しみを倍加させた

第一話を連続して見たときは、やたらと似たドラマが始まってしまったもんだ、とちょっと当惑していたが、話が進むにつれ、くっきりとその方向性の違いが見えてきた。

それが日曜9時と月曜9時と、日にちを連続して見られるのも、とてもいい。

かたやヒーローのアクション活劇ものであり、もう一方は悩める若者たちがやがて頼れるヒーローへと育っていく物語である。

「緊急医療の現場」という同じ部署を描きながら、そこにいる人によって世界の風景がまったく違って見えるということもわかる。

この2本が同クールに放送されている現実が、何だかとても喜ばしい。

残りが楽しみである。

(本稿の数字は8月23日放送までの集計である)。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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